side SS:優介はみんなとバーベキューを楽しむ ②

「あ、こっちだよ優介くん」


 焼肉トリオから離れた僕は、声に呼ばれるままに次のテーブルへと顔を覗かせる。

 うん。ここは見た感じ特にトラブルもなさそうで安心する。

 なんともいい雰囲気でみんなが重い思いのペースでバーベキューを楽しめているようだ。

 

「どうも、紫苑さん。楽しんでもらえてますか」

「うん。今日はお招き頂いてありがとうございます」


 いつになく丁寧な言葉遣いについ吹き出しそうになってしまう。

 そうなんだよね。見た目とか雰囲気は物腰が丁寧な印象なのに、中身を知ると違和感があるというか。


「やぁ、優介。お先に頂いてるよ」

「あらためましてこんばんわ。同じくお先にご相伴に預かってます」

「こんばんは潤、藤堂さん」

 

 次に挨拶を交わすのはクラスメイトの伊南潤と藤堂絢さん。


「藤堂さんは久しぶり……と言っても一週間ぶりかな。ゴールデンウィークは満喫したの?」

「えぇ、昨日まで実家に帰省してたわ。――あ、ちょっと待ってて」


 そう言うと藤堂さんはリビングに置いてある自分の荷物の元へと向かい、鞄から包み袋を取り出すと戻ってくるなり僕に手渡す。

 包装紙には聞いたことがあるお菓子の名前が記されていた。


「はい、これはキミ宛のお土産よ。ご家族と食べてね」

「へぇ、藤堂さんの実家って結構遠いんだね。そういえば藤堂さんは寮生活だったっけ」

「えぇ、そうよ。本当はどこかで部屋を借りて一人暮らしと言うのも憧れていたんだけど、勉強に集中するってことを考えると寮生活の方が都合がいいのよ」

「なるほどね」


 藤堂さんは元々第二学年進級時に魔術学科クラスへと編入を志望していたのだけれど、とある事情からそれが叶わず現在の一般基礎学科クラスへと在籍することになった。

 側から見ても魔術学科クラスに適性があるのは一目瞭然であり、学年末最終試験で僕と音子に遭遇しなければ順当に彼女の望みは叶ったことだろう。

 進級当初は不満げな雰囲気を隠そうともしていなかったのは当然といえば当然のことだろう。

 ただ、徐々にクラスのみんなと打ち解けていくことでこうして休みの日にわざわざバーベキュー大会にまで足を運んでくれるようになった。

 彼女はとても努力家だが、一方で他者との関係性を大事にしようとする一面も見られる。

 優等生、なんて言葉がぴったりな女の子だ。

 

「にしても、このテーブルは平和だよね」

「それはそうよ。というかたかだかバーベキューで平和じゃないってどう言う状況よ……」

 

 そう。なんと言ってもこのテーブルはが良い。

 コミュニケーションに長けた紫苑さんと潤が同じ席にいることの安心感もさることながら、同じく空気を読むことに長けている藤堂さんの存在もでかい。

 なんで三人を各テーブルに配置しなかったのかとつい考え込んでしまうくらいにはとても平和なテーブルなのである。

 ――まぁ、残り一名それらを帳消しにするくらい個性的な方が同席してるわけなのだが。


「あ、優介! あんたの分も焼けたわよ! じゃんじゃん焼いてるからいっぱい食べなさいっ!」

「うん。変わらずいつも通りで安心しました」


 歯を見せながらニカっと笑いながら、彼女はお行儀悪く手に持ったトングをカチカチと鳴らしてみせる。

 小柄なボディに溢れるパワー。白雪ひなたさん。ぶっちぎりダントツのトラブルメーカーである。


「それで、ひなたさんのおすすめはなんですか?」


 とはいえ、どうやら今日の彼女は面倒見のいいお姉さんとして活躍してるらしい。

 先ほどの例もあるのでふとコンロを覗いてみれば、牛肉や豚肉を中心にしつつ玉ねぎにかぼちゃ、キャベツほかいろいろな野菜を焼きつつ、さらにはエビやホタテなど海鮮類の食材まで並べている。

 バランスよく管理されていると表現すべきか、なまじいつものひなたさんを知っている人であればあるほど意外な一面を見たものだと驚く事だろう。


「なーに言ってんのよ。このあたしが焼いてるんだからなんでも美味しいに決まってんじゃない! ほらお皿を寄越しなさい。あんたはそうねぇ――肉と野菜と肉と、あとこのエビとか良いんじゃないかしら」


 さっき肉めっちゃ食べたんだよなぁ……などとは口が裂けても言わず、素直にひなたさんのおすすめを頂戴することにする。

 こちらも同様大雑把な性格の彼女らしからぬ綺麗な盛り付けで、丁寧に料理を装ってくれた後にひなたさんはどうぞとお皿を差し出す。

 彩りも悪くない。この人案外女子力が高いんだよなぁ。

 そんな感想を抱きつつ、僕はひなたさんからお皿を受け取ると、一番目立っているエビへと手を伸ばし口に含む。


「それじゃあいただきます。――うわ、このエビ美味い……」

「でしょー! やっぱりあたしの目に狂いはなかったってわけよ!」

 

