ハッピーバッドエンド

本の栞大好き

ハッピーバッドエンド

 私は、風野かざの春華はるか。中学三年生。今、人生の壁にぶつかっている。そう、受験だ。


 私は、幼馴染の今川いまかわ秋人あきとが好きだ。彼を幼稚園の時からずっと好きである。



 ○○○



 彼を好きになったきっかけは些細なものだった。


 彼は幼稚園児ながら誰から見ても格好良い子だった。小さい時から才能があることを予感させる子だった。その為、いつも周りには年齢関係なく色んな人がいた。


 私は彼の幼馴染だったから、周りから羨ましがられた。それで私は得意になって、また彼を誇らしく思った。


 けれど、ある時偶然聞いてしまった。それは、公園の端に転がったボールを取りに行ったときのことだ。


『秋人君は本当に良い子だよねぇ。』

『そうね。自分の孫に欲しい位だわ。』


 話し声は、友達のお母さん達のものだった。


 初めは良かった。私は彼が褒められているのを聞いて嬉しくなった。けれど、段々と悪い方面に話は移っていった。


 そして、


『そういえば、秋人君に幼馴染が居たわよね。』

『あぁ、あの子ね。確か…春華ちゃんだっけ?』

『そうそう!その子、普段威張っているから、自分の子に移らないか心配なのよね。』

『そうね~。あの子の教育、ちゃんとしているのかしら。』

『お母さんも秋人君に夢中で、疎かになっているとか。』

『あり得るわね。春華ちゃんも可哀想に。』


 この会話を聞いた途端、私は居ても立ってもいられなくなって、気付けば走り出していた。


 話していることの意味は、少しだけしか理解できなかったが、私にショックを与えるには十分だった。


 そうか、わたしはいばっているのか。かわいそうっておもわれているのか。おかあさんはあきとくんにむちゅーで、わたしのことはみてないんだ。


 私はボールを取るという、本来の目的を忘れてそのまま公園を飛び出して走り続けた。


 そして気づくと知らない交番にいた。


 夜になり、私はやっと両親に引き取られた。家に帰るなり両親に怒られたが、その言葉は私に耳には入らなかった。


 その後、私は幼いながらもうつになり、しばらく幼稚園、小学校を休んでいた。


 だけど、私を家から連れ出してくれたのが秋人君だった。


 初めは、私は八つ当たりでしか無いと分かっていながらも、彼を憎んでいた。


 しかし、彼は態度の悪い私相手に辛抱強く付き合ってくれた。その期間なんと1年半。


 こちらが邪険にしていたのに、そんなに説得され続けたら誰でも折れるだろう。両親でも3ヶ月しか持たなかったのに。


 彼は遠慮を上手く使い分けて、私を学校に通わせることに成功した。


 そして、いつの間にか私は、彼に恋をしていた。



 ○○○



 私は、彼と同じ学校に行きたい。幸い、彼の志望校は共学。けれど、とても難易度が高い。


 彼は、頭が良いから受からない可能性の方が低いらしいが、私は残念ながら平凡よりもちょっと上なだけである。それに、途中まで不登校だった為、担任や親に話したら遠回しに無理だと言われた。


『春華が行きたいんだったら、いいんじゃないか?俺も幼馴染がいると気が楽だしさ。』


 だけど、彼だけは、励ましてくれた。彼にそのつもりは無かったのかもしれない。けれど、私は尚更行きたいと思った。



○○○



 あれから私は頑張った。彼と会える時間すら使った。


 正直言うと、この期間は今まで生きた中で一番辛かった。彼と一緒に学校に行くためと自分に言い聞かせながら、彼からの色んなお誘いを断るのは、地獄だった。


 けれど、その努力が実ることはなく、結局落ちた。


 私は、泣くこともできずに合格発表が貼り出されたボードの前で立っていた。


 一緒に来ていて、合格した彼は慰めてくれた。


『こういうこともあるよ。』


 彼は、私を慰めたつもりなのだろう。だけど、この時の私には突き放されているようにしか聞こえなかった。


 まるで、普通もこんな感じに落ちるものだよ、君は普通だったから仕方が無いと言われた様だった。


 私は、彼にとって普通の幼馴染なんだ。


 私は、遅すぎる気づきをした。


 私は、第2志望校に入学した。彼とはめったに会えなくなっていた。



 ○○○



 私は高校三年生になっていた。彼は可愛い彼女を私に紹介してきた。この頃はもう気づいていた。彼は私を妹か何かとしか見ていない。


 私は未だに失恋を引きずっていた。あの日に想いを捨てた気になっていた。


 けれどどうだ。彼からの久々の電話にときめき、ラインを繋ぐというだけで鼓動が速くなり、彼女ができたという報告に電話を切った後に静かに泣いた。


 これじゃあ駄目だ。将来まで引きずると考えると恐怖が沸き起こり、心の隅でそれでもいいと考えた自分にいっそ嫌悪したくて、それでも私は自分が好きだった。



 ○○○



 私はしがない会社員になっていた。彼はあの後何回か付き合っては別れてを繰り返し、今は結婚して2児の立派なパパである。


 彼の子供の奈々ななちゃん(9歳)と健人けんと君(4歳)は、私のおいめいみたいな感じで、よく遊びに来る。


 この頃には、完全に失恋を吹っ切ることが出来ていた。彼の奥さんの美咲みさきさんとも結構な頻度でお茶会をするなど、良好な関係を築けていた。


 私は独身だが、結婚はいいかなと思っていた。



 ○○○



 私は今病院に入院している。私は現在42歳。いささか早いお迎えだが、自分でももう永くないと感じていた。


 彼の一家が見舞いにやってきた。私は見舞いに来た人にもう永くないと伝える必要があると思っていた為、彼等にも伝えた。


 美咲さんは静かに涙を流した。場違いながら美しいと感じた。彼女にそう伝えると、


『有難うございます。』


そう言って笑ってくれた。


 奈々ちゃんと健人君は、黙って立っていた。彼女達に、こんなに早く周りの人が死ぬ辛さを経験させたく無かったと今更ながら感じた。


 そして、彼はというと、


『早いよ………。』


そういったっきり口を開かなかった。


 私は、最後くらい笑った顔を見たかった。


 そして、一人の時間になり、私は息を引き取った。



 ○○○



 やっぱり秋人君が好きだった。



 ○○○



 完。



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 超短編でしたが、読んでくれてありがとうございます。


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