冬の虹途切れたままに/大森静佳

カクヨム運営公式_文芸部

冬の虹途切れたままに

冬空に根を張るようなつよい声それっきり声というものは見ない 


地下鉄につよく目つむり乾かない絵の具のごとき感情だった


背後より見ればつばさのような耳きみにもきみの父にもあった


とんび、ゆけ。ふかぶかとゆけ。そのひとの棺をえらぶきみのこころへ


一度だけ低い嗚咽は漏らしたりごめんわたしが青空じゃなくて


つめたいよ あかるく光る蜻蛉をきみに教えた手なのだけれど


肉体がひとつの小さな壺となるまでの半日、雲ばかり湧く


狂い飛ぶつばめの青い心臓が透けてわたしに痛いのだった


胸に抱く遺影が雨に濡れることそのひとがかつて濡れていたこと


いないのは誰だったのか夕雲よ怒りのどんづまりに触れてみよ


一枚ずつ葉を落とし葉をいとしみてきみだってこんなにも木なのに


素顔にて見る夜の河 まばゆさに足とられつつ日々を過ごせり


そのひとと行きし晩夏の水族館この世という大きな腕のなかなる


雪明かり うどんの湯気を食べていた絶食のひとは汗をかきつつ


夢に逢う、ということもなくわれのみが土偶のごとく息しておりぬ


花や葉を脱いでしずかな冬の木よ眩しいだろう日々というのは


冬の虹途切れたままにきらめいて、きみの家族がわたしだけになる


鈴のように一日ひとひがふるえてる その鈴のなかのきみを撫でおり


生きているだれの喉仏もこわい 触れると蒼い火が見えそうで


かわるがわる松ぼっくりを蹴りながらきみとこの世を横切ってゆく

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