角の折れたユニコーンと夏休みの夜

アヌビス兄さん

第1話 角の折れたユニコーンと夏休みの夜

「また雨だ」


 外をぼんやり眺めながら颯太はそう呟いた。8月になり異例の連日雨予報。

こういう時の予報は裏切らず夏休みの予定を随分ダメにしてくれた。この夏休みはお父さんと沢山色んな所に行くハズだったのに……「雨のバカ」と呟いても現状は変わらない。雨が関係ない水族館には行けた。でもキャッチボールや釣り、キャンプ等は全部ダメになった。


 決まってお母さんが映画に行こうか? 美味しい物を食べに行こうかと誘ってくれるが「いい」と答える。颯太の家にはお父さんは帰ってこない。いつからか、お母さんと“べっきょ”という状態になり、颯太の苗字が“畠山“から“黒坂“に変わった事でお父さんとお母さんは離婚したんだなと中学生になったばかりの颯太でも言われる前に気づいていた。離婚した後でもゴールデンウィークや夏休みなど長い休みの時にはお父さんと颯太は会える日が何日もあり、それだけが楽しみだったのだ。

 だからこそ、この連日の雨が恨めしい。


「もう、なんで今なんだよぅ」


 とスマホから部活で合宿にいるという友人達の通知が入ってくるのを横目にコンビニ弁当を食べようとした時……空をイナズマが走った。

 そして―――ゴロゴロゴロゴロ、ドッカーン!

 とそんな音が響く、一瞬目の前が見えなくなる程の激しい光が颯太をに降り注いだ。その時、一瞬だけど光の中に何かが、いや誰かがいたような気がした。何故なら、遥か遠くにいるハズの誰かと目があったように思えた。


 外は大雨だ。もしお母さんが家にいれば危ないから外に出ちゃいけないと言われただろう。だけど、お母さんは今日も“ザンギョウ”なんだろう。颯太と目が合った何かが墜落していく。


「今のなんだろう」


 お山の神社の辺りだ。遠いけど行けない距離じゃない。レインコートを持って颯太は飛び出した。がすぐに玄関に戻ってきて鍵をする。

 なんだなんだなんだ? UFOかな? 雨ばかりでストレスの溜まる日々に少しお母さんを困らせたいという気持ちと大きな好奇心が颯太を突き動かした。レインコートを着ながら乗る自転車の乗りにくい事。子供の颯太の足で二十分程。なんだか段々白けてきた。帰ろうか、でも帰っても濡れたままだし……行こう! 踏み込むペタルが重く感じる。他にも見物に来た人がいるかと思ったけど誰もいやしない。神社の入り口までやってきて雷が落ちたらしく、雨で既に消火されているけど焦げた臭い木の匂い。しばらくその凄まじい光景に呆然としていた颯太。


「危ない!」


 そんな声が響いた。雷が落ちた大木が颯太目掛けて倒れてくる。間に合わないと思った颯太の身体に強い力が加わる。電車に乗っている時? もっと速い。ジェットコースターのように景色が動くと、颯太は空高くを舞っていた。雨雲を越え、頭上には星屑。

 そしてひと際大きな月とご対面。


「なになに? えぇええ!」

「いてて……ここは穴の先か、少年大丈夫かい?」


 颯太は空を飛んでいる。何かの上に乗って……恐る恐る自分が何の上に跨っているのか、それは純白の白馬? いや、それしてはおかしい。所々雷みたいに光輝いている。そして額には元々角がっあったような形跡がある。根本よりぽっきりと折れているのだが……


「き、君は誰?」

「ボクはきりん。ユニコーンの中でも超優秀な幻想狩だぜ。ちょっと嵐に巻き込まれて落ちちゃった。ところで少年の住処はどこ? なんだかヘンテコな所だなここは」


 雨雲を抜けて地面に降り立つ。颯太は自分の家の方向を指でさして「あのマンション、その5階」と伝えてみると「あい分かった」と再び浮かび上がる。どうやら颯太を家まで連れて行ってくれるらしい。今までに感じた事のない乗り心地、きりんと名乗ったきりんは颯太マンションの5階の玄関まで連れて行ってくれると、そこで人の姿に変わった。


