side M:story of a year ago ②

「――説明は以上です。それじゃあ何か質問はある? なければこのまま解散にします」


 木製デスクに両肘をつきながら顎を手に乗せ、やけに深刻そうな表情をしながら彼女は目の前に並ぶ下級生たちへと目を配る。

 数にして四名。下級生たちは自分たちに渡された一枚の用紙を片手に、今受けたばかりの説明を脳内で反芻してい様子が見て取れます。


「何もないようであれば……それじゃあ以上で――」

「あのー、質問があるんですけど」


 話を切り上げようとした矢先、下級生のうち一名が手をあげる。

 黒いロングヘアが背中に流れるその女子生徒は、背筋をピンと伸ばしながら綺麗な姿勢で声を上げる。

 

「うん? あぁ、なんだ皐月ちゃんか。どうぞー」


 先ほどのまでの真面目な雰囲気は何処へやら。

 どうやら気でも抜けたのか、いつもの見知った楽観的な雰囲気の彼女へと戻る。

 さぞ姿勢も窮屈だったのでしょう。椅子の背もたれに大きく踏ん反り返りながら下級生の女子生徒へと発言権を移します。


「えっと、今日呼ばれたのが来週に控えた私たち二年生のパートナーの選びの話だってことは理解しました。で、私たち『二つ名』持ちの生徒には別途特別な課題が与えられたことも認識しました。――ですが、その上で一点確認しておきたいことがあります」


 強まる言葉に比例するように用紙を持つ手に持ち方が入る。

 くしゃりと紙がひしゃげる音が聞こえる中、彼女は首を傾げながらどうぞとばかりに次の言葉を促す。


「ま、言いたいことはなんとなく分かるけどねー」

「ではお言葉に甘えて。――一体なぜ、どうして私のパートナーがユーくんじゃないんですか!?」


 次の瞬間、生徒会室に集められたほぼすべての生徒の口からため息が漏れる。

 あー、まーた始まりました。


「さぁ? そんなのあたしに聞かれても困るんだけど」


 案の定の呆れた声で、彼女は私の方へと視線を向ける。

 まぁたしかにその問いの矛先は教師である私に向けられるべきなのでしょうが、どうしたって彼女が納得する答えを持ち合わせていないのは知っているでしょう。

 それでも回答よろしく。そんな意図を言外に受け取りながら、内心でため息を吐きつつも私は定型分のようにいつもの言葉を口にする。


「西園寺さん。残念ですがその質問にはお答えできません」


 その回答に案の定彼女は食ってかかる。


「まーたそれですか? そもそもどうやってパートナーって決めてるんですか?」

「お答えできません」

「選出理由は?」

「お答えできません」

「誰に聞けば分かるんですか?」

「お答えできません」


 その後も矢継ぎ早に繰り出される質問の全てに同じ回答を繰り返しながら、私は心の中でうんざりとした気持ちを抱えながらも決して表情には出さないようにとぐっと堪える。

 彼女の気持ちがわかる……かどうかは自信がないものの、ある一点のみに共感できる部分が確かに存在しているからである。


「まぁまぁ皐月ちゃん。それくらいにしておいてさ! もう決まっちゃったもんはしょうがないって」


 そんな彼女を宥めるべく鶴の一声が部屋に響き渡る。

 誰が話を振ったと思ってるんでしょうかねぇ。

 そんな無責任な話を切り出す彼女の姿に冷たい視線を送ると、それに気がついてか舌を出しながら両の手を合わせて謝罪の意思を伝えてくる。

 ……はぁ、もう好きにして下さい。


「で、繰り返すけどこれはもう決まったことなの。皐月ちゃんのパートナーはその子で、『ユーくん』は別の女子生徒のパートナーになったの」

「あ……あぁ……の、脳が破壊されるぅぅぅ! ユーくぅぅぅん!」


 突如として頭を抱えながら身を捩らせる女子生徒の姿痴態に誰もが言葉を失い眺めることしか出来ない中、彼女は席を立ち上がるとその背中からギュッと身体を包み込むように優しく抱きしめる。

 そしてそのまま耳元で一言。

 

「ちなみにその女とはあたしのことよ」

「あぁぁぁぁぁっ! ユーくぅぅぅぅん!」

 

