第19話


 時刻は深夜零時。ラジオからそう流れてくる。


 奴の運転する車の助手席に深く座りながら、僕は後ろに座る日波が寝入るのを確認した。さっきの今で車に乗れる神経も疑うが、それでも帰る手段が他にないので仕方ない。


「千波じゃなくて、日波が、欲しかったんでしょ?」


 車を運転する燈堵禍に、僕は小さく尋ねた。声が届いたかどうかは分からないが、言わずにはいられなかった。


「そうだよ」


 返事は肯定だった。


「どうしてこんな回りくどいことをしたの?」


「君もそろそろ友達が欲しい年頃かなと思ってね。年上のお節介だよ」


 肩を竦め、奴は口元だけで笑ってそんなことをうそぶく。


 どうせ何かに利用されたのだろうけれど、それを僕が知ることはないだろう。


 奴のことを知ろうとは思わないけれど。


 日波のことに関しては、それでもまだ関心が持てるから、やはり僕も人恋しい年頃になったということだろうか。


 それを成長と呼ぶのか、それとも退化と呼ぶのかは人それぞれなのだろうけれど。僕個人としては、どちらでもいい。


「欲しかったのは日波だけ?」


「……だとしたら?」


「別に。『異能』を持っていたのは千波だったのに、そっちを見殺しにしたんだねと思っただけだよ」


 先程の轟音と炎を思い出して、僕は嘆息する。


 そこまでして、欲しいものがあるということは罪ではないだろうか。


 欲しいものだけを間違いなく手に入れるために人を孤独に貶めるなんて、ろくな人間ではない。


「見殺しか。それなら君も同罪になるんじゃないのか?」


「…………そうかもね」


 わざわざ日波を連れていく必要はなかったかもしれない。しかし、確信が持てなかった以上、彼女の存在は保険として必要だったのだ。結果、彼女はたった一人残った肉親である千波が死ぬところを見てしまった。


 そう思えば、僕も確かに同罪かもしれない。


 人と関わるということは難しい。


「『異能』を持っていても、それが正しく社会にとって使える物かどうか、ということは、個人に依るからね」


「そうだね……。あれは扱いづらそうだ」


 先程まで相対していた千波のことを思い出す。姉のために世界を固定してしまった彼女。その力は、正しく姉のためだけに使われていた。


 この世界はどうしようもなく公平で平等なので、この世界……つまるところ社会にとって、有益でなれば処分されてしまう。それだけのことだ。


「まぁ、妹のことを悪いと思ってるなら、彼女を家に招いてあげたら? そちらの方がこちらも都合が良いしね」


「最初からそれが狙いだったくせに……」


 はぁ、と僕は一つため息を吐く。


 千波が死んだ後、日波が僕と目を合わせたことを思い出す。その目に映った感情を、僕が正しくくみ取れたかは分からない。


 今考えれば、痛みと記憶の交換を伴う“侵蝕”は、それ自体が僕と日波を引き合わせるために仕組まれたことだったのかもしれない。誰に、とは言わないが。


 運命とは、常に痛みを伴うもの、ということかもしれない。


 奴と志乃葉さんが何を狙って日波を欲しがったのか、僕には関係の無いことだ。それでも僕は、彼らの言うことには逆らえないし、逆らうつもりもあまりない。僕は彼らに、どうしようもなく救われてしまったのだから。


 それはそうと、現実問題。日波と同居するとして、しばらく人の気配に慣れない日々を送ることになるのだろうけど、どうせすぐに慣れる。日波はどうやら、自分の世話くらいはできそうだし。これで僕に干渉してこなければ問題は無い。


 とりあえず、頷いておいた。


 窓の外に流れていく明かりを見ながら、あくびを一つ、噛み殺す。久しぶりによく働いた。


 またしばらくは、家から出たくないな……。太陽も月も、風も、煙草のにおいが染みついた車内も、半年分くらい体感した。


 先程の轟音も、炎も、熱も、僕の中ではもうあまり重大なことではなくなってしまった。僕には関係ないからだ。


 誰が死のうと、生きようと、どうがんばっても、僕の世界は変わらない。ずっと、止まり続けたままなのだから。



 


 ――僕は偽物だ。



 

 

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物々依存症 始まりの物語 藤島 @karayakkyou

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