22:デスゲーム第二回目【インディアンポーカーポーカー】その4

 俺はヒトミちゃんに、失礼なことを言った。女子ならば誰もがブチギレるような、本当にひどい言葉だ。ぶん殴られる覚悟だってあった。

 それだというのに、ヒトミちゃんは苦笑いを浮かべて、素直にその言葉を受け入れたのだ。


 ……ありえない。「太った?」と言われて怒りに染まらない女の子なんているのか?

 そうだ。本当は、内心穏やかではいられないんだろ?

 うまく表情を取り繕ってはいるが、はらわた煮えくり返るほどの怒りを抱え込んでいるんだろう?


 だけどそれじゃダメだ。

 我を忘れるくらい、取り繕う余裕なんてないほどにもっともっと怒ってくれなければ、催眠術は解けない。

 心を鬼にしろ、渡辺テルヒコ! もっと暴言を吐くんだ!


「いやマジで太ったよ。冗談じゃなくて」


「やっぱり、男子は女子の体型に敏感なんだな? でも本当に自分でも驚くばかりなのだよ。ズボンにお腹の肉が乗るなんて、初めての経験だ! はっはっは!」


「いやそれを俺の飯がうまいとか言って、俺のせいにしてただろ? 違うだろ? 太ったのは自分のせいだろ?」


「いいや! うまい料理を作るテルヒコくんが悪いっ! ……なんてね。まあ、ここを出たら、またトレーニングの日々だ! 今はもしものためにも、蓄えておくのだ!」


「だっだから、蓄えすぎなんだよ! デーブ! デブちん! この――!?]


「いい加減にしろよ! クソ男がっ!!!」


 もうやっきになって、ただの悪口を連呼するしかできなくなった俺の後頭部に、不意に衝撃が走った。

 痛くはないが、びっくりした。

 振り返ると、そこには、青筋をたてたギャル。


「お前、マジで最低だなっ!? 急にどうした!? とうてい、女の子に言っていいセリフじゃねーぞ!? あーハラタツ!!!」


 いやいや、お前じゃない。お前が怒っても仕方がない。

 俺はヒトミちゃんの催眠術を解くために必死なんだ。邪魔をしないでほしいんだが……。


 ……気づけば、女子が全員、俺を見ていた。

 デスゲームの最中であっても関係なく、試合が中断してしまってもお構いなしに、俺に目を向けている。

 誰もが、汚物を見るような目つきだった。

 そんな視線を、一身に浴びる……ああ、思えばこの状況も、三回目だな……。

 初めにここで目覚めた時も、みんな、全く同じように、俺を見ていたっけ。


 状況が違うとすれば、今はあの頃と違って、ある程度の信頼関係が結ばれてきていたというのに、そんな目を向けられているという点である。

 ……なんでぇ?


 ディーラーをしているトモコちゃんも、これには、あきれ果てていた。


「お前、ヤベェ奴だな……」


 青ざめた顔で、ドン引きって感じで苦言を呈する。

 待ってくれ。違う、そうじゃない……。今のは、仕方なかったんだ……! ヒトミちゃんの催眠術を解くには、一度、本気で怒りを爆発させないとダメだったんだ……。


「みんな! テルヒコくんを責めないでくれ! 私が、至らなかったんだ……。彼の気を悪くさせてしまったのは私だ。この暴言も、甘んじて……! ……っぐす、うう。いいんだ……本当の、ことだから……っ!」


 うあ……あ……!

 泣いちゃった!


「ち、違うんだ! みんな! 俺は、俺はただ……!」


 怒ってほしかっただけなんだ! ただ純粋に、怒り狂って欲しかっただけ……! だけどそれを口に出してしまえば、運営に気づかれる! 感情を揺さぶって、催眠術を解こうとしていることは、絶対にバレてはならない!


 だけど女の子たちには弁明したい!

 俺がただ意味もなく暴言を吐いて、女の子を傷つけようとしているわけじゃないことだけは、みんなに理解してほしい! 俺は、俺はただ……!


「俺はただヒトミちゃんに、ボコボコに殴り倒してほしかっただけなんだあああッ!!!」


『はい。渡辺テルヒコくんの所業は、デスゲームが終わった後に、生き残ったみなさんでご自由になさってくださいね。さあさあ! 今は命を懸けたデスゲームの真っ最中ですよ! 集中してください。集中!』


 俺の独白は、運営の冷めた機械音声によってスルーさせられた。なんでだよ。


 そしてそれから、誰も俺と目を合わせてはくれない。ギャルは普通にシカトするし、トモコちゃんも、「お前の人間性ってものがだんだんわかってきたよ。あのときも、私を臭いって言ったもんな」なんて過去の怒りを再燃させてしまった。

 トモコちゃんはディーラーに集中してるし……。


「テルヒコくん。君は、とんでもないバカだね」


「……ヒマワリ先生……」


 落ち込んで膝を抱く俺の横に立って、嘲笑気味に話しかける精神科医。

 肩をポンと叩かれると、これまで張りつめていた筋繊維がほどけて、血流が全身に行き渡るような清々しさを覚えた。


 なんだこれ……彼女の手の温かみが、とても心地よい。

 身体が、強制的にリラックスしてしまう。


「はわ……」


「どうしたどうした。肩肘張って、やってることは空回り。見ていて滑稽だぞ?」


 慰めてくれるのかと思いきや、ダメ出しを食らった。そりゃないよ先生……。

 だけど、今は唯一話し相手になってくれる彼女が天使にすら思える。それは精神科医という職業柄なのか、彼女自身の優しさが滲み出ているものなのかはわからないが、傍にいてもらえるだけで、なんだか、心地よいのだ。大人の余裕ってやつ? をひしひしと感じる。