「ふぃー、なんでこんなジトジト、ジメジメしてんだぃこの世界は……」


 やや荒っぽい喋り方をしていたきりんは颯太の中で男の子だと思っていた。だが、目の前で人の姿に変わったきりんは女の子。それも颯太よりいくつか年上に見える。


「あの、僕は畠、じゃなくて黒坂颯太。助けてくれてありがとう」

「おぅ、どういたしまして」

「…………」

「…………」

「…………えっと、じゃあここ僕の家なんで」

「おいおいおい! 颯太君。助けてもらってはいさようならはなくないかい? ボクは君を助けた。颯太君はつまらない物ですが! と暖かいスープにパンをボクに振る舞い。ボクはおかまいなくとさりげなく帰ろうとするのだけど、颯太君はどうしてもボクに食事を食べて行ってほしいんですと、そんな感じじゃないのかい?」


 お腹に手を当ててきりんがそう言うので、お腹でも空いているんだろう。でもお母さんに知らない人を家に上げちゃいけないと言われてきたけど、そもそも人かどうかも怪しいので、


「コンビニのお弁当ならあるけど……」

「いや、おかまいなく」


 ときりんは去ろうとするが一向にそこから動かないので颯太は、察した。きりんが何どもウィンクをしているのだ。いや、ウィンクというより目で合図していようようだ。先ほどのセリフを思い出して、


「どうしてもきりんさんにコンビニ弁当を食べてもらいたいので」


 と棒読みで言ってみると、きりんは花が咲いたようにニコっと笑う。それは正直どうしょうもないくらい可愛かった。


「そうかそうか、じゃあ遠慮なく」


 リビングに通したきりんに先ほど食べようとレンジで温め、もう完全に冷えてしまったコンビニのハンバーグ弁当を差し出した。それをクンクンと匂ってからフォークでハンバーグをぶすりと刺すと大きく口を開けて食べ始めるきりん。


「うまーい! 颯太君! これは実に美味いよ!」

「そ、そう」


 コンビニ弁当をぺろりと食べ終えると颯太が持ってきた駄菓子をバクバクと食べて100%オレンジジュースで喉を潤す。


「えっときりんさんは」

「きりんでいいさ! ボクと颯太君の仲じゃあないか、でなんだい?」

「きりんは何なの? 人間じゃないんだよね?」

「あー、そういう? ボクはユニコーンだって言ったじゃないか、征獣を狩る幻想狩りのきりん、ちょっと失敗しちゃって穴に落ちて颯太君の世界にいるわけさ、そろそろ狩の続きだ。この雨も征獣の仕業だよ。ボクがちょちょいのちょいとやっつけてくるから颯太君は晴れ渡る明日を楽しむといいよ!」


 そう言うとベランダに立ってきりんはユニコーンの姿に変わる。そして空を険しい顔をして見上げる。不敵に笑うきりんはどこか綺麗で寂しそうでもある。


「じゃあねご馳走様」

「うん、気を付けてね。ありがとうきりん」

「あぁ!」

「……」

「……」


 きりんはいつまで立っても飛んでいかない。先ほどまでの余裕を持った表情が段々自信のなさそうな表情に変わるときりんが理由を颯太に述べた。


「と、飛べない! なんで? さっきは飛べたのに……えぇ、帰れないよ! どうしよう颯太君!」


 先ほどと違ってきりんが泣きそうになっているので、颯太はさっき飛べていた事を思い出しながら、


「僕を乗せている時は飛べたよね?」

「そうだそうだ! だけどなんで? いつもは角に集中してぱーんて飛べるんだよ?」

「きりん、角折れてるよ」

「えっ? あの時か……でっかいのに穴に落とされた時……いやいや! どどどどどうしよ!」


 もう半分泣いてしまっているきりんに颯太は、うーんと少し考えてから先ほど飛べた状態。きりんの背に跨ってみる。


「なんだい颯太君?」

「乗っていると飛べるとか? ちょっといい?」


 そう言われてきりんは大口を開けて笑った。少しばかり颯太を小馬鹿にする勢いで、何だかカチンとこないのはきりんがあまりにも不安そうだからだろう。


「そんなわけあるわけ……浮いたよ颯太君! これでボクはマーリアに帰れる! すまないが付き合ってもらえないかい? 代わりのユニコーンに君をここまで運んでもらうからさ」

