【epi.卒業、そして】
私立逢坂聖神女学院の中等部では、三月半ばのとある晴天の日、この季節にふさわしい行事──卒業式が執り行われていた。
もっとも、「卒業」といっても、大半の生徒はそのまま同じ敷地内にある高等部へ通うようになるだけだ。
「一流大学を目指し、もっと偏差値の高い高校へ進学する」優等生組と、「聖女のお堅い気質が合わなかったので、もっと自由な校風の高校に進学する」者も、ごく少数いることはいるが……。
「キララさん!」「キララ~!」
校門の手前で、背後から名前を呼ばれて振り向いたキララは、親しいクラスメイトふたりの顔を見て、人形めいた美貌の口元をわずかにほころばせた。
──いや、正確にはクラスメイト“だった”か。
先程、卒業式が終わり、3年A組最後の
「恵恋さん、花梨さん、何かご用でしょうか?」
軽く小首を傾げる少女だったが、近寄って来た恵恋と花梨にガシッと両手を握りしめられ、内心「おぅっと!?」と驚いている。
「キララさん、高等部に進学せず、このまま学校を辞めるという決心は変わりませんの?」
「しかも、あたしみたいに、別の高校に進むってワケでもないとかさぁ」
そう、80年あまりのこの聖女の歴史の中で、キチンと(しかも学年TOP10クラスに優秀な成績で)中等部を卒業したのに、高等部や他の高校に進学しなかった唯一の生徒が、この小野キララなのだ。
この学院では、初等部や中等部を卒業する際、よほど成績や素行が悪くない限り、その上の部にほぼ無条件に進学できる。
外部受験をして別の高校に入る生徒もいないわけではないが極少数派で、そういう子は受験シーズンにカリカリしているから一目でわかるのだ。
「はい。そのつもりです」
もっとも、キララの方からすれば、中等部卒業後、高等部に進まないことは当初からの既定路線だ。
それを恵恋たちに知られたら、引き止められるだろうということは予想がついたし、卒業式直前まで秘密にしておくことも不可能ではなかったが──流石にそれは友達に対して不義理だろうと思ったので、年が明けた頃にそのことを明かした。
だが、キララが思っていた以上に、彼女と仲が良かった朝倉姉妹にとっては、看過し難い話だったらしい。
それ以来ふたりは、ことあるごとに何とかキララを説得しようとしてきたのだ。
まさか卒業式の日にまでソレを言い出すとは思わなかったが……。
「はぁ~、残念ですわ。キララさんとは高等部でも楽しくやっていけると思ってましたのに」
特に、朝倉姉妹の姉の方こと恵恋は残念そうだ。
「ごめんなさい。でも、このことはずっと前から決めてましたから」
さすがに此処まで惜しまれると、キララとしても罪悪感がある。
「進学しないのなら……キララのことだしニートはないよね。就職するってこと?」
花梨の質問にキララは頷きながらも、内心ちょっと苦笑する。
(すみません、昔、半ニートしてたことはあります)
「これまであえて聞きませんでしたけど、それならもう勤務先は決まっているんですわよね?」
恵恋の方の問いに対しては、素直に肯定する。
「はい、確かに働き口は決まっています──“働き口”と言えるかは若干微妙ですが」
キララの微妙なもの言いに、双子は顔を見合わせ、異口同音に問い掛ける。
「「どういうこと??」」
キララは正直に、自分を引き取ってくれたことへの恩返しのためにも、主である義父が外に出て働いている間、小野家内のこと全般をとりしきるようにするつもりだという。
字義通りの意味での“家事手伝い”、いやむしろ“専業主婦”という方が正しいのかもしれない。
朝倉姉妹は驚いたものの、キララとの付き合いはクラスの誰よりも深い。
大人しげに見えて、言い出したらきかない頑固な性分なのはわかっていたので、もうその選択に異議を唱えることはなかった。
「わかりました。キララさんが考えて選ばれた“道”ですもの。否定はしませんわ」
「だからって、ずっと家にこもりきりって訳じゃないんでしょ。街の方に来たら、連絡入れてよね!」
「ええ、これからも週に一回、土曜か日曜は買い出しがてら“下山”はするつもりですから、おふたりのご都合がつけば、またお会いしましょう」
親友との会話を何とか円満に締めくくると、ニコリと笑ってキララは、2年生の春に転入してから丸2年間通った、逢坂聖神女学院をあとにしたのだった。
──プップーッ!