「ヒマワリ先生、俺、ここからみんなで脱出したいんだ。だから俺にできることを、必死で頑張ってるんだけどさ……正直、何度も心が折れかけてる」


 そんな彼女に甘えるように、少し弱音を吐いてみた。別に、慰めてもらおうなんて思っちゃいないが、ついつい、その大人の余裕で受け止めてくれることを期待して、そんな言葉がポロッと出てきてしまったのだ。


 別に、期待してはいなかった。

 慰められるだとか、叱咤激励してもらえるとか、そんな俺に都合のいい言葉をかけてくれるだなんて……少ししか、期待してはいなかった。


「テルヒコくん。君の行いは、正しい」


 だから、そんな全肯定をされて、内心、めちゃくちゃ面食らった。

 嬉しいより先に、怪しんだ。


「……ほんとに、そう思います?」


「本当だとも。なぜなら、君はこの中で唯一、命の危険がないからこそ……命を賭けて行動できるのだからね」


「命の危険がないから……命を賭けられる……?」


 どういうことだ? なぞなぞ?

 先生はすぐに答えてくれた。


「いかにも。命ある者しか、命は賭けられない。私達のように、命を掴まれてしまった者らは……安全策か、愚策しか選べるものがないのだよ」


「そ、そんなもんですかね……」


「そう。命あるものが、死ぬ気になることでしかたどり着けけない境地というものがある。そしてそれは、諦めず、へこたれず、めげず、健気で、何より心を燃やして敵に立ち向かえる強い意志が不可欠だ」


「強い意志……」


 ヒマワリ先生の言葉を反芻して、噛みしめる。

 小さな両手で、バシバシと俺の肩を叩いて、彼女は眼鏡の奥の眠たげな、優しい瞳で微笑んでくれた。


「テルヒコくん、きみは強いよ。だからもっと胸を張って、シャキっとしなさいな。きみが下を向いてると、こっちまで気が滅入るからね」


 そうか……そうだよな。

 命を賭けられるのは俺だけ。なるほど。しっくりくる言葉だ。

 俺にはまだまだやらなきゃいけないことがある。一度や二度の失敗で、へこたれてなんかいられない……!


『第一試合終了ー! 続いて第二試合を始めます。両チーム、前へ!』


 よし。次は俺たちが試合をする番か。

 まずはここで、一回負ける……。そこからだ。いや、その間にも、ヒトミちゃんの催眠術を解く方法を探ろう。これは本当に最優先事項だ。だってそうじゃなきゃ、俺のチームが負けた場合、催眠術の解けていないヒトミちゃんだけ死ぬことになってしまう。


 やるぞ。俺はできる。俺ならできる……!

 みんなを助け出すために――!







『――勝者、渡辺テルヒコくんチームうううう! 負けチーム確定! 負けチーム確定! 菊池サナさんチームの皆様は失格となります!』


「え? え? え? うそ、うそ、な、なんで? なんでなんでなんでなんでなんで!? なんで、どうして……テルヒコくん……!?」


 目の前の光景。サナちゃんが嗚咽しながら泣き喚き、彼女と一緒のメンバーが、全員、青ざめて、呆然と立ち尽くしている。

 あれ……? なんだ、これ?

 なんで俺、サナちゃんと対戦してるんだ?

 なんで俺……勝っちゃってるんだ……?


 背後を振り返る。そこに、だれかいると思ったからだ。

 居るには、居た。俺のチームのトモコちゃんとヒトミちゃんとギャルと、ヒマワリ先生だ。

 みんな、何も言わず、顔を青くして、ただ俺を見ていた。


「なあ、何が……起こったんだ? 俺は、何をしていたんだ?」


 恐る恐る、仲間たちに尋ねる。

 だけど、知りたくないし、聞きたくない。

 みんな、今から笑顔になって、笑い出して……全部ドッキリだったと、言って欲しい。


「テルヒコくん、お前……大変なことに、なってるぞ……」


 トモコちゃんが、震える声で言う。


「お前、また……催眠術に、かけられてるじゃねえか……! なんで、どうやって!?」


 絶望の言葉が降り注いだ。

 俺は、またもや、催眠術にかけられていた……? そんなバカな……!?




『それでは……失格者には、死んでもらいます』


 機械音の冷酷な言葉が、絶望のこの空間に、容赦なく降り注いだ。

 そして間もなく、赤色灯が灯った。

 体育館内は赤く染まる。次いで心の底から震えあがるようなサイレンが絶えず鳴り響き、事態の重さを誰もが自覚させられた。

 サナちゃんを、見て、すぐさま手を伸ばして……!


「てて、てテルヒコくんた、たしゅッ――」


 そしてサナちゃんが消えた。

 明るすぎる証明のそのもっと上の天井から、サナちゃんの涙が、何度かしたたった。


 ああ、そんな。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗失敗した。失敗した。。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した――。

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セックスしないと出られない部屋に男1女39で閉じ込められて最初にセックスした二人以外死ぬデスゲーム 【偽】ま路馬んじ【公認】 @pachimanzi

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