第6話 魔法の鏡

『これで伯爵家の呪縛から解き放たれたわね。婚約破棄してあげる』



「……ゼルマは、私のエレノアへの気持ちに薄々気付いていたんだろう」

「そうなんだ。お姉様とユランの間でそんなことがあったのね」

「ゼルマは元々、政略結婚には辟易していた。外国で学びたいことがたくさんあったようだ。今は隣国で充実した日々を送っていると手紙に書いてあったよ」

「ふうん……そうなんだ」



 何だか狐につままれたような気持ちになって、私は眉をしかめる。


 つまり、だ。

 ユランとお姉様は初めから愛し合う仲ではなかったのだ。クルーガ伯爵家に実子が生まれたことをきっかけに、お互いにすっきりと婚約解消となった。

 それでユランは私と結婚することになったのに、今度は私が結婚を望んでいないのではと心配になったのだろう。

 それでわざわざあんな胡散臭い魔法の鏡を買って、恋愛相談を持ち掛けた……というわけだ。

 

 いくら「鏡よ鏡」なんて問いかけても、うんともすんとも言わない偽物を掴まされるなんて。案外ユランも兄のアンゼルムに似ているところがあるんじゃないだろうか。



「これは前途多難ね。ジークリッド領の財政を立て直すのに、ユラン一人では無理だと思う」

「エレノア?」

「私が魔法の鏡になりすましていたことだって、気付いてなかったじゃない。何だかユランって、意外と頼りなくて放っておけないタイプなのね。私で良ければ協力するわ」

「それでは、君は私と共に……」

「私だってユランが嫌じゃなければ、結婚するのは別に……全然大丈夫だし」

「エレノア! ありがとう。一生をかけて君を大切にする」



 ユランの笑顔を見たのなんて、それこそいつのことだっただろう。

 私がこんなに髪を飾り立てていなかったら、そのまま押し倒されたんじゃなかろうかという程に、ユランは力いっぱい私を抱き締めた。


 それから私たちは何となく式場に向かい、何となく永遠の愛を誓い、そして神の前で夫婦となった。幼馴染同士だからお互いのことは知り尽くしているし、息もぴったり。全てが滞りなく、穏やかに終わった。


 幼馴染との結婚なんて、こんなものなのかもしれない。

 情熱的で甘い愛の言葉なんてなくたって、ユランの側にいれば心穏やかに暮らせる気がする。彼は私のことを昔から想ってくれていたようだし、私だって本当のことを言えばユランのことがずっと好きだった。


 悔しいから、彼には言わないけど。



 結婚式から数か月後、馬車で商談に出かけるユランを屋敷の外まで見送りに出た朝、私はふと思い出してユランに尋ねた。



「ねえ、ユラン。そう言えばあの魔法の鏡はどこで買ったの? あんな偽物を売りつける商人なんてロクな人じゃないわよ」

「ああ……あの鏡のことか。あれは魔法の鏡なんかじゃない。ごく普通の壁掛け用の鏡だよ」

「え? どういうこと……?」



 ユランは私の顔を見下ろして、イタズラっ子のようにニヤリと笑う。

 そしてそのまま馬車に乗り込み、私に向かって手を振った。



「何? まさか、ユラン! 待ってよ!」



 私の言葉を無視して、馬車はさっさと屋敷を離れていく。


 どういうことだろう。あの鏡は魔法の鏡じゃなかった。

 つまりユランはあの日、あえて私に聞こえるように何の変哲もない普通の鏡に話しかけていたと言うこと? それが魔法の鏡であると、私に思い込ませようとして?



「ええっ?! ちょっと待ってよ!」



 一体どこまでが本当で、どこからが彼の小芝居だったんだろう。

 わざと壁に穴を開けて私に魔法の鏡のフリをさせ、私の本心を聞き出そうとしたのだろうか。


 もしそうならば、私はまんまと彼の策にハマってしまったことになる。

 ユランのことを頼りなくて放っておけない人だと思ったのに、むしろ私の方が彼の手のひらで転がされていただけだった。


 意外と腹黒だった、私の大切な旦那様。

 ユランと私の結婚生活は、私が想像していたよりもずっとずっと、波乱万丈なのかもしれない。



(おわり)

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