 ……はぁ。とりあえずもう今日のところは解散とさせて下さい。


 

 ******



 とはいえ、先ほどの話で私も少し気になっていることはあります。

 第二学年生四名に提示された人選についてですが、私が事前に予想していた顔ぶれとはやや異なっていた点について、どうしてもその理由に辿り着けません。

 

 まず初めに振り返るとして、第二学年生の『二つ名』持ちとパートナーになれるだけの素質を秘めているとに認められた時点で、その生徒たちが現段階で最も『二つ名』に近い存在だと言い表すことが出来ます。

 佐倉朱音、そしてカルナ・メルティ。

 今回その名前が選ばれた彼女たち二名は、紛れもなく本物であり今後の学園を大きく担うことになる逸材であることはもとより疑いようがありません。

 

 また当然、その他にも候補者は存在します。

 姫島姫子。松永音子。私が請け負うクラスだけで見たとして、彼女たちもまた選ばれていてもおかしくはなかったでしょう。

 今年の第二学年生はとある理由から『二つ名』持ちが例年と比べても少ないため枠が狭まったせいもありますが、もし毎年の通りに最大人数の六名の枠が空いていれば、少なくともどちらか一名はその名を連ねていたに違いありません。

 幸か不幸かそれだけ現代一学年生は優秀な生徒が多いのです。


 ただ、その中にいて必ず選ばれると思っていた生徒の名前がなかったことに私は驚きを隠せませんでした。


  西園寺優介。先ほど暴れ回っていた片割れ――西園寺皐月副生徒会長の弟で、一年A組のクラス代表を務める男子生徒。

 魔法使いとしての素質だけ見ても頭ひとつ抜けているように感じる彼が、次期二つ名の候補者として選ばれなかった。そのことが私の中で腑におちない違和感として心に残っていました。


 どのように、誰が、何をもって――。

 先ほども西園寺皐月さんに告げましたが、そのは私はおろか教員の誰もが知り得ません。


「……そんなこと、私が知りたいくらいですよ」


 つい秘めた愚痴を口にして呟いてしまう。

 それとなくあたりを見渡し、人影がないことを確認すると内心安堵する。

 教師にあるまじきその一言は、誰に聞かれるでもなく再び私の心の中へと仕舞い込むことにする。

 ほんと、この世界は理不尽なことばかりです。



 ******


 

 毎年のことですが、パートナーを組んだばかりの頃に行われる学年合同授業は一年間で一番騒がしい時期だと思います。

 ただ私にも覚えがあると言いますか、ちょっとした特別感と言いますか教員を介さない学生同士での授業ということもありはしゃぎたくなる気持ちは理解ができます。

 それに相手はおよそのペアは異性だったりするわけで、そうなると自然と気合の入り方も違ってくるというもの。

 まぁこの魔法学園は一線さえ越えさえしなければ異性交友には寛容なため、教師である私が何かを咎めることもありません。今はちょっとした息抜きみたいのように好きな時間を過ごせば良いでしょう。

 そんなことを考えながら、それでも教師の仕事として校内を見て歩きながら危険なことがないかなど確認進めていた矢先、その光景が突如として目の前に飛び込んできました。


「よーく受け止めたじゃないのっ! でもこれなら――どっせーいっ!!」


 ――ズドーンッッ

 

「うぉっ! あ、あっぶな! ちょっ! それは流石に洒落になってないですって!」

「ひ、ひなたさんっ! 西園寺くんが怪我しちゃいますよっ」

「んあ? なーに言ってんのよ! この程度ちゃんと魔法で防げるわ。ほら、それよりもあんたボサボサしてると――ぶっ潰れろぉぉぉぉ!!」

「めちゃくちゃだぁぁぁぁ!!」


 ――ズドーンッッ

 

 ――ズドドーンッッ

 