「えぇ……まぁいいけど」


 颯太は不安げに言ったけど、実際のところは胸のときめきが収まらなかった。一体何が起きているのか、きりんの背は暖かく安心する。雨ばっかりの天気でどんよりとしていた心が晴れ渡るようだった。きりんが向かう先、空。そして見たことのない穴が開いている。


「穴が開いてるよきりん」

「境界の果て、そしてボクの世界マーリアに続く空の道さ、目をつぶって少しだけ息を止めて、波がくるよ! いくよ!」

「うん」


 思いっきり目をつぶる。そしてすうっと息を吸うと息を止めた。友人達と下校時に次の角まで息を止めて進む。だなんて遊びを繰り返してきた颯太だったけど、いつまで息を止めていればいいんだと不安になる。

 苦しい、もうダメだと思った時、きりんの声。


「もういいよ。目を開けて、空気を胸いっぱい吸い込んで!」

「はぁはぁはぁ、ふー! 生き返ったぁ! えっ? 凄い!」


 見渡す限り、色とりどりの草花。夜のように空は暗いのに、星々の煌めきが明るく大地を照らしている。幻想的な世界。そんな風景に見とれていると颯太の隣に人の姿に変わったきりんが立っている。


「どうだい? ボクの故郷も中々のものだろ?」

「うん、すっごく綺麗」

「そうだろう! そうだろう! じゃあ、さっさと颯太君をお家に帰ってもらうように仲間達の所にいこうじゃないか!」


 きりんはそう言うと手を差し出す。どきんとしてしまった颯太はなんだか恥ずかしくなってきりんの手は取らずにいるとにへらと笑ったきりんは颯太の手をぎゅっと握って引っ張った。


「ちょっと、きりん!」

「なに照れてんだよ颯太君! さぁ、こっちこっち! ここがボク達、ユニコーンの住処さぁ……あああああ?」


 土や木でできた家々、なんだか柔らかそうな形をした建物が並ぶファンシーな街、きっと颯太は物凄く本来であれば喜び、興奮したかもしれないのだが……颯太が見た光景はぐったりとした角の折れたユニコーン達の姿。人型を取っているユニコーンもまたなんだか具合が悪そうにしている。そんな光景を目にきりんが叫ぶ。


「ちょっと! ちょっと! ちょっとぉおおお! みんな何してんだよ! 歌を歌って颯太君を歓迎してくれよぅ! そんなんじゃ幻想狩もできないよー! ねぇ、みんなー!」


 別に歌って歓迎してくれなくてもいいけどと颯太は思ったが、これがユニコーンなのか? きりんが一人元気なだけで他が違うとか? だなんて事はないだろうとしばしその光景を見つめていると、街の中から一人の青年がゆっくりと歩いてきた。


「きりんじゃないか! 無事だったのか?」

「あっ! あー! かーらーしーしぃ!」


 きりんは走ってカラシシと呼んだ青年の方に駆けていく、なんだか胸の辺りがズキンとするのは颯太の勘違いじゃないらしい。すごくかっこいいお兄さん、きりんも嬉しそうだ。もしかしたら、きりんはカラシシの事が好きなのかなとか思ってしまう自分が恥ずかしい。


「ところで、人間の子供じゃないか、どうしたんだ一体」

「いやぁねー! 話せば長くなるんだけど、ボク角を何処かに無くしちゃって、飛べなくなっちゃったんだよ。けど、そこで颯太君さ! 彼を乗せていればボクは空を飛べる。ここまで颯太君に協力してもらったのさ。悪いけどカラシシ、颯太君を家まで届けてあげてくれないかい?」

「それは構わないが、きりん。もしかしてその様子だと歌は歌えるのか?」

「歌? 何言ってんだよ! ボクの歌声は世界中に七色に響くんだから、せーの!」


 アーアァとそれは歌というより、何か音色? 動物の鳴き声? 今迄に聞いた事のない綺麗な音。微笑で歌うきりんは綺麗で颯太は見とれてしまった。颯太と同じくらい驚いているのはカラシシ。


