秘密の挨拶
里予木一
秘密の挨拶
わたしは、生まれたときから目が悪くて、耳も良く聞こえない。先生からは色々教えてもらったが、ほとんどのことは上手にできなかった。同世代の子たちは色々なことができるのに、わたしにできることはたった一つ。だから先生は、それを一生懸命やりなさい、と教えてくれた。
それは、挨拶。私は目も耳も悪いから、きちんと相手に届くように何度も何度も練習した。先生に教わりながら、何度も、何度も。
でもこれは秘密の挨拶だから誰にでもやってはいけないよ、と言われた。先生が連れてきた人だけにしてね、とも。
実戦で練習したほうが良いと、先生は相手をたくさん連れてきてくれた。緊張したけれど、うまくできたと思う。だって――。
みんな、赤いモノをまき散らして、動かなくなったから。
いつからか、練習相手は同世代の子たちに変わった。相手も私と同じ秘密の挨拶をするけれど、私のほうがじょうずだった。
でも、相手の一人が、気になることを言っていた。
「――ばけもの」
化け物が何かは知っている。でもなぜ私にそんな言葉を投げかけるのだろう。挨拶は、仲良くなるために必要なんじゃなかっただろうか。
――そういえば、今まで挨拶をした人と、二度と会うことはなかった。なぜだろう。みんな一体、どこに行ってしまったんだろう。
そんな疑問を抱きながら、今日も挨拶の練習の時間だ。同世代の、少女。私よりはずいぶん大きい。疑問はあるが、今まで通り――右手にある、きらきらしたものを、相手の左胸に突き刺す。それで、終わり。
ずぶり、と、突き刺さり、血が噴き出した。ただ、刺さった場所がいつもと違う。腕だ。急に動くから、うまく刺さらなかったみたいだ。慌てて引き抜いて、きちんと挨拶をしようとするが――間に合わず、相手のきらきらが、私の左胸に、突き立った。
――あぁ、いたい。いたい。なんで、こんなの、しらない。
今やっとわかった。いや、本当はずっと前から分かってた。これは秘密の挨拶なんかじゃない。だって、こんなにも痛くて、苦しくて、つらい。
みんな、苦しそうにしていた。声を上げていた。目と耳が悪いから、見えない、聞こえないふりをしていたんだ。
――ごめんなさい。
そう呟いて、私を刺した少女を見上げた。表情までは分からないけど、きっと苦しそうな顔をしている。そのまま倒れそうになる私を、そっと支えてくれた。この人は、きっとやさしい人。だから。
「私に、本当の挨拶を、教えてくれますか……?」
問いかけて、目を閉じる。少し疲れた。起きたらきっと、やさしい彼女は、私にきっと、教えてくれる。そう信じて――。
◇◇◇
「――悪趣味ですね」
少女は、動かなくなった女の子を連れてきた相手に向け、呟く。
「趣味ではない。この子は残念ながら実験の失敗作でね。人間として、欠けているものが多すぎた。そのくせ異常な運動能力を有していたから――選別にぴったりだったんだ」
「こんな、何も知らない女の子に……秘密の挨拶だなんて嘘をついて…‥」
「彼女は純粋だったからね。そうしないと心が壊れてしまう。いや、よく働いてくれたよ。そして君も、よく殺した」
少女は唇をかんで、部屋を後にする。刺された左腕が痛い。早く治療しなければ。
「――ごめんね。でも私も死ぬわけにはいかないんです」
泣きそうになりながら、前を向く。
「あなたの分まで、必ず、幸せになります」
少女は決意する。たとえ何が起ころうとも、笑顔で過ごす日々を手に入れようと。
――それは、とある秘密の実験施設。三十九番目に造られた少女の、覚悟の話。
秘密の挨拶 里予木一 @shitosama
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