第3話
目を開いた途端、ぐわんっと世界が湾曲する。そのまま、世界は回転を始め、コーヒーカップかメリーゴーランドにでも乗っているような気分にさせられた。今自分が何処に居るのかさえ把握する暇を与えられず、世界は揺れ続ける。質の悪い酒を血管に流し込まれた様な感覚にも似ている。俺は、殺虫剤をかけられたゴキブリの様にのたうち回り、どこからか転がり落ちたようで、全身が打ち付けられた痛みを訴えた。
それでも、俺はなんとかこの状況から脱しようと藻掻き苦しむ。頭が痛い。酔ったまま映画を無理矢理見せられている、内容の分からない映像が頭に流し込まれる不快感が俺を襲う。早く解放されたくて、目を何度も開いては閉じるが愛してやまなない暗闇は訪れず、チープなB級映画にも劣る映像が延々と流れ続けていた。いつから、俺の目蓋の裏側はシアターになったのかと考えたが、なんてことはない。俺の見ている映像は、目の前にあるのではなく、脳に直接流し込まれているのだ。
どうやら、これが女神の言っていた存在を捩じ込むという事らしい。
つまり、この意味不明な映像はこの世界の俺の過去だ。女神が勝手に作ったクソ映画である。在り来りで、面白味もなく、ドラマ化したら絶対コケるような物語であった。実に、二十八年分の映像である。それが、何倍速にもなりながら脳に叩き込まれているのだ。そりゃあ、不快感を覚えるし、吐きそうにもなる。
俺は、知らない筈の部屋の床で泳ぐ様に手足を叩きつけながら這い進み、トイレへと辿り着く。そして、湧き上がる嘔吐感に従って、胃液をトイレの中へと吐き出した。トイレは、見慣れた水洗ではなく、穴の奥に何かが蠢いている。それが、スライムであるというのは、どうでもいい情報であった。
もう、吐けるものが無くなっても嘔吐き続けて、口元を拭う余裕もないままトイレで過ごし、二十八年分の異世界での記憶を得てから暫くして、漸く世界は正常さを取り戻した。歪まず回らず動き回らない世界のなんと素晴らしいことか!俺は、口の中に溜まった酸味の強い唾液を吐き出し、口を濯ごうと立ち上がった。
俺の居る国は、セリノリソス国というらしい。白く滑らかな石壁の建物が美しい国らしく、回復魔法や浄化魔法といった治癒者が生まれやすい場所なんだとか。その理由は、女神の愛した国だからとか、聖女の血を継ぐ者が多いからだとか言われているらしいが、定かではない。
そもそも、この世界の人間はステータスというものが見えないのだ。俺も試してみたが、あの時には使えたステータスオープンは使えなくなっていた。あの、ステータスオープンというのは、例の白い空間、神域でしか使えないものであるらしい。なので、神の加護など見えない。故に、誰が本当の聖女なのか、誰にも分からないのだ。だから、聖女の血を継ぐといっても、誰もそれを証明できないのだという。
と、いうことはだ。俺が聖女だということも誰にも分からないのだ。
俺がいくら「自分は聖女だ!」といったところで、妄言にしか聞こえないのである。
え、どうすんの?
俺が聖女で、あの子が勇者で 耕平 @ueki2929
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