side SS:優介はみんなとバーベキューを楽しむ ①
合コンパーティとかいう波乱の幕開けイベントから始まったゴールデンウィークも残すところあと二日。
この一週間はなんやかんやと、結局はいつも通りに翔也や潤たち学友たちと共に休日を過ごしていた時間が多く、正直学園生活を過ごす日々とそれほど大差がなかったような気もするけど、それはそれでいいだろう。楽しい分には構わないというやつである。
さてそんなゴールデンウィークの残り時間について、そのうち本日は何をするのかと言えば――そう、父さんと約束していたバーベキュー大会だ。
父さんがなんとか仕事に都合をつけられたことで話が現実的なものとなり、それならば大々的にやろうじゃないかと父さんが張り切り始めたため僕も各方面に声をかけたところ、なんとも大世帯になってしまったのはご愛嬌と言ったところだろうか。
残念ながら都合が合わず不参加になっている人もいるわけだが、一方でまさかの来客も中にはいた。
ただ一言。誘ってみるものだなぁと。
と、そんな説明ばかりしていても仕方がない。
それでは予定時刻である十九時を迎えたため、バーベキュー大会が幕を開くこととしよう。
******
「それじゃあみんなグラスを持ったかな? ――よし。では学生諸君と大人たちの日頃の頑張りを労って……かんぱーいっ!」
「「「かんぱーいっ!」」」
西園寺家の大黒柱である父さんの挨拶に合わせて、僕たちはグラスを高く掲げながら乾杯の挨拶を返す。
時はゴールデンウィークの最後の土曜日夜十九時。場所は西園寺家の庭とリビング。
総勢二十名近くにも登る大人数によるバーベキュー大会はこうして始まりを告げた。
「じゃあ優介くん。あとはそっちで若い子達同士仲良く頼むよ。くれぐれも火の扱いには注意してね」
「うん。分かってる。父さんこそあんまり飲みすぎないでよ」
はは、分かってるさ。そんな返事をしながら父さんは庭からリビングへと場所を移す。
家のガラス戸を開放することでリビングと庭が吹き抜けでつながっており、庭から大人組がテーブルの上にグラスを並べながらホットプレートを準備している様子が窺える。
実は当初、父さんたちが車を出してどこか外食をしようかという意見もあったのだが、ただそれでは車の運転を控えた父さんたちがお酒を飲めないのではないかということで、結果として本日西園寺家でバーベキュー大会を開催するに至ったという背景がある。
当時はそんなこと気にしないで良いよと言ってくれてた父さんだったが、今の姿を見るに選択肢を間違っていなかったのだと思う。
グラス片手に楽しそうに笑う姿を見れたのは素直に嬉しい。
「西園寺さん」
「あ、マシロ先生」
そんなことを考えている中、背中越しの声をかけられたので振り向くとそこには見知ったクラス担任の教師の姿があった。
いつものスーツ姿とは異なり、その細身のスタイルによく似合ったニットベスト姿からはいつもの生真面目な印象とは異なるプライベートな一面が垣間見える。
口にすれば絶対に怒られると思うんだけど、どう見てもマシロ先生って若いんだよなぁ。
「……いま何か良からぬことを考えてはいませんでしたか?」
「さぁ、なんのことでしょうかね」
相も変わらず勘の鋭い人である。
「まぁ良いでしょう。それよりも本日はお招き頂きありがとうございます。――なんて、まさかこんな形であなたのご自宅に足を運ぶだなんて思ってもみませんでした」
「そういえば、結局今まで一度もうちに来たことってありませんでしたっけ。……そっか。初めてなんですね」
「えぇ……そうですね」
心なしか感慨深そうな表情で、マシロ先生は庭やリビングをゆっくりと見渡す。
とある理由から西園寺家と縁のあるマシロ先生は、実は前から西園寺家に足を運ぶべきかを迷っていたことを僕は気が付いていた。
何をそんなに迷うことがあるのかは分からなかったが、ただその背中は誰かに押されたがっていたようにも見えていた。
とはいえ別にそれが目的で今日のバーベキュー大会に誘ったわけではない。