クラクションの音に、彼女は見慣れた
あわてて駆け寄り──だが、ハンドルを握っているのがいつもの運転手の木乃伊男ではないことを目にして当惑する。
「! お父さまが来てくたでさったんですか!?」
「なに、義娘の晴れの門出の日に、父親が迎えに来ることは別段珍しくもあるまい。乗りなさい」
平素より心なし明るい色のスーツを着込んだ義父に促されて、キララはいつものリアシートではなく、助手席に乗り込んだ。
「いったいどうされたんですか、お父さま?
──それとも、もう旦那様とお呼びした方がよろしいですか?」
「特に問題ないなら“父”の方がよいな。今日は“娘”のお祝いに来たつもりだから」
ご承知の通り、この2年間、彼女は逢坂聖神女学院の女生徒として平日を過ごしてきた。
前述のとおり、学業に関しては学年10位内をキープし、品行も方正。部活の薙刀部では3年時に副部長も務める──という、非の打ちどころのない優等生だった。
そればかりではない。朝倉姉妹を筆頭に、真弥や香津実、さらに部活の先輩後輩やクラスメイトの何人かとは、十分友達と言える親交を結んでいる。
通学が屋敷からクルマでの送迎になるため、放課後友人と自由に遊ぶ時間があまりとれなかったという欠点はあったものの、結果的に見れば“彼女”は女子中学生生活を謳歌していたといってよいだろう。
傍から見ていても、そのことは十二分に分かったので、卒業が近づくにつれ、義父たる秦広は「そのまま高等部に進学してもよい(むしろその方が良い)」とも言ったのだが、
「一般的な若い女性として必要な教養や常識、習慣や身ごなしなどは、もう十分身に着いたと思いますから」
それよりも、彼女としては、この2年間、土日くらいしか十分にできなかった屋敷内の清掃保全の方に力を入れたいと主張。
「(お父さまに、手の込んだお食事も食べさせてあげたいですし)」
──どうやら、メイドさんスピリッツに微妙にファザコン風味まで混じった彼女の“お世話したガール”度は、この2年でさらに上がっているらしい。
* * *
クルマに乗った父娘ふたりは、十数分後、秦広が予約したそれなりの格のレストランで、向かい合って席についていた。
「では、我が愛娘たるキララの中学卒業を祝って、乾杯」
「乾杯! ありがとうございます」
ワイングラスをぶつける──ことはせず、互いに軽く掲げてから口をつける(無論、キララのグラスの方はノンアルコールだ)。
礼儀正しく食事をとりつつ、口数は少ないが笑顔で歓談する彼らの様子は、周囲から見れば紛れもなく「仲の良い親子」に見えた。
小一時間後、味覚のみならず精神的にも楽しいひと時を過ごしたふたりは、レストランを出て併設されたガレージに駐めたカローラまで歩み寄る。
「しかし、その制服姿も今日で見納めか。少し淋しい気もするな」
クルマの横に立つキララの全身に、秦広の視線が向けられる。
逢坂聖神女学院中等部の制服、なかでも特に、丸襟の白い長袖ブラウスの上に、前身頃に6つ飾りボタンのついた濃紺のジャンパースカートを着用し、足には黒のオーバーニーソックスを履いた春秋服姿は、可愛くて上品だと親からも生徒からも評価が高い。
「クスッ、もしお望みでしたら、こちらを屋敷での制服にしてもよろしいのですけど?」
右手の人差し指を唇の端に押し付け、悪戯っぽい微笑を浮かべるキララ。この2年で、そんな小悪魔めいた仕草もできるようになったらしい。
「む、魅力的な提案だが、遠慮しておこう。それに──君にはやはり、あのメイド服が一番似合うと思うからな」
「はい、ありがとうございます♪」
どんな華麗なドレスよりも、(本来は作業着である)メイド服の方が似合っているというのは、人によっては侮辱ととられかねない言葉だが、生憎キララにとっては、この上ない賛辞だった。
そして、2時間後、クルマは彼らの“家”にたどり着く。
「それでは、旦那様、明日からはまたメイドとしてよろしくお願い致します」
服装こそ制服ながら、娘ではなく侍女としての立ち居振る舞いに戻ったキララが、丁寧に頭を下げる。
「ああ、こちらこそ頼む──いや、少し待った」
「? なんでしょうか?」
小首を傾げるキララのもとに歩み寄った死神悪魔は、身をかがめて彼女の耳元に囁く。
「君は、この家のメイドであると同時に、我の養女となったことも変わらぬ事実だ。時々は今日のように外で“父と娘”として過ごすことを望んでも、よいかな?」
それは、“
だが──その変化をもたらしたのが、自分(もしくは自分と暮らした日々)であるというなら、キララにとってはこの上ない喜びだった。
「! はい、喜んで、
~おしまい~
『冥途人形(メイドール)-ニート(24歳・男)が美少女メイドになった経緯と結末-』 嵐山之鬼子(KCA) @Arasiyama
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