安全な綱渡り

青空一星

居場所

 長めの階段を上った所にその神社はある。そんな所にあるというのもあって人影はほぼなく、常に心地の良い空気が流れている。この神社に合うとしたら、木が萎れ茶と赤の葉を付ける秋の季節だろう。


 立派なんて言葉からはほど遠く、何が祀られているかすら分からない神社だから僕みたいな物好きしか来ることはない。


 僕が心霊スポットへ行く前はいつもここに通っていて、通い始めてもうすぐ一年になる。


 僕が幽霊を見られるようになったのはこの神社の神様に力を貰ったから。直刃さんは碌でなしって言っていたけど、僕にとってはありがたい神様だ。

 貰った力のお陰で直刃さんとも会えたし、こんな面白い世界だって知れた、それにこの神社の神様だって言うんだからそもそもマイナスの要素が無い。


 御供え用に持ったまんじゅうを抱えて階段を上る。神様への御供えと言えば食べ物だと思っているけど、御賽銭とかあるくらいだからお金のほうが良かったかな。そんなにお金持ってないから僕の好きなまんじゅうにしたんだけど……


 タンタンと階段を上っていく。偶に飛ばして、偶に踏みしめて、いつもと違う心持ちで上っていく。

 そしていつもならもう神社が見えるはずなのにまだ見えないことに気付く。


 タンタンタンタンと早足で駆け上がるとそこには崩れた神社の姿があった。

 周りには黄色と白色のテープが張り巡らされており、人が入れないようになっている。


「こんにちは」


 いきなりの声に驚いて振り向くとベンチに女の人が座っていた。

 灰色主体の服をオシャレに着こなし、それがロングの深い黒髪に冷め冷めとするほど似合っている。おまけに185cmの長身にモデル体型で一生に会えるかどうかの美人。加えて身振りは上品とよくできた人という印象を受ける。


思わず見惚れていると微笑まれてしまい、顔を背けそうになる。


「あっ、えと、こんにちは」


「ふふ、こんにちは」

「どうしてこちらにいらしたの?」


「えぇと、ここが行きつけの神社だったものですから…」


「そうなの、行きつけの神社……

 ふふっ、面白い人なのね」


「ああいえ、そんなことはない、です…」

「……」


 駄目だ、頭に何も浮かんで来ない。やっぱり他人と話すのは苦手だ。況してやこんな美人さんとなんて……変に思われていないだろうか。


帽子を深く被りそうになる。


 いや、そうだ。それはもう辞めるんだった。


「あ、貴方様はどうしてこちらへ?」

 よし、なんとか返せた。


「私もここへは偶に来るから。今日もその偶々だったの」


「そ、そうだったんですね

 これまで会えなくて残念でした」


「それは、私に会えて嬉しいということかしら」


「あっ、えっと、えーと……」

この場合の正解ってなんなんだ!?なんて言えば自然なんだ……


「……神社が壊れてしまう前に会えなくて残念だな!……と、思いまして」

 我ながら機転の効いた返しができた気がする!


「そうね、どうして壊れてしまったのかしら。誰も怪我はしていないらしいのだけど」


「そ、そうなんですね」


 そういえばここにいたあの神様はどうなったんだろう。そもそも今日はあの神様の正体を知るっていうのもあって意気込んで来たのに……

 この人なら何か知っているかもしれない。


「あの、ここに祀られている神様ってどんな神様なのか知っていますか?」


「神様……

 ごめんなさい。分からないわ

 この神社には名前すら無いもの」


「そう、ですね……」

 まあ、そう簡単にもいかないよね。


「あなたはここの神様とお知り合いなの?」


ブーッ!


 しまった、吹き出してしまった。


ちら


 よかった怪訝な顔はされてない。笑顔のままっていうのもまた怖いけど。


 普通神様と知り合いだなんて思うかな。今さらだけどこの人はコッチ側の人なのかもしれない。それとも事情を知らない一般人?


 ──嘘を付くよりは正直に言ったほうがいいか。冗談だって流されるかもしれないし。


「実は一度だけ話したことがありまして、今回はまた話せるかなと思って来たというのもあるんです」

 さあ、どう反応する。


女の人は口角を吊り上げたかと思うとぎゅっと抱き寄せてきた。


「ッ!? ? !?!?っ!!」


 頭がぐちゃぐちゃになる。緊張という面でもそうだけど他にも何か、僕の存在自体を脅かすような何かが徐々に膨らんでいく。


 これが何かを知っているはずなのに、知ってはいけないと本能が叫んでいる。胸の奥底に体中の熱が籠もって、必死に○○を手放さないように押し留める。まずい、このままじゃまずい。


「みせて」


 彼女が気体でも液体でも個体でもないモノに溶け出したかのような幻覚を見る。そして頭上から体内へと蹂躙を始めた。脳から鼻、上顎を通って体内の細胞一つ一つの感覚が失われていく。

 死体なんて生暖かいほど冷たく、融けた箇所が残らず消失する。

 既に脳の司令機能は停止し、思考することだけが許されている。


 手を取られ、足をられ、目を溶かされ、彼女のこと以外捉えられなくなる。拒むことも、逃げることも不可能。なまじ感覚が残されているせいで彼女を受け入れるしかない。


 彼女の唇が心臓に触れそうになる。鼓動を鳴らしての抵抗など虚しく、接触面から融け出しそうだ。


「       !」


誰かの声が聞こえた。


 と同時に神経まで根差していた彼女の意識が喉元を通って飛び出た。


「あら、そうなの

 ふふふふふ」


 彼女は初めと変わらず上品に笑っている。口角はあの時よりも上がっているけど。


「ごめんなさい、少し試したくなってしまって

 怖い想いをさせてしまったかしら」


「 、  、    」


 まだ根が残っているのかは知らないが身体がまともに機能しない。


「大丈夫?」


 彼女の暖かいようで冷たい声に震えが止まらない。どうやら熱が戻って来ているようだ、胸の奥が温かい。


「ぁ、なた、は ぃったい」


「私は貴方の友達で、あなたの先輩」

「同じ部活に入るんでしょう?きっとまた会えるわ」


そう言って頬を撫でると彼女は去って行った。


 それから10分は経っただろうか。脳の隅がまだ少し凍りつつあるが血液は管を順調に巡り始めた。


「はあ……」


 同じ部活……あの人あのビジュアルで高校生なのか。それでオカルト部にいるってことか。


「情報筒抜けとか、やっぱりこの街怖いよ」


はぁ


顔を上げると瓦礫になった神社が映った。

「ごめん、そうだったね」今日の主役は君だった。随分と邪魔をされてしまった。


ぎこちない足取りで神社に近寄り、その残骸に手を置く。

 たった一年間の付き合いだった。だけど君だけが僕の居場所だった。ずっと独りでこの世界にいた僕にとって安心できるのはここだけだった。


 ちゃんと形を保ったまま、お互い万全のまま言えなかったのが悔しいけど、お別れを言いたかったんだ。


両足で、己の力で立ち上がる。


 君がいたから僕は僕で在れた。君だけが僕の味方だった。だから


「ありがとう」


 もう甘えていられない。


街を見渡す。僕らの街だ。

 僕がこれから生きていく場所だ。


「また帰って来てもいいかな」


 できる限り優しく撫でて、唯一の居場所に暫しの別れを宣言する。


神社を後にして学校に向かう。

今日は明る陽、渡橋日和だ。

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