どちらかといえば日頃の労いも兼ねてのお誘いの意味合いが大きくて、そのついでに西園寺家へと招待することになったのは副次的な結果だ。
そういうことにした方がきっと良いのだ。
「まーしろちゃん! どーしたの? ほらぁこっちで一緒に飲みましょうよぉ」
「え? ふ、文野さん。生徒たちの前でそんなベタベタと……あぁ、はい。今行きますから」
そんなマシロ先生だが、僕が知る限り頭が上がらない人物がただ一人存在している。
西園寺家の母、西園寺文野だ。
「てか母さん。なんかすでに酔っ払ってる気がするんだけど、いつからお酒を飲んでたの?」
「えー? なーにユーくん。もしかしてユーくんもお酒を飲みたいのぉ? だめだぞぉ! あと一年早いぞぉ」
うわぁ、なんかもう出来あがってるよ。
母さんはお酒に弱くていつもすぐに酔っ払うのに率先して飲み始める悪い癖がある。
お分かりいただけるだろうか? その結果がこれである。
そんな
「ほら文野さん。ボクたちは向こうで晩酌でもしましょう。この日のために楽しみにとっておいたボトルを開けるんでしょ?」
「むぅ、賢治さんはいっつも私を子供扱いするんですからぁ。でもでもぉそういうところが大好きなんですぅ」
「もちろんボクも文野さんのことが大好きですよ。――さ、マシロくんの席も用意してるから一緒に飲もうよ。今日はお互い仕事のことは忘れて、ね?」
「……えぇ、そうですね」
一体何を見せられているのか。
そう思わずにはいられない両親たちの恥ずかしい会話に、案の定マシロ先生は言葉を失っていた……かと思えばそうでもない様子。
口元に薄らと浮かべる笑みが感情を表しているようで、先の
「大人は大人でいろいろあるんじゃないかな。もしかしたらちょーっとめんどくさい事とかも、ね」
「そうそう。ってか俺的にはマシロ先生がこの場にいることに驚きなんだが」
気がつくと姉さんと良太が両隣に立っていた。
あれだけの騒ぎだ。二人が気が付かないわけもなく、ことの顛末を一緒になって眺めていたらしい。
「しっかしうちの両親は相変わらずのラブラブっぷりだな。……なんか見ててむず痒くなってくるぜ」
「良いじゃない。仲が良いことは素敵なことよ。ねぇユーくん私たちもあんなふうにずっと一緒にいましょうね! あ、良太は早く一人暮らしとか自立しなさい。応援してるゾ」
「なぁ兄貴。一体この扱いの差はなんだと思うよ……」
ひしっと腕に抱きつくながら頬擦りを始める姉さんと天を仰ぎ見ながら心の涙を流しているであろう良太。
あの両親にしてこの子あり。なんとなくそんな言葉が頭に浮かぶ。
せめて僕だけでもしっかりせねば。
「いや兄貴も大概だからな」
「え?」
なぜかジト目でこちらを見る良太に、僕は意味がわからず首を傾げて見せた。
******
「お、ほらそこの肉焼けてるぞ。さっさと食っちまえよ」
「え? ど、どれですの……これかしら?」
庭に複数用意されたコンロのうち一つに近づいてみると、そこでは張り切って肉を焼く翔也となぜかオロオロした様子の麗華さんの姿があった。
いや、もしかしたら麗華さんこういったイベントに参加するのが初めてなのかもしれないし、なんなら『バーベキュー』なんて生まれて初めての体験なのかもしれない。
なにせ去年までは
他人と触れ合わずすべてを自分の力で解決しようとしていた女の子。
そんな彼女がわざわざ休日に他人と食事を共にするなど一年前の僕が聞いたらありえない事だと否定するに違いない。
本当に、人はよく成長する生き物だ。
そして、この場にはもう一人。
「あ? ちっげえよ! こっちの肉だろアホが。よく見てみろ」
「……あー、なるほど? そういうことです、わね」
「あぁ? テメェまじか。マジで分かんネェのかよ」
「あ、あなたなんかに文句を言われる筋合いはありませんわ! ほら、御託は良いですからさっさとこのお皿に乗せてくださいな!」
「テメェそれが人にものを頼む態度かぁ!?」
すっごい。あの山崎くんと麗華さんが並んで食事してるよ。
