第36話 獣人族殲滅戦

 僕は今、東の魔王と一緒にここいらで一番高い樹に上っていた。


「うひゃあ、こりゃ落ちたら確実に死ぬな」

 子供の頃に、両親と共に行った東京タワーの展望台からの眺めに匹敵する。そんな事を考えたら、ちょっと感傷的になってしまう。

「そうなったら、私が何とか助けてみせるわ。だから、そんなに不安な顔をしなくて大丈夫よ」

 僕の表情を違った意味に捉えた東の魔王は、僕を励まそうとしている。


「そうだね。頼りにしているよ」

 敢えて東の魔王の言葉を否定せずに、ノスタルジックな思い出は心の奥へとしまい笑顔で返した。

「任せて」

 東の魔王は嬉しそうな表情になったが、すぐに真剣な表情へ戻る。


「これは」

 獣人族は集落を襲っている聖女教の軍勢と戦っていた。遠く高さもある所から見ているので、細部についてはよく分からない。だが、逆に俯瞰で見れるので、全体像は掴みやすいのだ。

「集落は放棄しての撤退戦か。でも」

 そこだけ見ていると、多勢に対して上手く対処して被害を最小限に撤退しているように見える。実際に戦っているヒュオトレ達もそう思っていることだろう。


「拙いわね」

「聖女教ってのは何を考えているのだ」

 よく、獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすと言ったりするが、これはそんなもんじゃない。

「獣人族側は、兵士は5百もいないよね。非戦闘員を含めても千人程だぞ」

「そうね。それを見越して、5千程の兵で聖女教側は集落を襲撃したのね。獣人族の兵士一人に、人間族の兵士10人ならば何とかなる数だわ」

 確かに、獣人族のあの馬鹿力を思い出すと、東の魔王の言っていることは説得力がある。


「ただ、あれは先鋒隊だよね。後ろに1万位控えている」

 だからこそ、正面切っての戦いではなく、撤退戦をヒュオトレは選んだのだろう。それは、間違いではないのだが。

「更に、四方に凡そ3万程度ずつ配置して囲みを作っているわね」

「ああ、馬鹿げているのは、それだけで13・4万の兵を動員しているというのに、その外側にも間を埋めるように45度ずらした四方に同程度の兵を配置しているのだから」

 たかだか千人規模の集落を潰すのに、25万人以上の兵を召集しているのである。指揮官は病的な慎重主義なのか、いかれた感性の持ち主かのどちらかだろう。


「どうにかしないと、このままじゃ非戦闘員の子供やお年寄りから、包囲している兵達の餌食になってしまう」

 だからといって、何が出来るだろうか。僕が対人戦で役に立つとは思えない。前にウゾルクに来た時に、戦争をこの目で見て多少の耐性は出来たつもりだ。だが、実際にその中に加わり、殺し合いが出来るだろうか。自身は無い。


「ジョウ。私も少しだけれど貴方のいた世界で暮らしたから、貴方がどういう環境で育って来たかは想像が付くわ。それでも、いざとなったら人を殺す覚悟を持てるかしら」

 東の魔王は物凄く真剣な眼差しで、僕の心を見透かしたような質問を投げ掛けてきた。


「も、もしも、その覚悟が出来れば、どうにかなるの」

「ええ。貴方の覚悟と、その武器があれば何とかね」

 途端に、僕に千人程の命が委ねられる。そのことに怖くなって、膝が震えてしまう。

「ははっ、こんなんじゃ説得力無いかもしれないけど、やってみる。上手くいくかは分からないけど、出来ることはしたいんだ。その為に、覚悟を決めるよ」

 唇は冷たい、口の中はカラカラだ。緊張で胃酸が逆流しそうである。それでも、膝の震えは止まっていた。


「うん、その目は信じられるわ。じゃあ、説明するわよ」

 東の魔王から、作戦とその中で僕が行うべき行動を聞く。

「では、宜しく」

 森の中へと転移すると、東の魔王は僕をその場に残して再び転移してしまう。


「はあ、背後数十メートルの所には、3万近くの聖女教の軍勢か」

 そう思うと、背中に物凄い圧を感じるから不思議だ。

「更に、前からは非戦闘員とはいえ、5百近くの獣人族。僕が止めなきゃみんな死ぬ」

 徐々に足音が近付いてくる。


「皆さん、止まって下さい! この先は危険です!」

 覚悟を決めて、声を張り上げた。

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