第37話 諸刃の剣(他人)

 声の限りに叫んだことによって、逃げ出して来た獣人達の足は止まる。

「一先ずは、成功なのだけど」

 老人と子供に混じって、護衛の兵達もいた。彼らが次々に集結して、僕と避難民達の間に立ちはだかる。その目は敵意剥き出しで、話を聞いてくれそうもない。


「この先には、聖女教の部隊が待ち構えています! その数、3万!」

「そんな話を信じるとでも! そもそも、何故こんな所に人間族がいる? 聖女教だからに決まっているだろうが!」

 恐らく、護衛の兵士達も逃がす頭数に計算されているのだろう。その為に、逃げ延びた先でのことまで考えて、若者で構成されている。それは、種族の存続を考えれば正しいことだろう。だが、経験も浅く血気盛んな若者では、口より腕に頼りがちだ。特に獣人族であれば、尚のこと。


「足止めして、時間稼ぎしようとしているのだろうが、そうはいくか!」

「はあ、やっぱりこうなってしまうのか」

 僕は、諦めて覚悟を決めた。右腕を前に突き出すと、手を握る。なるべく目立つように、派手なアクションでだ。


「ああ、恥ずかしい。まるで中二病だな」

 羞恥心と引き換えに、迫り来る兵達に警戒心を与え足を止めることに成功した。

「ちょっと痛いかもしれないし、苦しいかもだけど、命が掛かってるんだ、我慢してくれよ!」

 これからやることへの言い訳を叫び、罪悪感を減らす。


「行け!」

 そして僕は念じた。

「ぐわっ」

 予め魔力を通して伸ばしていた鎖が、かなりの速度で兵士たちに向かって行き絡め取る。そして、そのまま押し込んで、避難民全体を幾重にも巻き付けて身動きを取れなくした。

「ぐうぇ」

 数百人が纏めて縛り上げられている光景は、圧巻である。だが、身動きが出来ない位に締め上げているのでそれなりの圧を掛けていた。更に藻掻こうとするので、余計に圧が掛かる。いつかテレビで見たことのある通勤ラッシュの電車の中が、今の感じに近いのかもしれない。


「動くと、余計に苦しくなるよ。悪いようにしないから、大人しくしていてね」

 無駄だと分かっていても、声を掛けてしまう。これも、罪悪感から来る行動だろうか。

 僕は、苦しそうな獣人族達に背を向ける。これは、決して彼らの現状から目を逸らす為ではない。


「思ったより早いな」

 包囲殲滅戦を展開する部隊に対しての警戒の為だったが、もうその姿が視認出来る距離まで迫っていた。包囲なので広範囲に展開しているから、3万の部隊とはいえ正対する数は多くはない。

 だが、一旦戦端が開かれれば、後から後からと無尽蔵な敵の増援が押し掛けてくるだろう。


「頼むから、早く来てくれよ。僕はそんなに強くないのだからね」

 愚痴を漏らすと、覚悟を決める。今度のは、文字通り人を殺す覚悟だ。やらなければこちらがやられる。この状況は、平和な世界で生きて来た僕の覚悟の後押しになった。

「いっけえぇぇぇ!」

 分銅鎖の真骨頂は、正に分銅にある。伸ばした鎖の先の分銅は、横薙ぎに敵を払っていく。血しぶきと共に、次々に人が飛んでいった。そこかしこから、呻き声が聞こえる。


 流石に魔法の武器とはいえ、大勢を相手にすると一撃で絶命出来るのは最初の十数人だけで、後は瀕死や体の部位の一部欠損といった感じだ。それでも、その多くが先頭不能に陥っているので、この武器の威力の凄まじさは疑いようがない。


「ぐっ、ぐうぇ! いぎぎぃ!」

 背後からも苦しそうな声が上がった。心の中で謝罪する。

 この分銅鎖は魔法の武器なだけあって、魔力が有れば幾らでも伸ばすことが可能な優れものだ。但し、数は増やせない。

 どういうことかというと、捕縛に使っている鎖で攻撃もしないといけないのである。だから、攻撃時の衝撃が捕縛している者達へと伝わってしまい、更に締め上げるのでとても苦しい筈だ。中には失神している者もいる。


「ああ、もう! こんなの、何回も出来ないぞ!」

 僕は、援軍が早く到着することを願いながら、2投目を放つのであった。

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