片や金髪とサングラスに何かヤってそうな不良少年で、もう片一方もやはり金髪の世間知らずなお嬢様。
つい先日の因縁もあってかまず絡まなそうだと思った二人がまさかの共演。これには流石の僕も驚いた。
一応試しに声をかけてみたところ、行けたら行くとの返事で一度驚き、その後
しかも見てると意外と面倒見が良さそうというか、ちょっと印象が変わってくる。
「ふふっ、面白い光景ですね。こんな機会滅多に見られませんよ」
「……君は気がつくと後ろに立ってるよね。朱音さん」
背中越しに声をかけられたため振り向けば、そこにはいつものように二つのおさげ髪を胸元に流す朱音さんの姿があった。
彼女はよくワンピースを好んで着ていることが多いようだが、今日も例に漏れず黒の肩紐ワンピースを着用していた。
なお補足ではあるが、いつも出会い頭に服装を褒めて欲しいという雰囲気がとてもよく伝わってくるため一言感想を伝えるのが僕と彼女のお決まりのやり取りとなっている。
そういうところがなんだか可愛らしい人だと思う。
「あらためましてお招きいただきありがとうございます。こういった催し物にご招待いただけてとても嬉しいです」
そう言うと腰を綺麗にくの字に折りながら丁寧に挨拶を口にする。
「そんな畏まらないでよ。僕も朱音さんたちに来てもらえて嬉しいからおあいこって事で。それに父さんや母さんも楽しそうだし」
僕はリビングへと目を向けると、そこにはまだ飲み始めて間もないのに楽しげに盛り上がっている父さんと母さんの姿が見える。
普段から笑顔が絶えない優しい両親だと思っているが、今日はまた一段と楽しそうに笑っているのがなんだか微笑ましい。
「素敵なご両親ですね。先ほどご挨拶をさせて頂きましたが、お二方が心から優介くんのことを愛していらっしゃることが伝わってきました。お姉様と弟さんもしかり、全くもって羨ましい限りです」
「朱音さん……」
そう口にする彼女の様子はいつもと同じ柔らかな笑みを浮かべているのに、なんだか少し寂しそうにも見えてしまう。
ほんの少しだけ彼女の家庭の事情について聞いてはいるものの、こんな普通の光景に憧れを抱くような何かが朱音さんにはあるのかもしれない。
『魔法使い』にはどうしても悩みがつきまとうものなのだ。
「ふふっ、すみません。別にご心配いただくような事ではありません。えぇ、だっていずれは私の家族になる方々ですもの。そう考えれば将来が楽しみです」
「ごめん。ちょっと感傷に浸りかけた僕の気持ちを返して頂きたい」
口元に人差し指を当てながら、さぁこちらへと手を引く彼女の姿に先程の寂しげな色はもう見えない。
そんな彼女の様子に小さくため息をひとつ吐きながら、僕は先程のテーブルへと視線を向ける。
「だからテメェその肉はまだ生焼けだってわかんネェのかよ! テメェの目は節穴かぁ?」
「はぁ!? あなたさっきから言いたいことばかり言いますのね! じゃあどれが焼けているお肉なのかご教示くださいな!」
「だからそこの肉だって言ってんだろぉが! 色を見ろ色をよぉ!」
「…………あ、これですわね」
「ちっげぇぇぇわボケがぁぁぁぁ!!」
おぉ、暴れとる暴れとる。
しかもこれだけ二人が騒いでるのに翔也は翔也で一心不乱に肉を焼き続けているようだ。
サイコパスかな?
「あ? っておい西園寺ぃ! 良いところに来たじゃねぇか。テメェこの非常識な女をなんとかしろや」
「な、言うに事欠いてこの私を非常識ですって……! 西園寺優介! この男の失礼な発言を訂正させなさいっ!」
「お、来たな優介。どんどん肉焼いてっから食ってけよな! ハラミに牛タンにホルモン、なんでもござれだぜ!」
言い争う金髪コンビをよそにコンロいっぱいに敷き詰められた数々のお肉を見てから、僕は朱音さんと視線を合わせる。
彼女も同じようにコンロを覗き込み、きっと同じ感想を抱いたのだろう。開きかけた口からはきっと同じ言葉が出るに違いない。
――え、野菜はないの?
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