「歌を奪われなかったんだな……信じられん」

「何言ってんだよ。歌を奪うなんて、征獣せいじゅうの中でも、征歌獣せいかじゅうくらいじゃないか、前に来たの一体どれだけ前だよ……てまさか、街のこの有様って」

「あぁ、征歌獣だ。幻想狩の最中に嵐と共にアレはきた。きりんは角だけだが俺以外のみんなは角と歌を奪われてこの有様さ」


 二人だけで分かったような会話をしている事、それになんだかきりんがカラシシと話しているとムズムズする颯太は話に割って入った。


「征歌獣ってなんなのさー!」


 颯太の大声に対して反応したのはきりんではなくカラシシだった。優しい表情で颯太を見てから話し出す。


「颯太君と言ったね。征歌獣は私達、幻想狩の中でも一番手こずる連中だよ。それが一度動き出すとこの街のように大勢の幻想狩がやられてしまう。颯太君の世界でも何か異変が起きていないかい?」

「異変だなんて……あっ! 雨」


 ここ最近連日の豪雨。都市機能がこのままだと麻痺してしまうとテレビのニュースで言っていた事を思い出す。海抜0メートルの埋め立て地である事で大雨や台風が直撃すると甚大な被害を受けるとか、


「颯太君の世界で何か大きな災害が起きる時、それは征歌獣に私達幻想狩が負けた時なんだ。今回まともに戦えるのは私だけ、たった一人で征歌獣に勝てるとは思えないが、逃げるわけにはいかない」


 そう言うとカラシシは姿が変わる。強そうな長い角を生やしたユニコーン。そんなカラシシは背を低くすると、


「さぁ、颯太君乗るんだ。君のお家まで送っていこう」

「う、うん」


 颯太はカラシシの背に乗ろうとした時、「颯太君、ありがとうね! ばいばい」と屈託のない笑顔を見せるきりんを見て、カラシシの背に乗るのを止めた。


「颯太君? どうしたんだい? ここは危ない。早く乗るんだ」

「カラシシさん、一人じゃないよ」

「どういう事だい?」


 颯太はきりんの元に向かうときりんに手を差し出した。その意味がきりんもカラシシも分からないでいると、


「僕が乗ればきりんは飛べる。だからカラシシさん、一人じゃなくて二人だよ!」

「颯太君!」


 目をまんまるにして驚くきりん、それにカラシシが怒った。


「何を言っているんだ颯太君! ここは危ないんだ!」

「カラシシさんやきりんがその征歌獣ってのに負けたら僕の世界だって危ないんでしょ? だったら、僕はきりんと戦う」


 真っすぐにカラシシを見つめる颯太。カラシシはとても辛そうな顔をしているときりんがカラシシに触れる。


「カラシシ、たまには妹のボクととっても勇気のある相棒の颯太君に頼ってくれよぅ! ボクはやるぜぇ! 颯太君と飛ぶ時、いつもより大きな力を感じるんだ。颯太君宜しくね!」

「うん!」


 二人を見たカラシシは一度、青年の姿に戻ると、颯太の前まで歩いてきて、頭を下げた。それに慌てる颯太に、


「妹に檄を入れられるとは兄失格だな。人間の、それも子供の颯太君に本来こんな事を頼むなんてありえない話なんだが、力を貸して欲しい。どうにかして被害を最小限に抑えたい」

「こちらこそ、僕の世界を守ってください。それにユニコーン達を守りましょう!」


 カラシシと颯太は握手し、何かを分かりあったように笑いあう。なんだか仲間外れにされたみたいできりんが口を尖らせているそんな時、空を割るような強烈な不協和音。


キョオォオオオオオオオと言ったような、


「来るぞ! 征歌獣だ!」


 巨大な雷雲群を引き連れ、その中心から姿を現したのは、巨大な角を持った真っ白なクジラ。その虚ろな瞳は颯太達をにらみつけているよう、誰一人逃がさないと言う風に大きな口を開けて咆哮した。


「歌うぞきりん!」

「おうよ!」


 クジラという生き物を颯太は生で見た事はない。あっても水族館で飼われている小型のクジラくらいだろう。デフォルメされたキャラクターでよく見るクジラ、愛らしい。カッコいい。優しそう。そんなイメージがあったそれ、今目の前にして思った事は、ただただ美しく、そして怖い。


