第2話 あの日見た花のなまっ『言わせねぇよ!?』



「ずぴぃーっ!!」

 書斎にてティッシュで鼻をかんではそのティッシュをゴミ箱に投げて外し結果床を鼻をかんだティッシュまみれにするという優雅な遊びをレナがしていると、いつも通り不法侵入者がいつの間に家に入ってきて書斎のドアを開けて言った。

「花見行こうぜー」

 もう不法侵入は目を瞑るから部屋に入る前にノックするってことくらい覚えてくれないかな、とレナの中では大分もう金髪バカへのハードルが下がっているので、もうマシンガントークのように罵詈雑言を飛ばしたりはしないが(水にマシンガンということわざを独自で作った)、それとは別の理由でレナはマンタの顔を見て固まり、

「ふぇっ」

「『ふぇっ』?」

「ぶぅぇーっくしょん!!」

「すっごい汚いっ!!」

 金髪バカの顔面にくしゃみをぶっかけたレナは鼻がムズムズするので鼻をかもうかと思ったが、近くにあるティッシュ箱は空になっていた。致し方ないので、

「ずぴぃーっ!!」

「何してんのっ!? 何してんのっ!? 何してんのっ!? この服高いんだぞっ!?」

「高価な服を身に着けて外見を着飾るくらいなら、内面を少しでも磨き給えよ」

「人の服で鼻かむ奴に内面云々言われたくないわっ!!」

 おニューの服にびっしり鼻水を付けられて悲しむマンタ。一方、鼻をかんで一時的にスッキリしたレナは、

「で、何だっけ? ああ、世界中の花を枯らせようという話だったな。よし、やろうじゃないか」

「違うっ! 一言もそんなことは言っていないっ! むしろ真逆を言ってたわっ!!」

「敵情視察に行こうって話じゃないのかい?」

「違うわっ! 花を愛でに行こうって話だわっ!!」

「花を愛でるねぇ……」

 露骨に嫌そうな顔をするレナ。それもそうだろう。彼女の真っ赤なお鼻を見てもおおよそ察しが付くだろうが、

「あれ、お前花粉症だっけ?」

「何だい? 知ってて誘いに来たんじゃないのかい?」

「いや、初耳だ。でもじゃあ確かにこの時期の外で花見ってのは気乗りしないか」

「そうだねぇ。気乗りはしないねぇ」

「そうか。じゃあまた今度別のに誘うわ」

「おや? キミにしては随分諦めがいいじゃないか。いいことだ。まぁじゃあせいぜい別の花粉症の人を探してくれたまえ」

「え? 何で?」

「何でって、花粉症の人が居ないと花見できないだろ?」

「………………えっ? 何で?」

「ん? だって花見ってあれだろ? 花粉症の子の手足を拘束して、その子の鼻に花を押し付けてどの花粉でくしゃみを出すかを予想して当てて楽しむ行事だろ?」

「とりあえずオレの知ってる花見とは違う」

「おや、そうなのか? まぁ行事と言うのはある程度地域性が出るものだからね」

「そういう話じゃないと思う」

「そうなのかい? じゃあたまたま同じ名前の行事なのかな。ボクが子供の時なんて、みんな寄ってたかってボクの手足を押さえ付けてきて、身動きの取れないボクの鼻の穴に花という花を突っ込んできてくしゃみさせてケラケラ笑っていたものだったが」

「ホントお前壮絶な幼少期過ごしてるよな。今がひねくれてても仕方ないとさえ思う」

「壮絶? あと、サラッと現在のボクをひねくれている認定したね?」

「うん、その前に『壮絶?』でキョトン顔しないでくれ」

「みんな幼少期なんてそんなもんだろ?」

「…………そうだな。うん。そうだな」

「何で急に優しい口調になるんだい?」

「とにかく、オレが言っている『花見』ってのは花見て飯食って酒飲んでって、もっとワイワイしてて楽しいもんなんだ。まぁ、花粉症だと外で飲み食いは辛いのかもしれな……、うん?」

「?」

「あれ? でもお前、去年とか平気じゃなかったっけ? 今年から発症? ああ、いやでもブラック幼少期からなんだっけ?」

「『ブラック幼少期』は引っかかる言い方だが……、キミは忘れていないかい? ボクは研究者なんだぞ。こんな日常に不便な症状を治さずに放置しておくわけないだろう。薬作って治療済みだよ」

