第1話.妖精と人間の身分社会①
「姫様、フェリシア様」
声をかけながら扉をノックする侍女の背には薄絹のようにさらりとした2枚の羽が、廊下の窓からさしこむ朝日を浴びて艶めいていた。
「開けますよ」
部屋には誰の姿もなく、窓から入ってくる風にカーテンがはためいているだけだ。
「全く姫様は……、今度はどこに行かれたのかしら」
王宮の庭園をあるく妖精の姿があった。
薄い金髪に淡いピンク色の瞳と羽を持った彼女の名は、
フェリシア·グレイス·シーファフィア。
この王国、シーファフィアの王女である。
「そろそろ戻った方がいいかしらね。ガーナが心配するわ」
木の枝にとまっていた鳥が飛び立つのを見送りつつフェリシアは自分の部屋に戻った。
「姫様、朝外に出るのならせめて使用人の誰かに声をかけてからにして頂けると助かるのですが……」
フェリシアの髪をとかしながらガーナが言った。
ガーナは鮮明な赤い色の髪と羽のフェリシア付きの侍女である。
「朝部屋にいないとどこにいるのか心配になるので」
「……気をつけるわ」
コンコンッ
扉がノックされると1人の侍女が顔を出した。
「姫様、朝食の用意ができました」
「おはよう、フェル」
「おはようございます、お父様」
フェリシアは国王である父のドナルドに挨拶をすると席に着き、ドナルドが手をつけてから自分も食事を始めた。
「陛下、本日ですが――」
朝食が終わりドナルドが席を立つとマンチェスター公爵が声をかけた。
「執務室での書類整理の後ですが、財務大臣を交えて会議をすることになりました。地方貴族より財政について打診があるそうです」
「ケイトの地方政策の件か」
「はい、それに伴って王妃様の帰城日程について変更が――」
ドナルドは物の流通を良くするために地方に目を向けている。そして、何か行う時は少なからず問題が発生するため、今もその対応に追われている。
「――する方針でいこう」
「承知しました」
2人が仕事の話をしながら執務に向かうのを見届けるとフェリシアも席を立った。
フェリシアの後ろをガーナが歩く。
「姫様、本日はどのように?」
「午後から町へ出ようと考えているわ」
「承知しました」
「午前中は貴族の歴史の授業ね」
「——そのため、伯爵家は妖精貴族の中では唯一人間の感心がある家門なのです」
そこで、ダレル先生はふう、と息を吐いた。
同時にそれまでぴんと張っていた灰青の羽から力が抜けたのがわかる。
「さて、区切りもいいですし本日の授業はここまでにしましょう」
パタンと音を立てながら本を閉じると、ダレル先生はにっこりと微笑んだ。
「次回は地方貴族についてですので、地方の気候、特産品について予習しておいて頂けるとよろしいかと」
「はい、わかりました」
ダレル先生は、フェリシアの帝王学と座学の先生だ。ストイックな性格の妖精で授業には手を抜かない。片眼鏡の奥で細められる濃い灰色の瞳は今日も、理知的でいつも優しい色をしている。
「フェリシア様、この後はどうされるおつもりで?」
「城下町の視察へ行く予定です」
「そうですか……、さすがフェリシア様ですね。城に籠もらず国そのものに目を向けるというのは良い行動だと思います」
ダレル先生は笑顔で応えた後、少し考えると再び口を開いた。
「わかっているとは思いますが、大通りを外れた所――路地裏や町外れではお気をつけ下さい」
「……先日の人間の奴隷商人に関係することかしら?」
「はい」
その声は緊張したもので、自然と羽がぴんと張る。
「奴隷制度は違法です。ですが、人間だからいいのだと簡単に手をつける人がいますからね。今回の奴隷商人も悪びれた様子が全くなかったと聞き及んでいます」
それを聞いてフェリシアは深く息を吐き出した。
-同じ場所に生きている仲間なのに……
この国には妖精と人間という、似て非なる者が存在する。
光と幸福のロマネスク 秋桜ミオ @monshirotyo2
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