「颯太君、怖いかい?」

「怖くなんか……」

「ボクは怖いぜ。これは神に挑む戦いなんだ。しかもこっちはたった三人」

「どうやってやっつけるの?」


 きりんは少し躊躇する。そして首を街の下に向けるとそこには大砲のような物が転々と見える。


「あれを使うの?」

「うん、普通の征獣ならボク等の角で十分なんだけど、征歌獣はあの銛じゃないとどうしょうもない。カラシシが征歌獣をひきつけている間にボク等は銛を放つんだ!」


 カラシシは空を舞う。巨大な征歌獣相手にすると点みたいだった。カラシシが誘導している間にきりんと颯太は街の下にある銛を発射する大砲の下に降り立つ。空を覆うような征歌獣。されどその白鯨と表現できそうな姿は恐ろしくも美しかった。発射台の前できりんは人型になり、颯太にレバーの場所を伝える。


「颯太君、あのデカブツだ! どこで撃っても突き刺さるさ! いくよ」

「うん!」


 ドシュンとそんな音が鳴った。そして征歌獣の腹部に突き刺さる。青い、透き通った青い血が流れる。征歌獣は大きな口を開けるとさらに咆哮、いや慟哭した。それは悲鳴なのだろう。

 なんとも不気味な、


 おぎゃああああああああああああ! という叫び声。巨体を揺らして銛から逃れようとしている。一本だけだと銛が持たない。


「颯太君、乗って! 次の銛を撃つよ!」

「うん」


 征歌獣はカラシシに、きりんに向かって大きな口を開けて咆哮。威嚇しているのか……何度も、何度も。カラシシが巧みな飛行で征歌獣をさらに追い込む。


 二本目、三本目と銛を撃ちこみ段々と征歌獣の身動きが鈍くなる。ここが勝鬨だと判断したカラシシが征歌獣の背後に回ろうとした時、カラシシを追うように反って顔を向けると大きく咆哮。


「ぐあぁああ!」


その衝撃にカラシシが飛ばされ地面に墜落した。その瞬間、征歌獣が開けた大きな口の中にカラシシの角が吸われ、そして……


「歌が奪われた……」


 倒れるカラシシを前にきりんがカラシシの元に駆け寄る。心配そうな顔をしているきりんに弱弱しい笑顔を見せると。


「さすがに征歌獣をたったこれだけで狩るのは無茶だったな。きりん、颯太君を連れて颯太君の世界へいけ」

「……うん。颯太君乗って」


 このまま颯太の世界にきりんが来たらきりんはもう……それに気づいた颯太は叫んだ。


「ダメだよ! それじゃあきりんが帰れないよ! あのクジラやっつけよーよ!」

「ボクの事はいいんだ」

「よくないよ!」

「あぁ、もう! ボクが帰れないの前に颯太君が帰れなくなるだろぉ! 分かれよバカぁ!」


 立ち尽くしたきりんが叫ぶ。それは諦めと、悔しさと何もかもの嫌な気持ちを纏めて吐き出したようだった。そんなきりんを見て颯太は不思議と冷静になれた。今のきりんは離婚をしてからのお母さんを困らせている自分を見ているようで……


「分かんないよ。まだきりんは飛べるじゃんか! 角を奪われても僕と一緒なら飛べるじゃんか! 諦めるなよ!」

「煩いな! 角の折れたボクと、人間の子供の颯太君の二人で何が出来るって言うんだよ! 何もできやしないよ!」


 颯太ときりんの大声のやりとりを聞いてぞろぞろと角の折れたユニコーン達が集まってくる。一体何で揉めているんだ? 人間の子供じゃないか、角を奪われ、歌を奪われぐったりとしている彼らだが、


「その人間の男の子を乗せればきりん、君は飛べるのか?」

「だからなんだよぅ!」

「見ていたんだ。私達は、あの征歌獣を狩ろうとして返り討ちに合って意気消沈していたけれど……角が折れてもまだ立ち、きりんがあれに立ち向かって……今なおその勇気が残っているなら」


