第38話 小休止

 二度目になると奇襲性の優位もなくなる為に、どうしても一度目程の被害を与えられない。それは、つまり時間を思う程稼げないことを意味する。


「ああ、こうなったらもう仕方ないな。後ろから刺されようが知ったこっちゃない」

 このまま狭まっていく間隔で攻撃を繰り返していたら、援軍が到着する前に獣人族から圧死する者が出てしまう。僕は、腹を決め獣人達の拘束を解いた。そして、目の前の敵に集中する。


「これは戦だ。これは戦だ」

 自分に言い聞かせて戦う。僕が縦横無尽に鎖を振うたびに、四肢が飛び頭が潰れる。致命傷を与えられなかった者達の呻き声が、辺りに木霊していた。

 どれくらいの時間そうしていたのだろうか、敵兵が引いて行くのが目に入る。


「体勢を立て直したら、またすぐに襲い掛かってくるだろう」

 喉が掠れて声が出にくい。今更ながら、膝が震えてくる。

「ははっ、怖、かった。でも、まだこれからっ、あれっ」

 僕は、その場に尻餅を搗いてしまった。張り詰めていた気持ちが途切れたことによって、腰が抜けたようだ。


「大丈夫ですか」

 獣人族の兵士が駆け寄って来て、手を差し出してくれる。

「ありがとう。でも、暫く立てそうにない、かな」

 流石に聖女教の兵を大勢屠った戦いぶりを見て、僕を殺そうとは思わなくなったらしい。


「お前達、周囲の警戒を怠るなよ」

 獣人族の兵士が他の者へと指示を出す。いつの間にか、周りに兵が展開している。避難民を中心に、半円状に並び周囲に目を凝らしていた。

「それでは、失礼致します」

「わわっ」

 獣人族の兵士は一言断ると、僕を抱き上げる。所謂お姫様抱っこだ。恥ずかしい。だが、動けない以上は仕方ない、と腹を括る。


「俺は、避難隊の隊長を任されています、スアキネと申す者です」

「ああ、ご丁寧に。僕は、ジョウ。よろしくね」

 スアキネが名乗って来たので、名乗り返した。すると、スアキネの表情が一瞬強張る。

「鎖、聖女教に敵対、人間族、ジョウ……」

 スアキネはぶつぶつと呟きながら、考え込んでしまった。


「ま、まさか、殺戮の英雄殿? いや、そんな筈はない。だって、あれは350年前の話だ。俺らと違って、人間族では生きている筈がない」

 何だか物騒な文言が聞こえた気が。

「ねえ、その殺戮の英雄って何?」

「えっと、350年前に聖女なる者を担ぎ上げて、人間族が獣人族に戦争を仕掛けてきたアクトリンド決戦の折、西の魔王と共に立ち上がった人間族の戦士のことです」

 一体、どういう事なのだろうか。アクトリンドの碑文や伝承でも、僕が西の魔王と共に人間族と戦ったということになっている。


「だけども、僕はその戦いには参加していないよ」

「やはり、ジョウ様がジョウ様なのですね」

 よく分からない言い回しになっているが、スアキネの言わんとすることは分かった。

「まあ、獣人族が東の魔王に対してクーデターを起こした時に、そこへいたのは僕だ。だが、そのアクトリンド、決戦? そこには、僕は関与していないよ」

 とっくに日本へと戻っていたのだから。だからこそ、声を大にして言いたい。

「僕は、殺戮の英雄ではない。それは確かだよ」

 そんな物騒な二つ名であってたまるものか。


「うわぁ」

 スアキネが180度方向転換をした。当然抱えられている僕も、今まで見えていなかった後ろの光景を目にすることになる。正直、びびった。

「スアキネって、ひょっとして凄い人なの」

「えっ? いえ、俺は同年代の中では、それなりですが。別に、特に偉くなどはありませんよ」

 スアキネの答えに、僕の頭は混乱する。目の前の人々は、全員片膝立ちでこうべを垂れているのだ。偉くない人の前で、忠節を誓うようなポーズをするのだろうか、誇り高き獣人族が。


「ああ、成程。これは違いますよ。俺にではなくて、皆はジョウ様へ敬意を払っているのです」

「は、はあぁぁぁ!」

 思いもよらぬ事態に理解が追いつかず、声を上げてしまった。

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その場所へ帰ろう ふもと かかし @humoto_kakashi

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