「サラッとすげーことやってんな。あれ確か国によっては国民病とまで言われている病だろ。治したって。……ん? じゃあ何で治したのに再発してるわけ?」

「そう。それが問題だ」

 レナは新しくティッシュ箱を開けて鼻をかむ。

「どうも、ボクが治したのとは別の花粉に反応してるらしい」

「ふーん。でもじゃあまた治せばいいじゃん」

「簡単に言うな。治そうと思ったらまず反応している花粉を特定しなければいけない。これはまぁ、ボクの血液を調べれば容易だが、問題はその後、花粉の発生源、要は花粉を飛ばしている花を探す作業だ。薬を作ろうと思ったらサンプルにその花粉が欲しいからね。つまり、この街中に飛んでいる花粉の中から特定の花粉を見つけ出して、そこから発生元を辿っていかなければいけないわけだ。おまけに花粉は遠方からも飛んでくる。想像しただけで気が遠くなる途方も無い作業過ぎる。だから手っ取り早く世界中に咲いている花を全て枯らしてやろうかとさえ思っているわけだ」

「止めろよ。花見できなくなるだろ」

「そうは言うがな、キミはなったことないから分からないだろうが、この状態相当キツイんだぞ? PRGで例えるならずっと毒状態のステータスになっているとでも思ってもらえればいいさ。寝ても覚めても目は痒いしくしゃみは出るし頭はボーっとするし。日常生活に多大な影響をきたす。八つ当たりで街の一つも焼きたくなるというものだ」

「焼く前にはせめて言ってくれよ? 避難するから」



 悩んだ。レナは実に悩んだ。どれくらい悩んだかというと、やるかどうかは別にして、世界中の花を枯らす準備はしておこうと準備に取り掛かり、ボタン一個でそれができる状態まで進捗を進め、でも流石に世界中の花を枯らしたら世界中の生態系に多大な影響出るよなう~ん、と悩んでいる最中に頭がボーっとしてきて、何かもうどうでも良くね? と考えることを放棄してボタンを押そうとして空振りギリギリ踏み止まった程度には悩んだ。空振ったを踏み止まったかにカウントするかは議論が分かれるところだろうが、そうして知らない間に訪れていた、世界中の花が枯れる危機は回避されたのだった。

 踏み止まった(とレナは主張する)のだが、症状は一向に改善されないしでイライラしてきて、八つ当たりでもう街くらい焼いてもよくね? どうせボクの納めた税金で設備された街だろう? と思い、色々準備を進めていたのだが、その気配を敏感に察知したらしい人物(恐らくマンタ)が警察に通報。後日警察官たちが物々しい武装をして家の周りを包囲して厳重注意をしに来た、と見せかけ、家の中では警察一同土下座で燃やさないでくださいお願いしますと厳重懇願で頼み込みをされたので渋々断念。

 となるともう根本対応するしかないな、ということになり、レナは警察にお願い(と言ってはいるが、実質街を焼かない交換条件なので脅しとも言う)して、花の捜査を手伝ってもらうことにした。

 したのだが、花の捜査なんてやったことない警察官はあまり役に立たず、色々人員自体は割いてくれていたようではあるが、待てど暮らせど返ってくる返答は『捜査中』の言葉だけ。ホントもう国家権力を相手取って街焼いてやろうかと半ば本気で考えたが、面倒なのでもう自分で探すことにした。

 手当たり次第に探してもしょうがないので、まずは原因の花粉を特定することにした。これは比較的早く済んだ。次はこの花粉が何の植物のものなのかを知る必要がある。花粉を分析して何の植物かを割り出そうと思ったのだが、一致する花粉が中々見つからない。人口花粉じゃないのかと思えるくらい検索にヒットしない。

 ここで役立たずの警察に役目を与えることにした。彼らは研究機関を持っているから分析してもらえれば何の植物かは分かるハズである。

 役に立っていないことに自覚があって負い目でもあったのか、これ以上レナをイラつかせると街を焼きかねないと思ったのかは定かではないが、この分析結果は依頼してから異様な速さで届いた。下手すれば速達便より早い。

