side SS:優介はみんなとバーベキューを楽しむ ③

 その後、ニヤケ顔でいじり倒そうとしてくるロリ先輩ひなたさんとどう見ても表情と内心が噛み合っていない様子のお嬢さま紫苑さんの追求を振り切り、僕は最後のテーブルへと足を運ぶことにする。


「ユー、遅い。早く来る」


 意図せず目が合ったその小柄な少女は、いつもと変わらず平常運転マイペースにとことこと近寄ってくる。

 上はだぼっとしたプリントもののTシャツで、下はクリーム色のフレアスカート。

 いつものコーディネートでお待ちかね音子さんのご登場だ。


「見て。このTシャツ今日のために買ってきた」


 そう言いながら彼女は自身の胸元に書いてある文字を強調するかのようにシャツを引っ張る。

 伸びた生地がほのかに強調する身体のある一部分に視線を向けることに対し罪悪感が生まれそうになるも、まぁ音子だし問題ないかと考え直す。

 そもそも頻繁に引っ付いてくる彼女のあれやこれなんてしょっちゅう接触しているわけだし。何を今更か。


「うん。いやマジでそういうのどこで買ってくるの?」

 

 と言うよりもデカデカと全身に書かれた文字が気になって仕方はない。

 『俺の焼肉はどこだ!』って、いやあなたの手元にありますが?


「商店街のいつものところ。セールで安かった。お気に入り」


 次にくるりと音子が背を向ければ、今度は背中に別の文字が書かれていた。


「『焼肉パーティなう!』――いや今日バーベキューですが」

「うん。とても良い」

「え? 何が?」


 彼女は何かに納得したらしく大層ご満悦な表情で頷いていた。

 というか基本的にファッションに興味がない僕が言うのもあれだけど、音子の着る服はおよそダサい。

 だらしないではなく、ダサい、だ。

 何を気に入っているのか意味不明な文字がプリントされた服を愛用する癖がある。

 幸か不幸かそういったファッションが音子の不思議な魅力とマッチしている時もあるが、それでも大抵はダサい。

 ただそれでいて音子の部屋に上がると普通の服なんかも見かけるものだから、一体どういうことかと聞いてみたところ首を傾げられる。

 いやこっちが聞きたいねん。

 

「ユー。疲れた」

「ん? あー、はいはい」


 裾をくいくいと引っ張る音子の意図を察し、僕は腰を落としてしゃがみ込む。

 それを見た彼女は僕の背中に回ると、慣れた様子でよじよじとよじ登り始める。あっという間に肩車の完成である。


「むふー。マイベストポジション」

「さいですか」


 やや長めのフレアスカートが首元でだいぶ捲れているのでそれとなく伸ばしておく。

 一方の音子は本当に慣れた様子で、器用に足を肩と腰に絡めることでバランスを保ち始める。

 では空いた手はどうするのかって? そんなのお箸とお皿を持つために決まっている。


「音子さん。お願いだから人の頭の上で食べこぼしとかしないでね」

「分かった。善処する」

「遵守してください」


 すでに聞こえる咀嚼音。

 マイペースここに極めりである。

 

「あなたたちは相変わらずですね。成長しないと言いますか」


 ふと、月夜に照らされた綺麗なブロンド色の髪が視界に映る。

 白のワンピースに頭には麦わら帽子を被り、それはまるでどこかのお嬢様がお忍びで市井に混ざるための変装かと思わせるような滲み出る高貴さを感じさせるその少女は、その風貌に似合わぬトングを片手に僕の前へと現れる。

 

「それはひどいよアリス。僕はわざわざ音子に合わせてあげてるだけなんだって」

「それは失礼。私だってユーに合わせてる」

「はぁ、そういうところですよ」


 やれやれと言った様子で彼女は肩をすくめて微笑を浮かべる。


「それで優介。さっきから結構な量を食事されていたみたいですけどまだお腹は空いてますか? こっちで最後にとうもろこしを焼いているところですが」


 そう言葉を口にする彼女が指を指した先で、コンロ上で数本のとうもろこしが音を立てて焼かれていた。

 少し離れたここにまで香ばしい匂いが届く。

 味付けはアリス定番のバター醤油に違いない。


「アリスっていつも最後にとうもろこしを食べるよね。食後のアイスみたいにさ」


 アリスの家とは昔から交流があり、何度か家族ぐるみでバーベキューを開催したことがある。

 そこでは姉さんや良太、それにもう一人の幼馴染である天神泰斗なども参加しており、おおよそ各々が好き放題に食材を焼きながら楽しむのが常の光景だった。

 そんな中、アリスは最後には必ずと言っていいほど人数分のとうもろこしを焼き、それをみんなに配ろうとする。

 一本を半分に切った大きさで、味付けは決まってバター醤油。


「好きだからですよ。何か不都合でも?」

「いや、別に。……ウソ。ちょっと面白いなってさ」

「……ふふっ、なんですかそれ」

 