 ひなたさんは胸を張りながらニヤリと無邪気な笑顔を浮かべる。

 中学生と間違えられたこともあるその小柄な体型とも相まって、ついイベントを全力で楽しむ子供のような印象を受けてしまう。

 ただ一方で中身がちゃんと大人だったりと、他人には推し量ることのできないアンバランス差が持ち味の女性なのだとあらためて感想を抱く。

 見た目は子供、頭脳は大人。まるでどこかの某小学生のような人だ。

 

「ほら、ここにくる前にあたしとしおりんで食材を買い出ししてきたじゃない。そしたらちょうど良いタイミングタイムセールが始まってね。見てみたら美味しそうなエビが――」


 褒められたことが嬉しかったのか、ひなたさんは嬉々として説明を続ける。

 そこには聞いてもいないこと、主観や客観が入り混じった脈絡のない話が繰り広げられつつも、一方で常に話の中心には彼女の感情が居座っている。

 あれが楽しい、これが嬉しい。どれどれが良くてこれこれが嫌だ。それこそ思慮のない子供のような戯事を口にする事もあるけれど、そういうところが『白雪ひなた』という人物をよく表している。

 なんて事はない。一緒にいても飽きない人だというだけの話だ。

 

「――って、ちょっと聞いてんの優介? もー、せっかく人が説明してあげてるんだからしっかりと聞きなさいよね!」

「いやしっかりと聞いてますって。なんでしたっけ? タイムセールで主婦のおばさんと肉の取り合いになったんですよね」

「そうよ。なんだちゃんと聞いてたのね。それからえーっと……あぁもういいわ! それよりもバーベキューよバーベキュー! ほらちょうど次が焼けたからどんどんお皿に取っていきなさい!」


 まだ半分ほど料理が残っている僕のお皿に、ひなたさんはトングを用いて焼けた肉や野菜を次々に乗せていく。

 どんどんどんどんどんどんどんどん。

 

「いや、ひなたさん。さすがにちょっとお腹がいっぱいになってきたと言うか……」

「なーに言ってんのよ! 魔法使いも身体が資本なんだから、あんたなんてもっとたくさん食べた方がいいくらいよ」

「なるほど。それをひなたさんが言うんですね」

 

 僕はこの場で一二を争う小柄な体型を上から下まで眺める。

 ……いやマジでこの身体のどこにこの身体のどこにあんなパワーを宿していると言うのか甚だ疑問である。


「ちょっと! レディの身体を不躾に眺め見るなんて失礼じゃない!」

「……あの、前からずっと聞きたかったんですけど。ひなたさんってすごい食事されるじゃないですか? そのエネルギー……いやカロリーってどこに行ってるんですかね?」


 僕が抱くひなたさんの大きな謎のうち、一つはその身体の大きさに見合わぬ尋常ならざるパワーにある。

 例えば、ひなたさんは良く食べる。本当によく食べる。めっちゃ食う。

 いつだったか食卓に満漢全席を思わせる量の食事が並んだときは呆気に取られたことをよく覚えている。

 ただそれは流石のひなたさんでもすべてを腹に収めることはできなかったため、なぜか僕も食事に付き合わされたことは一生忘れようもない。

 そう。それこそ一般人男性の食事量を遊に超える量を食卓に並べるし、当然その小さな口の中に詰まることなく収めていくわけだが、その結果として体型が変化する様を見たことがない。

 そしてそれはだけではなくもまた同様である。

 

 不摂生とは言わずともひなたさんだって栄養価の偏るジャンクフードや油分の多いポテトチップスなどを口にする。何も健康面を第一に!なんて口で言うほど意識しているようには思えない。

 でも、一切その見た目に変化は見られないのだ。

 身長が伸びないってだけならまだ分かる。成長期が過ぎたのだとか理由は探せばいくらでもあるだろう。

 しかし全然太らないというのはどうなのだろうか?