 確認してみると、どうやら大分希少な植物であるらしいことが判明した。開花を確認された記録はここ数年無く、絶滅した可能性さえ危惧されていたらしい。道理でレナがいくら調べても出てこないわけだ。

 ちなみに分かったのは、希少な植物である、ということだけ。咲いている地域の分布図も要求していたのだが、希少な植物ゆえ分からないとのことだった。やっぱり肝心なところで役に立たない奴らだ。税金返せ。

 というか、何だってそんな希少な花の花粉症に悩まされなければならないのか。おかげで貴重な花の存在を確認できたとも言えるが、相当運が悪いとも言える。

 花粉がレナの家に届いてくる範囲内には咲いているハズなので、花粉の重さと飛距離、風向きなどを計算し、咲いている場所に当たりを付けて地図に色を塗り、その周辺を探し回るという、レナにしては大分非効率かつ地道な肉体労働をせざるを得なくなった。実質、嫌がっていた手当たり次第の捜索が始まった。

 日頃の運動不足解消どころか、未来の体力を前借りして寿命を削っているんじゃないかと思うほど満身創痍疲労困憊になりながら探し回り、無かった場所には地図に別の色を塗っていく。そうして咲いている場所が絞り込まれていき、最後に残った咲いている可能性のありそうな場所が、今レナ達が登っている急斜面の山。何でこんな所に咲いているんだ。もっと見つけやすい場所に咲いていろ。

「疲れたな……」

「お前オレにおぶられてるだけじゃねーか」

「仕方ないだろう。ボクはもう疲れたんだパトラッシュ」

「お前の今の言葉のどこに仕方ない要素があったんだ。つーかお前、自分で探し周りましたみたいな体でナレーション入れてやがったが、実際に歩き回って探したのオレじゃねーか」

「当たりは付けてやったろう?」

「雑に地図を塗り潰しただけじゃねーか。あれは塗り絵と呼ぶんだ」

 絞り込んだというのかこれ? と怪しいレベルで広範囲に塗り潰された地図を虱潰しに実際に探し回ったのはマンタとそしてもちろん警察官一同である。

「何を言う。ステータス毒状態の人間があんなめんどくさい計算式までは立ててやったんだぞ。途中で面倒になって計算自体は放棄したがね」

「お前やっぱりあれ適当に塗り潰しやがったのか。つーか、毒状態とは言っているが、もう大分良くなってね?」

 そう。コイツらが見つけるのが遅かった(あの広さの捜索を異例の速さで終わらせたと警察官とマンタは自負している)せいもあり、ここ最近、レナの花粉症の症状が大分弱まってきている。恐らく花の咲いている時期が終わりに近づき、飛んでいる花粉の量が減ったのだろう。そういう意味ではもう見つからなくてもいいかな、ってレナが思い始めた辺りに、場所が絞り込まれた、という感じなのだ。本当に間の悪い奴らである(あんなアホみたいに広範囲の捜索を頑張って終わらせたのにと警察官とマンタは涙を流している)。

「いいじゃないか。花見したいって言ってたろ?」

「いや、まぁ、したいとは言ったけどよ……」

「貴重な花らしいし、花見に持って来いだろ? 連れて来てやったんだからむしろ感謝したまえ」

「いや、連れて来てるのはオレ……、っと、この辺りか?」

 地図の塗り潰された辺りに辿り着いたが花らしきものは見当たらない。辺りは岩がゴロゴロと転がっており、植物の気配自体があまり無い。雑草や苔っぽいのがチラホラと散乱しているくらいだ。

