宇宙の果てからやってきた侵略者とパンケーキを食べに行く話

秋乃晃

🥞

 上野駅から銀座線で、稲荷町駅と田原町駅の次が浅草駅。歩いてでも行ける距離に、東京有数の観光地はある。土日はもちろんのこと、平日も海外からの観光客や修学旅行生でごった返している雷門前で「おおー!」と歓声を上げている安藤モアことアンゴルモア。


「おのぼりさんみたいだな」


 当たらずとも遠からずか。


 宇宙の果ての『ものすごく遠い星』(※本人談。正式な名称は「? 我の母星に名前が必要か?」ときょとんとした顔をされてしまったのでわからない)からやってきた侵略者・アンゴルモアは、画像検索で見つけた十文字零じゅうもんじれいさんの姿を模して、上野の不忍池の近所にある四方谷よもや家に居候していた。これは俺の母方――厳密には、まあ、いいや――のご実家であり、参宮拓三の現在の家でもある。


 スマホで雷門を撮りまくってから、モアは俺に向き直って「パンケーキに行くぞ!」と宣言する。


 家を出る時に「パンケーキを食べるぞ!」と言って出てきたのに、目的地としていたパンケーキ屋の前を素通りして雷門に向かっていった。何をするかと思えば写真撮影だ。そんなにフォトジェニックか? これ。


「レポートに使うのだぞ」

「ああ、そうなんだ」

「うむ。大王様もこの風神と雷神の迫力に驚かれることだろう」


 モアは毎日正午までに〝恐怖の大王〟へレポートを送らなければならない。レポートの内容は、最初は地球上の生物に関するものだったが、飽きてしまったのかネタが切れてしまったのか、最近は人類が生み出した建築物や美術品に関するものにシフトしてきているようだ。


 というか、生物についてまとめていたのは『彼らが人類を滅亡させたのちに、人類に代わって地球上の生物の保全活動をしていく』ためじゃあなかったか。マジで人類を滅亡させる気ないんだな。滅ぼすんだとして、どんな手段で滅ぼそうとしてんのか知らないけど、破壊活動を行うとしたらここら一帯も瓦礫だらけになるんじゃあないの。


 日々のレポート提出も、途絶えたら〝恐怖の大王〟が直接地球にやってきて人類を滅亡させてしまうから、それを阻止するために真面目にやっているらしい。本来の目的たる『人類の滅亡』は一ミクロンも進んでないのにさ。真面目なのか、真面目じゃあないんだか。


「パンケーキっ♪」


 るんるんで雷門通りを隅田川方面に進み、目的の店にきた。モアのスマホは俺の契約になっているのだけど、持たせなければよかったと後悔するぐらいには使いこなしている。


 今回のパンケーキ屋も、インスタで見かけて知ったのだとか。浅草なら近いからってんで、俺が連れ出された。もしこれが渋谷だとか原宿だとか言われたらめんどくさくて行きたくなくなっていた。渋谷も銀座線で一本だし、原宿も山手線乗ってれば着くけど。なんか、街の雰囲気が俺を拒絶している感じがして行きたくない。


 考えてみれば、モアは母星との連絡用のスマホもどきとの二台持ちをしている。用途が違うので仕方ないけど。


 スマホもどきには外カメラがついていない。モアはスマホとパソコンをつなげてスマホで撮影した写真を一回パソコンに取り込んでからスマホもどきに画像ファイルを移動させている。めんどくさくないかな、と思うけど、モアは「パソコンにバックアップがあったほうが安心だぞ!」と言っていた。


 まあ、結構な頻度で落下させてるもんな。スマホ。よく割れずに済んでる。もっと大事に使ってほしいよ。


「おおー!」


 本日二度目の歓声は、パンケーキ屋で席に着いてから。カウンター席の目の前で調理されるようで、職人が横並びになっている。ボウルで生地をシャカシャカとかき混ぜている人、焼く人、トッピングの果物を切る人。


「タクミはどれにする?」


 パンケーキなんて家でも作れるものでしょ。ってのに、メニューを見るとちょっといい食事ができそうなお値段だった。やっぱり違うもんなのかな。隣の席のおねえさん方が食べている、目玉焼きが乗ったパンケーキが美味しそうに見えた。


「値段は気にしなくていいぞ!」


 あんまり大きな声で言わないでくれ。言われる前から払ってもらう気でいたけどさ。俺が連れてこられたんだから俺が払う必要ないじゃん。いつもそうだけど。


 とはいえ、男女二人でのこのこ入ってきて堂々と女側が奢るって言い出すの、気まずいからやめろ。


「わかった」

「何が?」


 何も言ってないけど。


 モアははぐらかすように、左右の人差し指をくっつけたり離したりしながら「え、ああ、……その、隣の女性が食べているものが気になったのだろう? だから、タクミはそれを頼みたいのかなーと思ったのだぞ」と言った。間違っちゃいない。そんなに隣のを見てたかな。


「大将! この、チョコバナナのものと、目玉焼きのものを一つずつ、と、タクミは何か飲む?」

「アイスコーヒー」

「アイスコーヒーと、我はアイスミルクで!」


 注文を終えて、さっそく調理が始まった。モアはスマホを取り出して、また写真を撮りまくっている。パンケーキ屋の写真って需要あんの? いや、インスタ向けじゃなくて『ものすごく遠い星』向けとしてさ。


「技術を盗んで家でも作れるようにするぞ!」


 職人さんが苦笑いしている。家の中で言うならおばあさま(※モアは祖母に敬意を込めて祖母のことを『おばあさま』と呼んでいるので、俺もそう呼ぶことにしている)もいいけど、外で言うのはよろしくない。こういう外での振る舞いも教えていかないとダメだな。


「う、うん……わかった。気をつける」


 何の話? と聞き出そうとしたらアイスコーヒーとアイスミルクが先に提供された。アイスミルクってそのまんま冷えた牛乳か。特別に何かされているわけじゃあなさそう。


「飲む?」


 スマホをしまって、ストローで一口飲んでから、モアが言ってきた。別に飲みたいわけじゃあないけど。気になっただけで。


 やっぱり欲しそうに見えるんかな。さっきの隣のパンケーキといい。俺も気をつけよう。


「おおー!」


 しばらく焼きの過程があって、皿に盛られて、それぞれの前に完成形として現れた。おなかすいたな。気付いたら隣のおねえさん方は会計を済ませて帰っていた。


「味わって食べねばな……!」


 宇宙人、ほとんど噛まずに飲み込むもんな。朝食から昼食、夕食、どれも完食までにそう時間がかからない。今回はさすがにじっくり味わおうという気持ちがあるらしい。わざわざ言うってことはそういうことじゃあないの?


「の前に、タクミ、プルプルさせてくれ」

「プルプル?」

「我が動画を撮るから、皿をつまんでこう、プルプルさせてほしいぞ!」

「プルプル……」

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