 隠れてダイエットでもしている? いやそんな性格はしていない。

 もしもひなたさんがダイエットを始めようものなら、彼女の場合は絶対に一人での努力なんて続かずに……例えば僕なんかを巻き込んで特訓と称した自らのトレーニングダイエットに付き合わせようとするだろう。

 だけど幸か不幸かそんな奇行はこれっぽちも記憶にない。


 これにはきっと何か秘められた秘密があるに違いな――。


「あー、あたし昔から食べても太らない体質なのよ。お菓子とか脂っこいもの食べても平気なの」


 ……なんて身も蓋も無い。

 そんな面白みもないツッコミをつい口に出そうとした時、周囲から殺気にも似た視線が一斉に突き刺さる。

 分かっているとは思うが僕ではない。今目の前で焼いたエビに齧り付いている人に向けてである。

 

「ひなたさん。ちょっといいですか?」


 その代表としてか、隣に立っていた紫苑さんがお皿をテーブルに置くと一部の隙もない満面の笑みを浮かべながらひなたさんに歩み寄る。

 さすがのひなたさんもそんな紫苑さんから放たれる不明な威圧感に気圧された様子で珍しく口元をひくつかせる。


「う、うん? 何よしおりん。どったの? え、なに。なんでそんなに腕を引っ張るの? ――ちょ、ちょっとぉぉぉ!」


 ひなたさん――退場。

 その細い腕を掴まれると、紫苑さんによりどこかへと連れ去られていった。

 南無三。

 


 ******



「そういえば、この前の子と連絡ってしてるの? ほら、あの子。ゆうかちゃん」


 その話題が出た瞬間に、周囲で何人かがびくりと肩を震わす気配を感じ取る。

 というか、こんな開けた場でその話題を出す潤もなかなかにメンタルが強い。


「ゆうかちゃん? 誰だっけその子。うちのクラス……じゃないわよね」


 その場に居合わせた藤堂さんがお皿を片手に話に混ざる。

 そうか。たしか実家に帰省してたって話だから、藤堂さんはあの場にいなかったのか。


「えっとね、ほらこれ写真」

「ありがとう。――あら可愛らしい。なんだか文学少女って感じの子ね。……うん? でもこんな子うちの学園にいたっけ?」

「お、なんだよ俺も混ぜろって」


 顎に手をあて首を傾げる藤堂さんをよそに、話題が聞こえたのか翔也がやってくる。

 ふと先ほどのテーブルがどうなってるのかと視線を向けてみれば、山崎くんがトングを持ちながらコンロで焼いている肉をひっくり返している光景が目に映る。

 なんやかんや面倒見がいいというか、山崎くんって悪いやつじゃないんだよなぁ。

 

「で、彼女達がなんだって? 俺あれから連絡とか取ってなくってよ」

「彼女達……連絡?」

「ん? あぁそうか。藤堂は知らないのか。いや俺たちついこの前他校の女の子たちと合コンをしてな――」

「ご、合コン……!? それってあの、合コンですか!?」

「お、おう。多分それだと思うぜ」


 どれだよ。

 というか翔也も悪気はないんだろうけど何もこの場でそんなこと言わなくても――いや、どうせ結局学校の教室とかでぶちまけるのだから早いか遅いかの違いでしかないか。

 そしてここまで声が大きくなればもはや盗み聞きとかそう言うレベルではない。

 だってほら、リビングからマシロ先生が見たこともない表情でこっちを凝視してるぅぅ……!


「――まぁ一応連絡っていうか。おすすめの小説を教えてもらったりとかしてるよ」

「……この状況でいつもと変わらない声色で普通に話を進める優介も大概だと思うけどね」


 潤が何かぼそっと呟いたような気がするがよく聞き取れなかった。

 何か聞いたかと尋ねてみたが、なんでもないと返されたのでもしかしたら気のせいだったのかもしれない。

 そう、開き直った僕は強いのだ。


「そっか。結局ゴールデンウィーク中に都合も合わなかったし、あの後どうしてるのかなって気になってさ。もしかしたら今日のバーベキューで声をかけてるかなーって思ったんだけど」

「あぁ、それも考えたんだけどさ。集まるメンバーが魔法学園関係者が多いでしょ。だからアウェーな感じになっちゃうかと思ってさ。今回は特に声をかけなかったんだよ」


 この前の様子を見た感じ、こと三枝さんは人見知りするタイプに見えた。

 ただでさえ個性が強い魔法学園生たちが結構な人数集まっているこの場に招待しても、彼女はきっと心休まらないだろう。

 

「それならまた別の機会に、の方がいいかなって」

「そうだね。うん、みっちゃんも楽しみにしてたからさ。またあのメンバーで遊びに行きたいって」

「それは嬉しいね」


 あの合コンパーティで過ごした時間も悪いものではなかったし、もっと遊んでみたいという気持ちは素直に感じている。

 それに、おそらく魔法使いではない彼女たちとの関係性は今後を考えてもとても有意義で貴重なものになるだろう。

 ご縁は大事にしていきたいよね。

 

「ん? どったの? なんか騒がしい感じになってるけど」

「すみません、少し席を外してました……けど、なんだか雰囲気が……?」


 と、そこへご両人の帰還により雲行きが若干怪しくなってきたように思えるのは僕だけだろうか。

 

「あ、し、白雪さん! じ、実は西園寺くんが、ご、ご、合コンパーティにぃぃぃ!」

「……へぇ。それはそれは」

「……ふーん。そうなんですね」


 ――さて、それじゃあ残りのテーブルにも回ってみましょうかねぇ。

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