 勇気が残っているなら、銛くらい飛べなくともきりんの代わりにみんなで撃つさ。

 大騒ぎをした颯太ときりんの喧嘩が他のユニコーン達の心に発破をかけた。それにとても気まずそうにきりんは颯太を見つめる。すると颯太の方から、


「きりん、ごめんなさい。きりんの気持ちも分かるよ。僕の事を考えてくれたんだよね? ありがとう。でも、僕はここにいるみんなも僕の世界も守りたいんだ! 僕はこの前までお母さんに迷惑をかけるような事ばっかり言って……だけど本当は大好きなお母さんを守りたいんだ!」


 颯太の瞳は強く、きりんは直視していると少し照れてきた。そしてきりんは颯太に手を差し出した。まだ自分は飛べる。この小さい勇者がいてくれれば、勇気は残ってるんじゃない。湧いてくるんだ!


「ボクの方こそごめんね。もう一度、ボクと飛んでくれるかい? 君はボクの角だ!」

「もちろん、相棒!」


 きりんの台詞を颯太に取られてきりんは笑う。そして再び颯太をその背に乗せると飛び上がった。次こそ征歌獣を討伐する為に、


「颯太くん、歌うよ!」


 アーアァーと征歌獣に歌を聞かせるきりん、ぐりんとこちらを見て征歌獣は大きな口をあけて咆哮した。ガァアアアアア! ガァアアアアアア! と。先程と鳴き声が違うなと颯太は思っていたけど、カラシシのようにアクロバティックにきりんは征歌獣の周りを飛び回り、地上から銛を発射させる。


「よし! 6発目、7発目も!」


 銛が刺さる度に苦しそうに慟哭する征歌獣。銛に撃たれる事より、きりんの方を見て口を開けてガァアアアア! ガァアアアアア! と何度も叫ぶ。


「ねぇ、きりん」

「なんだい颯太君? わりと精密な飛行に集中してるから手短に」

「あのクジラ、歌ってない? きりんに合わせて」

「は? そんな事あるわけないじゃないか! 征歌獣はボクらの歌を奪う為に……」

「あのクジラに向かって歌ってみてよ!」

「あぁ、もう! さっきの喧嘩した借りだかんな! すぅ」


 アーアァー! アー! 

 きりんの声が響く、するとそれに反応した征歌獣が……きりんを見て、


 ガァーアァー! アー!


 さっきよりもきりんの歌に近くなった。颯太が思うと同時にきりんも征歌獣が歌っている事に気づく。それに気が動転しそうなきりん。


「なんなんだ? なんで歌ってるんだ! こいつらはボクらが討伐する存在で……」

「友達になりたい。とか? 喋れないから歌で、でも歌えないから」

「歌を奪ったって……滅茶苦茶だな。お、おい! 征歌獣! ボクの歌が聞こえるなら大人しくしろ!」


 再びアー、アァー! ときりんが歌うと、今まで銛から抜け出そうと動いていた征歌獣の動きがぴたりと止まる。話が通じている。そこで颯太が征歌獣に、


「ねぇ、君がみんなと友達になりたい事は分かったから、みんなの角と歌を返してくれないかな? そんな事しなくても僕らは君の友達になるから」

「そんな事……」


 征歌獣は颯太の話を聞いて空に首を向けると潮吹きをするように街中に何かが降り注いだ。すると段々征歌獣の大きさが小さくなり、巨大な角が無くなっていく。それ以外の変化に気づいた事。


「きりん、きりんにも角が戻ってる!」

「ほんとかい? こいつ、ボクらと友達になりたかったのかよぅ、お騒がせな奴だなぁ」


 そんな風に和んでいた刹那。

 地上から銛が放たれた。


「きりんと人間の子供が何かをしてくれたぞ! 撃て! 8発目、9発目!」


 小さくなった征歌獣の身体を貫く巨大な銛、それにキュウゥウと小さな悲鳴を上げる征歌獣。弱々しい征歌獣に対して角と歌を取り戻し元気になったユニコーン達の勢いは凄まじい。そんなユニコーン達を制止する声が響く。


「撃つなぁあああ!」

「そうだ! みんな颯太君の言うとおり、撃つな! もうこいつは」


 颯太ときりんの様子がおかしいので、周囲のユニコーン達は動きを止める。……が、10発目の銛の発射を止める事はできなかった。それは征歌獣の胴体を貫き、ついには征歌獣はその身体を地面に落とした。