 ……あー、お願いだから問題を起こさないでくださいよ。

 事情はよくわかりませんが、おそらく悲鳴をあげている男子生徒に非はないような気がします。

 だってほら、止めようとしている女子生徒が私の存在に気がついたと途端に涙目で駆け寄ってくるじゃありませんかぁ。


「ま、マシロ先生! ひなたさんを止めて下さいぃぃぃ」

「あはははっ! ほらほらほらほらっ!」

「くっそ、そっちがその気なら僕だって――」


 ――ズドーンッッ


 それからどうにかして現役魔法学園最強の魔法使いをなんとかして抑え込み、ついでにお説教するべく指導室まで連行したのは言うまでもないことでしょうか。

 あー、ほんと今日もいい天気ですね。



 ******



「ほら優介! そんなんじゃあたしには勝てないわよ! もっと早く対応しなきゃ!」

「……っく! これでも十分、やってるつもりなんです、がっ!」


 ふわぁぁぁ。

 陽気な天気についあくびの一つでも出そうになってしまいます。

 私は眠気を取るためにと腰の横に置いてあるコーヒー缶に手を伸ばし口に含む。


 ――ズドーンッッ

 

 はぁ、今日も平和ですね。


「あ、あの。マシロ先生から見て西園寺くんとひなたさんの勝負は止めなくても平気なものなのでしょうか」


 ふと隣に座る女子生徒から声をかけられる。

 人目をひくキャラメルブロンドの髪色が特徴的な女子生徒。名前は星宮紫苑。

 第二学年生の生徒で今まさに絶賛殴り合い中の彼のパートナーで、しかしたしかこの子は――。


「マシロ先生?」

「……いえ、すみません。そうですね。あれくらいであれば別に構いませんよ」


 ――ズドーンッ


 まぁたしかにやってることや音は派手ですが、よくよく見ればそれほど問題はないでしょう。

 最初見た頃と比べても幾分要領を掴めたのか、二人の『勝負』は多少目を瞑っても危険はないと結論づける。

 それにおそらく、あれがあの二人のコミュニケーションの一種なのかとも感じられます。


「うぉらぁぁぁ消え去れぇぇぇぇ!」


 ――ズドドドーンッッ


「あ、あのぉ、ほんっとーに大丈夫なんですよねぇ!?」

「……えぇ大丈夫ですよ」


 あー、コーヒーが身体に染み渡ります。



 ******

 


 私は都合上、彼女――白雪ひなた生徒会長と行動を共にする機会がある。

 思慮深い、とはお世辞にも言えない性格でよく周囲の人を何かしらのトラブルに巻き込むなど見ようによっては傍迷惑な彼女だが、その一方でカリスマとも呼ぶべきか周囲の人間には思いの外慕われている。

 長い黒い髪をツインテールにしているせいか、その小柄な体型と相まって高校三年生になっても中学生に間違えられることがあるなど嬉しくもない逸話を見せる彼女だが、その存在感は誰の目にも止まるほどに大きく見るものの目を掴んで離さない。そんな魅力が白雪ひなたという人間には備わっていた。


「ねぇマシロ先生聞いてよ。あいつがまーたあたしに口答えしてきてさ。こっちの方が年上だってのに全然いうことを聞きやしないの。ほんっと困っちゃうわ」


 そして、私が見るに彼女の様子がここ一か月の間で間違いなく変化を遂げていた。

 

「あなたは最近ずっと彼の話ばかりしますね」

「そうかしら? きっと気のせいね」


 あくまで私から見た印象ですが、これまで白雪ひなたという人物には本当の意味で近しい人物は存在しませんでした。

 強いてあげれば彼女のパートナーである星宮紫苑さんが該当しそうなものですが、それでも私には一定の距離が開いているように見えました。

 ですが、その空席にはいま一人の年下の男の子の存在が収まりつつある。

 一つ年下の天才ではなく、その天才の弟を最強の称号を冠する彼女が認め始めている。

 そんな私しか気がついていない事実が、こんなにも心を震わせる。


『マシロ先生から見て西園寺くんとひなたさんの勝負は止めなくても平気なものなのでしょうか』


 えぇ、星宮さん。止める必要なんてありません。

 ここ最近胸に刺さっていた棘がようやく抜けました。

 なぜ西園寺優介の名前が次期二つ名の候補者として選出されなかったのか。

 その答えが今ここにあるのです。

 

 西園寺優介本物白雪ひなた本物

 この二人の出会いは必然だったのでしょう。

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