原画展までの風景 🖼️
上月くるを
原画展までの風景 🖼️
東側の窓から射しこむ朝日の粒子に、パソコンデスクが満遍なく覆われている。
カーテンを半分だけ閉めカクヨムルーティンを終えたのは、それから二時間後。
これから久しぶりに高速道路を運転して、ほんのすこしだけの遠出をするつもり。
わずか数十分のことなのに早くも緊張気味なのが、フリーランスの情けない近況。
複数県をまたぐ日帰り出張を繰り返していた時代からすれば嘘みたいな弱気だが、仕方ないよね、何年ぶりかだし、かくじつに歳を加えているんだし……自分を説得。
🏙️
そうなの、とくべつやさしくしてくれなくていいんだよね、それまでどおりで。
手の裏を返すのはもってのほかだけど、探るような視線? あれは屈辱だよね。
わたしなんかあのとき「いまはどこに住んでいらっしゃるの?」と訊かれたよ。
持ち家を手放して行き場がないという答えを期待したんだね、残念な人だよね。
いいときは煩いほど来たくせに、一朝事が起こると蜘蛛の子を散らすよう……。
ああいう場面でこそ本来の人間性が露わになるよね、それはもう無惨なほどに。
そんなときのあなたのひと言「堂々と胸を張って」にどれだけ救われたことか。
だって、一所懸命の結果なんですもの、時代の波に抗せなかったというだけで。
そのうえ、大切な原稿を託してくださったんだよね、いつの日か絵を、と。💧
あのころは、遠からずうちの社も同じ状況になると思っていなかったから。🙇
🎨
はるか数十年前にさかのぼる出会いは、お得意さまと取引先の経営者同士だった。
八歳ちがいの先輩が先に閉業の悪夢におそわれ、何年か遅れてモモコさんも……。
むろん、ふたりともリングの底であえぎ、満身創痍のダウン状態だったが、生来のポジティブシンキングでみごとに立ち直った先輩は趣味の美術活動を本格化させた。
努力を重ねて絵の才を伸ばし、自力で多彩な道を開拓し、各種美術展に入賞する。
その結実が血の繋がらない家族の情愛を描いた拙稿による反戦絵本の出版だった。
ウクライナ侵攻も重なって反響を呼び、昨夏につづいて原画展が開催されている。
本来なら初日に行くべきところだが、隠遁の身、二日目に、そっと忍びで。(笑)
🍃
案じたほどのことはなく、高速に乗った瞬間から五感の記憶にスイッチが入った。
快調にとばす眼前に、明度や深度の異なる新緑が、やわらかな量感で迫って来る。
人と車が一体化した安定走行を保持し、走行車線と追越車線の出入りもスムーズ、これならすぐに現役にカムバックしても大丈夫じゃない? 久びさに自信復活!! 🦦
そして、現地へ着いてみれば、駅近の一等地を占める高層ビル内のギャラリーは、絵と文のコラボが物語へと誘うように工夫されていて、さすがはプロの仕事と感嘆。
古い歴史をもつ建物だけに広い庭園には丈高い樹木が多く、花水木、ライラック、花桃、木蓮、花海棠などやさしい色彩の花ばなが、先輩の航跡を讃えてくれている。
原画展までの風景 🖼️ 上月くるを @kurutan
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