髪、切るなよ

可燃性

一生の秘密

 長い髪が布団に散らばっている。

 夜鴉よるからすはぼんやりとその散らかった黒い線を目で追っていた。


 紅蓮こうれんは髪が長い。

 もともと髪を伸ばさねばならない家だったからそうしていただけで、当人としては長かろうと短かろうとどうでもいいらしい。髪型に対する頓着はないそうだ。

 けれど一度だけ切ろうと口にした彼に夜鴉が、「切らないほうがいいよ」と言ったことで彼は以降、髪を切ると言ったら毛先を整える、といった風に髪を短くすることはなくなった。

 決定打、であった。


 なぜそんなことを言い出したのか紅蓮は訊いたが夜鴉は「そンなの知ってどーすンだよ」と取り合わなかった。

 言いたくないことを無理矢理言わせることに興奮――しないでもなかったが、当人が頑なに拒むので訊くことはしなくなった。

 だからなぜ夜鴉が長い髪に固執するのかは謎のままである。


 ――少なくとも紅蓮には。


 ◇


 夜鴉にとって長く伸ばされた髪は強さの証だった。

 戦いの中で育った彼女にとって、標的にされやすい長髪は不利だった。

 彼女の兄弟で唯一長い髪を保っていたのは長兄だけだ。ほかの兄弟姉妹は皆短く切りそろえていた。


 強いからこそ髪の毛が長くとも戦える。

 そして、戦うときに靡くそれを目で追うと、そこには勇ましい彼がいる。

 夜鴉にとって旗印だった。彼がそこにいるという、存在証明。

 長い髪が端正な横顔を覆い、その隙間から見える目にどきっとする瞬間もある。それから、鬱陶しげに掻き上げる様にも心臓が跳ねる。ひとつに縛っていた髪の毛を乱暴に外すのも、かっこいい。

 それから。


「……」


 夜鴉は散らばる黒髪のひと房を手に取った。絡めて控えめに引いた。

 起きる気配はない。さらさらと指通りのよい髪の毛が白い指の間を通り締め付ける。き、と指に縋りつく痛みが心地よかった。

 夜鴉は整えられた髪が布団の上でだけ、存分に乱れる様をガラにもなくきれいだな、と思っていた。汗で肌に張り付くのも構わないほど、紅蓮は自分を求めてくれている。


「……」


 覆いかぶさったとき左右に下がってくるそれは檻になり。

 引っ張った時は鎖になる。

 つまるところ束縛の象徴だった。


 ――なんて考えていることを、当人に知られてご機嫌になられるといやだったので胸に秘めていた。知られたくないのだ。だって、こんなの気持ち悪くて恥ずかしいから。

 夜鴉は「……クソ」と悪態をつき、己を縛るやわらかな鎖に口を寄せて、それから再び目を閉じた。

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髪、切るなよ 可燃性 @nekotea_tsk

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