第5話 姉と婚約者

「ユランがずっと、誰よりも努力してきたのを私は知ってる。体を強くしようと鍛えていたし、お勉強だって必死でこなしてたわよね。養子に出されて酷い目にあったくせに、お兄様の領地経営を助けられないかって頭を悩ませたこともあった。貴方はそんな優しい人だから、今度こそ絶対に幸せにならないと駄目なのよ」

「私が幸せになったら、君が不幸になる」

「……ユラン、何を言ってるの?」



 いつの間にか私のヴェールを上げて、ユランは私の目を真っすぐに見ていた。八年前に出会ってから、こんなにしっかりと目が合ったのは初めてかもしれない。いつもユランは無表情で、私と目があうとすぐに逸らしていたから。



「好いてもいない相手と共に過ごすと体を壊すと言ったのは、魔法の鏡を装った君だ」

「それは! せっかく虚弱体質を克服したユランが、私と一緒にいたら辛いだろうと思って言ったのよ」

「私は君と一緒にいたいと思っている。心から」



 目が点になるというのは、今のこの状況のことを言うのだろう。

 ユランはゼルマお姉様とずっと婚約していて、お姉様のことを愛していたのでは?


 お姉様の姿が私の頭の中をぐるぐると回る。しかし、ユランの真っすぐな視線には一切の迷いがなかった。

 初めてこんなに間近で見る深いグリーンの瞳は、まるで私を包み込むような優しさに満ちている。



「ユラン、まさかとは思うけど……もしやお姉様ではなく私に乗り換えたってこと?」

「乗り換えたとはまた酷い言い方だな。私は初めからずっと、ゼルマではなくエレノアのことを想っていたよ」



 ユランは悲しいのか嬉しいのかよく分からない微妙な表情で、片方の口元を上げた。

 姉から私に気持ちが移ったのではなく、幼い頃から私のことが好きだったというのか。私はユランの言葉をにわかに理解できず、目を瞬いた。



「……それは、気が付かなかった」

「もし君が私の気持ちに気付いたとしたら、私を今よりももっと遠ざけただろうね。私は君の姉の婚約者だったのだから」



 確かに、もしユランが想いを寄せてくれていたことに私が気付いたならば、きっとユランとは顔を合わせないようにしただろう。ユランはそれが嫌で、わざと私に興味がなさそうなフリをして冷たく接していたのかもしれない。


 私の知らないところで、ずっとユランは私の立場も気持ちも尊重してくれていたんだ。



「ねえ、他に私の知らないことはない? もう本当のことを全部言ってくれた?」

「ああ……あとは、ゼルマのこともそうかな。君はゼルマの本当の気持ちを知らないままだろう」

「お姉様の本当の気持ち?」



 ユランはクルーガ伯爵家に養子として迎えられ、後継として育てられていた。幼い頃に兄に追い出されたユランは養父母である伯爵夫妻に逆らえる立場ではなかった。伯爵夫妻の命じる通り、ゼルマお姉様と政略結婚するつもりでいた。


 クルーガ伯爵家に弟が生まれ、ゼルマお姉様がお祝いに訪れた日のこと。

 お姉様は迎えに出て来たユランに一言、こう言ったそうだ。


『これで伯爵家の呪縛から解き放たれたわね。婚約破棄してあげる』


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