 いつだったかなんでとうもろこしが好きなのかと聞いたところ、ひどくムスッとした表情を向けられたためそれ以来なんとなく聞いていない。

 あまり追及しなくても良い話題だと思う反面、ちょっとだけあの反応は気になるというか。

 まぁ、そのうち折を見て聞いてみればいいか。



 ******


 

「ふむ。のうこれはもう良いのではないかえ? 十分焼けていると思うのじゃが」

「ボクが分かるわけないだろ。こういうのは詳しいやつに任せるのが一番なんだから大人しくしとけって」


 気が付けばいつの間にかコンロの近くに人影が集まり始めていた。

 カルナ・メルティと姫島姫子。もっぱら食す専門のコンビである。


「いやしかしすごい香りじゃのう。わし日本料理の味付けでは醤油味というのが一番好きでな。その上さらにバターじゃと!? いったいどんな味になるんじゃろうか!」

「お前さっきめちゃくちゃ肉食ってたのにまだ食べられるのかよ。そんなちっさい身体のどこに入るってんだか」


 なんだか某ロリ先輩に向けた僕の感想とを同じことを思っている奴がいるな。

 でもたしかにメルティも結構食べるんだよなぁ。マジで身体の構造としてどうなってるんだろ。


「ユーは濃い味と薄味どっちが好き?」


 不意に頭上から問いかけの言葉が届く。

 もぐもぐ音子さんだ。


「ん? なんて?」

「料理の味付け。いつもよくとんこつラーメンを食べてる」

「あー、そうだね。どちらかといえば濃い味付けが好きかも」


 言われてみれば、そういえば僕は濃い味の方が好みなのだと自覚する。

 あまり考えたことがないけど、思い返せば調味料も醤油やソースを使うことが多いのかもしれない。

 こう言うのって普段気にしないから言われて初めて気がつくよね。

 

「なるほど。勉強になるね」

「……? 何か言った?」

「なんでも。それよりほら、そろそろとうもろこしが焼き上がるみたいだよ」

「おぉ。レッツゴー」

「はいはい」



 ******


「うーまいのじゃぁぁぁ! 焼きとうもろこし! うまいのじゃぁぁぁ!」

「めちゃめちゃはしゃぐじゃん。でもまぁたしかに美味しいわ、これ」

「それは良かった。喜んでいただけたようで何よりです」


 メルティとヒメの率直な賛辞に、アリスは微笑を浮かべながら礼を以て返事をする。

 およそ喜びの表情をのぞかせる機会が少ない彼女だが、その貴重な笑顔を今この瞬間に垣間見えることが出来る。

 前から薄々感じてはいたが、彼女はどうやら料理の腕を褒められるのが好きらしい。


「ユー。とうもろこし美味しい」


 一方の頭上のお嬢様もご満悦らしい。

 心なしかいつもより楽しい気持ちが声色に乗っているような気がする。なんやかんやと人と過ごす時間が嫌いではないのだろう。


「さぁ、どうぞ。あなたの分ですよ」

 

 楽しそうに食事をする彼女達を眺めていた僕に、アリスはお皿を片手に声をかける。

 その皿の上には湯気を立たせながらやや黒く焦げたとうもろこしが二本。

 うん。食欲をそそるいい香りだ。


「これは二本とも僕の?」

「まさか。一本は私のです」


 端をアルミホイルで包み、その部分を持ち手のようにしてアリスはとうもろこしを手渡そうと腕を伸ばす。

 近けば香ばしい香りが満たされていたはずの腹を刺激する。


「思うんだけどさ。バーベキューの締めがバター醤油のとうもろこしって……なんかまた食欲がそそられちゃうよね」

「えぇ、そうかもしれませんね。でも好きでしょ?」

「まぁね」


 受け取ったとうもろこしを口元へと運び、そのまま一気にかぶりつく。

 強い匂いに負けない濃厚な味わいが水分とともに口の中に広がり醤油とバターの風味が混ざった結果、凶悪なまでに舌を刺激する。

 

「うん。めっちゃ美味しい」

「ふふっ。あなたにそう言ってもらえるのが一番嬉しいですよ」


 アリスもまた同じようにとうもろこしへとかぶりつき、手で口元を押さえながら小さく頷く。


「うん。会心の出来ですね」


 再び見せるアリスの微笑。

 こう見ると彼女もだいぶ丸くなったものだと感慨深くなる。

 

「うむ! 本当に美味しかったのじゃ!」


 ふと気がつけばメルティが満面の笑みで僕(と音子)とアリスの隣に立っていた。

 彼女は腰に手を当て、十分満足したとばかりに声を張りあげる。


「いやー、美味しかったし楽しかったし! わしは大満足じゃて」

「えぇ、私も同じですよ」

「うん、悪くないな。あとはアイスとかあれば完璧なんだけどなぁ。ちらちら」


 続いて朱音さん、ヒメも近くに寄ってくる。

 朱音さんたちの様子を見るに食事を終えてリラックスしている様子だ。

 そんな彼女たちの後ろを覗き込んでみれば、どうやらどのテーブルも食事を終えているようでそれぞれが後片付けを始めていた。


「コンロはそのままでいいよー! 食器は縁側に並べといてくれれば私が運びまーす」

「ゴミはこっちで回収しますんで。――あ、はい。それはこっちの燃えないゴミ用の袋に」


 気がつけば姉さんと良太が率先して片付けを進めている。

 それでは僕もと足を運ぼうとすれば姉さんがにこりと笑みを浮かべながら頭を振る。


「いいのいいの! ユーくんはそのままお客さんの相手をお願いね! こっちは私たちで片付けておくから」

「ま、今日は兄貴の知り合いがメインだからな。次に俺の友達を呼んだ時は片付けを頼むぜ」


 そう言いながら、二人は運ばれた食器を洗い場へと運んでいく。

 こういう時は二人とも息ぴったしなんだよね。

 

