Case3 宇佐見惣司
朝、母の声で起きることから1日が始まる。
「起きなさーい!」
「うぅぅ……」
まだ寝ていたい体を無理やり起こし、寝惚けたまま着替えを済ませる。リビングに着くと、棚から茶碗を取り出してご飯を盛った。
ここまでは習慣となっていて、寝惚け眼でもできるのだが、その途中で何かにぶつけたみたいで痛む足を擦った。
手を合わせて朝食を食べ始める。テーブルに置かれたおかずも一緒に食べているものの、未だに覚醒しきらない頭では朝食の味は覚えていられないだろう。
「ほら早くしないと来ちゃうわよ」
そう急かす母の声が右から左へ通り抜けていく。
ひたすらに口を動かしてお腹を満たしていくこと数分。
「
不意に玄関の方から母の声が飛んできた。相変わらず良く通る声である。
「もうお迎え来ちゃったわよ!」
その声にドアの方を見ると、
「あ、惣司」
「あ、惣司。じゃないよ」
呆れた表情でこちらを見やる幼なじみがいた。
「ごめんね、いつも迎えに来させちゃって」
「いえ、学校に行く途中なので気にしないで下さい」
母と私では違い過ぎる態度に何も言うことはない。通常営業だ。
座って待っているよう言われた惣司は、私の向かいの椅子に座ってこちらをじっと見てくる。
「惣司」
「何」
見られている分、惣司のことを観察する。
この幼なじみは目を真っ直ぐ見つめてくるが、幼なじみとはこうも見つめ合うものだっただろうか。
「どうしたのその頭」
「は!?」
心外だと言わんばかりに顔を歪めていて面白いが、それよりもだ。
「耳生やして学校行くの?」
「耳?耳なら生やさずともあるだろ」
不思議そうに顔の横にある耳を触ったんだろうが、私にはそこに耳は見えない。
「ほら、かわいい耳が生えてるよ」
私に見えるのは、頭の上にある白いうさぎの耳らしきもの。カチューシャかと思ったが、ピンと立ったそれは作り物めいたようには見えない。
それに私を見ていた時には耳は後ろに倒れていて、手で動かした様子もない。
まず前提として、その格好で惣司が学校に行くとは思えないので、惣司は気づいていないのかもしれない。
"現実は小説よりも奇なり"とはこのことか。
「そんな訳ないだろ!……まだ寝惚けてるんじゃないか?」
ほら、と指を差された首元を見る。
「リボン付け忘れてる」
「……あ」
「早く食べてリボン付けてこい」
どうやらゆっくり食べている時間はないらしい。
「惣司、鏡見てきなよ」
「わかったから早くリボン付けてこいって」
適当にリボンを付けて戻ってくると、待ち構えていた惣司に再度確保され、ついでにため息をつかれた。
近づけば曲がっていたらしいリボンを直されたので任せておく。
「やっぱりその耳付けていくの?」
どうしても気になってしまうそれを指摘すると、
「お前大丈夫か?病院行くか?」
「大丈夫じゃないみたいだから、もう一眠りする」
「わかったじゃあ学校に行こう」
それじゃ何にもわかってないぞ。
いつもの態度が仇となったか、冗談に思われてしまったらしい。まぁ本当に寝てもいいならやぶさかではないので仕方ないか。
むっとした顔で見ても、腕を掴んで歩き出した惣司を止めることはできず、学校へと行くことになった。
のんびり行く時間はないらしく、早歩きだ。私が追い付けない早さにしないのはいいが、もう少し歩幅を考慮してほしいからマイナス。
それにしても、グチグチ言いながらも決して見捨てることはしない所は幼なじみながら感心する。だからと言って、惣司みたいに真面目にはならないけど。
真面目な幼なじみは毎日迎えにやってくる。
きっと母に頼まれているのだろうが、幼なじみと言っても高校生にもなって距離が近いとは思わないのか。
引きずられながら、外に向けられたうさぎの耳をぼーっと見つめる。
惣司は口を少し開けると前歯が見えるから、動物に例えるのならうさぎもありだな。そう思ったのはうさぎの耳があるせいか。
***
「やっぱり惣司にかわいいかわいいうさぎの耳が生えてるから保健室行ってくる」
「こら待て」
昼休みに廊下でばったり遭遇した惣司の頭を見て保健室に行こうとしたら止められた。
なぜ止めるんだ。惣司以外に耳を生やした人はいないが、それに気づく人もいないのだから私の頭がイカれたのだ。
「保健室行ってどうするんだ」
「それは寝るに限る」
「こら」
少し考える素振りをした後にため息をつくと、私の腕を掴んでずんずんと歩き出した。朝もこんな光景見たな。
「惣司、どこ行くの。トイレならひとりで行けるでしょ」
「トイレじゃなくて保健室だわ!何でお前をトイレに連れてかなきゃならないんだ!!」
そんなに大きな声で話すと注目されてしまうぞ。
というかこっち向いて怒鳴らないで唾飛んでくるから。
おとなしく引きずられているとベッドにポイっと乗せられた。
扱いが雑。
「女の子には優しくしなよ」
「なっ!……悪かったな」
おや、どうやら私を女の子と思ってくれているらしい。
女の子はどこだ?なんて言われるものかと思っていたが、素直というかなんと言うか。
かわいい耳も心なしか垂れてしまっているように見える。
「ほら寝な」
「やった、おやすみ」
なんだかんだ私に甘いのが惣司だ。
嘘はついてないのでありがたく寝させてもらおう。
眠りに落ちる少し前に、惣司の手が優しく頭を撫でてくれた気がした。
***
「起きろ」
「ぅぅ……あと1時間……」
「寝過ぎだ夜寝れなくなるぞ!」
もはやおかんのような起こし方。
どうやらもう放課後らしい。
少しオレンジがかった空を背景に惣司が顔を覗いていた。
そういえば、起きた後に教室に戻るのもあれだったから屋上に来ていたんだった。
「屋上で寝るなよ、何かあったらどうするんだ」
「何かって?」
「それは、風邪ひくかもしれないし、誰かに悪戯されるかもしれないだろ」
確かにそれがないとは言い切れない。それに固いコンクリートは寝るのに適してはいないだろう。
やはり教室の方がいいか。いや、教室だと静かに眠れないからなぁ。
「まず寝るんじゃないぞ」
さすが幼なじみ。考えることなどお見通しか。
「ほら立て」
差し出された手を掴めば、力強く引っ張られて起き上がらされた。
いつからか私より大きくなった手と、易々と起き上がらせて支えられるほどの力。
「帰るぞ」
それでもグチグチと言いながらも世話してくれる所は変わらない。
その手には教室にあったはずの私の鞄も握られていた。
次の日の朝、迎えに来た惣司の頭からうさぎの耳は消えていた。やはりあれは幻覚だったのだろうか。
今日も腕を引く惣司を意味もなく見つめていた。
言葉より多弁な君の一部 伏見 悠 @sacura02
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