第18話


 僕に掴みかかってきた千波の目の前に、僕は手に持ったペンダントを掲げた。最後の悪あがき、と言えばそうだし、志乃葉さんの台本の通りに進めなければいけないという義務感もあった。


 今回の台本で死ぬのは誰か。たった一つの席を巡って、僕たちは椅子取りゲームをしている。それなのに、僕が座ることはまだ許されていない。


 ペンダントを見た千波の目には動揺が走る。それはそうだろう。これは、千波にとっては大事な物なのだろうから。次に千波は、日波の方を見て、それからナイフで僕の手をしてペンダントを奪おうとした。ナイフが自分に刺さる前に、刃を消してしまう。役に立たなくなった柄を、千波はあっさりと捨てた。


 僕は千波の手から逃れるように、ペンダントを投げ捨てる。


 ペンダントは弧を描いて地面に落ち、跳ねて、近くに停めてあった車の下に入ってしまった。


 千波はそれを追っていったし、僕たちは追わなかった。


「千波」


 隣から、日波の静かな声がする。


「二人とも殺したんなら、あんたも一緒に死ねば良かったのよ」


 それは低く、感情を押し殺した声だった。今までどこにも吐き出せない本音だったのかもしれない。


 その言葉で、分岐は決まってしまった。席は埋まったのだ。


 車の下からペンダントを握って出てきた千波は、「わかった」と汚れた顔で笑う。晴れやかな笑顔だ。


 すぐ側にあった車のドアを開けて、運転席へ。鍵が開いていて当然だ。この車は奴が用意した物だから。


 僕はそっと、日波を車から遠ざけるよう腕を引いて後ずさった。


 エンジンをかける音がして、直後。冬の空に轟音を響かせて、あっという間に車は炎に包まれた。

 

 

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