「無くね? ここも外れか?」

「いや……」

 マンタの背中で体を起こし、レナは周囲を見渡すと不意に固まり、

「ふぇっ」

「『ふぇっ』?」

「ぶぅぇーっくしょん!!」

「すっごい汚いっ!!」

 金髪バカの後頭部にくしゃみをぶっかけたレナは鼻がムズムズするのでマンタの服で鼻をかむと、

「あっちだあっち」

「いてててっ! 人の髪の毛をコントローラみたいに引っ張るなっ! そして当たり前のように人の服で鼻かむなっ!!」

 レナが操作する方にマンタが行ってみるが、一際大きな岩がドンと鎮座しているだけで、それ以外は特に周りの景色と変わったところは無さそう、

「あっ……」

 見つけた。鎮座している大きな岩。その陰に隠れるようにして、小さな花が一輪咲いていた。

「お前、こんな遠く離れた場所のこんな小さな花の花粉にあんな過敏に反応してたわけ?」

「そこに関してはボクも同意見だ。……とはいえ」

 レナはマンタの背中越しに花を見つめて言う。

「結局は無駄骨だったかもな」

 咲いたはいいものの咲いた場所が悪く、あまり日の当たらない場所に咲いたらしい。ここ数日雨も降っていないことも手伝ってか、花は大分弱って萎れてきている。

 放っておいてもそのまま枯れてしまいそうである。枯れてしまえば当然花粉も飛ばなくなるので、レナの悩みは自然と解決する。希少な花だということなので、来年この花がレナに届く範囲内で咲いている可能性もかなり低いだろう。

「どうする?」

「どうするって……」

 聞かれたレナはマンタの背中から降りて答える。

「どうもしないさ。このまま枯れるって言うのであれば、ボクにとっては都合がいい」



「花見行こうぜー」

 不法侵入者が現れた! どうする?

→たたかう

 にげる

「うおりゃぁぁぁっ!!」

「あぶなぁぁぁいっ!?」

 レナは手に持っていた分厚い鈍器くらいの強度はありそうな本をぶん投げた。

 ミス! 攻撃は外れてしまった!

「なっ、なっ、なっ、何してくれとんじゃっ!! 本を人に向かって投げちゃいけませんっ!!」

「ふむ。キミにしては正論だな。だが、その論理には抜けがある」

「なん……だと……っ!?」

「本は読んでこそ本。つまり読まないなら本ではない。本ではないならこれはただの鈍器だ!」

「お前が読まないだけだろうがっ!! じゃあ何のためにあるんだっ! この立派な書斎っ!!」

「映えるだろ?」

「映え目的っ!?」

「まぁ、SNSの類はやってないが」

「無駄じゃん! 超無駄じゃんっ!!」

「決して無駄とも言い難い。少なくともボクのモチベーションアップの役には立っている。ここで仕事をしているボク。何かカッコいいだろう?」

「カッコ……、うーん、まぁ、分からんでもない」

「歯切れが悪いな。何だい?」

「そこで仕事をしているのはカッコいいと思うが、そこで仕事をしているのがカッコいいと思って仕事しているのはカッコ悪い気がした」

「深いな」

「深いか?」

「辞世の句にしてあげよう」

「悪かった。謝るから殺さないでくれ」

 レナが引き出しをゴソゴソ弄り出して身の危険を感じたマンタは即座に謝ってから、

「ってかいいじゃん。花見行こうぜ。もう花粉症に悩まされなくて済んだんだろう?」

「だからといって、キミと花見が行きたいかというとそれは別問題だ」

「冷たいなぁ~。遥々山まで一緒に花を見に行った仲だろう?」

「それを言うならもう一緒に花見行ったんだからいいじゃないか」

「花見なんて何度やってもいいもんだぜ? 咲いているうちにしか見れないんだから」

「至極当たり前のことを当たり前の顔して言ったな。……まぁ、だが正しくはある」

 レナはそっと引き出しをしまうと、

「では行こうか」

「あれ? マジ? 行くの?」

「何だ誘っといて。冗談か? あれか? 凄い遠方のところに朝早く待ち合わせの時間設定されて行ってみたら誰も居なくて確認してみたら、『え~? 本気にしたの~? 冗談だったのに~』ってやつか?」

「オレをお前のブラック幼少期メンバーと一緒にするんじゃない。そんな悪質なことするか」

「ブラック?」

 恒例のキョトン顔はスルーして、

「もうちょっと粘らないとダメなもんかと思ってたが、思ったよりすんなり行くって言ったのが意外でな」

「渋っている間に枯れてもつまらないだろう。咲いているうちにしか見れないんだから」

「…………そうだな」


 二人が出て行った書斎。

 その書斎の机の上には小さな植木鉢がチョコンと置かれていた。

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