 騒ぐ颯太ときりんを前にユニコーン達が立ち止まる。脅威であった征歌獣を討伐したというのに、歓声一つ上がらないのは、二人の様子がおかしいから、

 小さくなった征歌獣の前できりんは、


「ごめん。気づいてやれなくてごめん」


 状況が掴めないユニコーン達の代表としてカラシシが二人の元にやってくると尋ねた。


「一体どうしたんだ?」

「このクジラは、みんなと友達になりたかっただけなんだ」


 颯太の言葉を聞いてカラシシは、成程と頷く。そして今にも泣きそうなきりん、そしてもはや魂が消えつつある征歌獣を見て言った。


「こいつは我々が狩るべき存在だ。共存はできない。こいつらに罪はない、がこいつらを野放しにしていれば颯太君の世界も我々も大変な事になる」

「分かってるさぁあ! でも何か方法があるだろ! カラシシなら何か」

「ないんだ」

「うわぁあああああ!」


 ついに泣き出したきりん、そんなきりんを見て征歌獣は弱弱しく口を開けて、アァと声を出した。歌ったのだろう。颯太はきりんの手を繋ぐ。そして……


「きりん、歌ってあげて」


 アァー! アアア! その音色は響く、そしてきりんは近くに落ちていた石ころを拾うと自分の角に叩きつけて……ボキりと根本からその角を折った。


「ボクの角をあげるよ。きっとボクはまた君達を狩らなきゃいけない。でも、君もボクの友達だった」


 角を目の前にした征歌獣は最期に優しい目をして目を瞑った。それは光に帰るように、きりんの角と共に消えていった。


 長い夜が終わった。


「角を折ってこれからどうするんだきりん?」

「さぁね。なるようになるさ。そんな事より颯太君を家に送るのについてきてくれるなら早くいこうよ」


 ユニコーン達の危機は去り、颯太達の世界も救った今、颯太は元の世界に帰る時がきた。颯太を背に乗せたきりん、そしてきりんが帰る為にカラシシがついてきた。どうしてもきりんが颯太を背に乗せて送りたいというのが事の顛末だ。


「見てごらん、颯太君! 雲一つない綺麗な空だ! 月が近いね? 明日はきっと天気がいいよ!」


 あのクジラが引きこ起こした大雨はもう止んだ。家まで行くとお母さんにバレてまずいので家の近くで下ろしてもらう。たった一晩、それだけなのにきりんとはずっと一緒にいたようだった。そしてお別れの時がやってきた。


「颯太君、ありがとう! 君のおかげで仲間を救えたよ」

「ううん、僕も楽しかった。でもきりん、角どうするの?」


 そう聞くとにへらと笑ったきりんは颯太の肩に手を当てる。颯太は目を瞑ると、コツンと額に感触、目を開けるとそこにはきりんのおでこ。


「ボクの角は君だよ颯太君。住む場所は違うけど、君がいる限り、ボクは飛べるさ!」


 そう言ってきりんは姿を変えるとカラシシと共に天空の穴に向かって飛び立っていき、そして穴はしばらくして閉じて無くなった。

 まだ言いたい事が一杯あったのに、きりんは出会った時から別れの時までせわしなかった。でもそれが……


「きりんらしいな」


 家に帰るとお山の神社前で自転車が見つかり、颯太の姿がいない事で捜索願を出されていた。何処にいたのか、お母さんから滅茶苦茶怒られ、あの雨を止めに行っていたなんて言ったらさらに怒られそうなので何も言わずに怒られる事にした。抱きしめてくれるお母さんを颯太も抱きしめた。

 颯太はそれからお父さんと段々会わなくなっていく。もちろん、お父さんが会いたいという時は食事にもキャッチボールにも付き合ったし、くれるというお小遣いもありがたく頂いていた。


 中学生最初の夏休みが終わってから勉強もお母さんのお手伝いもしっかりとこなすようになった颯太は時折空を見上げる。

 ふと口癖が、雨。降らないかな? という感じに変わり。少しだけ大人になった颯太は文芸部に入る事にした。もう一度、この空の先にある。あの場所で、彼女に会える事を願って、400字詰めの原稿用紙にタイトルを綴った。


“角の折れたユニコーンと夏休みの夜”

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