「いい家族じゃない。あんたちゃんと大切にしなさいよ!」


 片付けを手伝ってくれていたのか、ゴミ袋を持ったひなたさんが俺の前に現れる。

 ん、とゴミ袋をこちらに突き出してくるので手に持ったお皿と食べ終えたとうもろこしの芯をその中に放り込む。

 ご馳走様でした。そんな一言をひなたさんに告げると、なによそれと彼女は笑う。


「そうれすね。……ひ、ひっく……良いご家族に恵まれるのあ……とても幸運なことれす」


 ふと声がする方へ振り向くと、縁側でサンダルを履くマシロ先生の姿が視界に入る。

 お酒が入っているためか少しふらついた足取りで、ゆっくりとこちらへと近づいてくるとひなたさんが持っているゴミ袋を受け取ろうとしてか手を伸ばす。


「ゴミはこちらで預かりまふ。――せっかく、なのれすから……ひっく……ひなたも今日くらいは……のんびりしなしゃい」

「珍しく飲んでるねー。じゃあはい、お姉ちゃん。これお願い」


 うわぁ、よくよく見ればマシロ先生の目が据わってるよ。

 普段あれだけ感情を覗かせないマシロ先生に、一体どれだけお酒を飲ませればこうなるというのか。

 そんな感想を抱きつつリビングへと目を向ければ、未だ盛り上がりを見せる大人組の前には大量の空き缶が散らばっている。

 ……なるほど、あれが悪酔いとかいうやつかな。

 そんなどこか遠い光景を不覚にもぼーっと眺めていると、不意に右腕をギュッと掴まれる。


「ね、優介。やることなくなっちゃったし――これからどうしよっか」


 彼女は絡めるように腕を回し、力強く抱きしめながらもどこか柔らかい感触を感じさせる。

 次の瞬間、物言いたげな視線が一斉に突き刺さるも僕は極めて平常心で返答する。

 

「そうですね。せっかくだしリビングで映画でも見ましょうか。こんなこともあろうかと映画を借りてきてまして」

「……ちっ。あんたもう少し可愛げを見せたほうがいいわよ」


 そんな僕の様子がつまらなかったのか、ひなたさんは舌打ちをしながらパッと腕から身体を離す。

 ちょっと寂しい気持ちになったのはきっと気のせいだろう。

 

「ユー。なんの映画借りたの?」

「新作のホラーとコメディ。二つ借りてるよ」


 ところで未だ頭上に座するお嬢。

 もうそろそろ降りてくれませんかねぇ。


「おぉ! 映画かえ! わしはなんでも良いぞ! さぁ早く見ようではないか!」

「えー? それなら誰かボクとゲームして遊ぼうぜ。――あ、優介部屋借りるから」

「お! いいじゃねぇか! 最近ゲームなんてやってねぇが相手になるぜ」

「げ、げぇむですの? 映画も興味ありますが、そのげぇむも……」

「ふふっ、どちらでも楽しそうですが――山崎くんはどうしますか?」

「俺は別にどっちでも――ん? おい西園寺、この映画ってもしかして最近出た新作か?」

「あ、これもしかして三枝さんにおすすめされた映画かな。ちょうどボクも見たかったやつだ」

「ふーん。ねぇしおりんはどうするの?」

「そうですね。お邪魔でなければ私も映画を見たいかなぁと思います」

「わ、私もまだ時間が平気だし。お、お邪魔じゃないわよね?」

「大丈夫ですよ藤堂さん。もし遅くなりそうだったら私の家に泊まりに来てください。すぐそこなので」

 

 気がつけば、みんなが周りに集まりつつ好き勝手にこの後の予定を口にしていく。

 というか部屋を貸すなんて一言も許可してないんですけど。


「ねぇ、ユー」

「ん? なに?」

「飲み物、足りるかな?」


 ようやく降りる気になったのか、よじよじと背中を降り始めるお嬢様は、人差し指を動かしながら人数を数え始める。

 そう言われてみればたしかに。用意していた飲み物はほとんど空で、何か買ってきた方がいいかもしれない。

 

「ナイス音子さん」

「えへへ。もっと褒めていい」


 差し出された頭をナデナデしつつ、僕はみんなに声をかける。

 魔法使いたちの長い夜は、もう少しだけ続いていく――。

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魔法使いの花嫁たち @ShiraYukiF

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