第35話 侵攻
ヒュオトレは自分の言葉で、自身を混乱させていた。僕も、東の魔王がヒュオトレの言うような圧政を敷くとは思えない。
「はあ、私は悲しかったのよ。いきなりあなた達が反乱を起こしてきたのだから。私は何もしてないのに。まあ、それをネグレクトと言われちゃうと、否定は出来ないけれどもね」
東の魔王の本音こそ、この件の事実ではないだろうか。
「なんで、こうも認識が違うのさ。良いように思い込もうとしてるにしても、ちょっと酷過ぎやしないか」
第三者の視点で、僕は思ったことをそのまま口にした。ヒュオトレも自分のことではあるが、そこが分からずに困った顔をしている。
「まあ、十中八九あいつが介入したのでしょうね」
苦々しい顔で東の魔王が言った。あいつ、つまりは元大賢者で、現聖女のことだろう。もう、僕の中で、大賢者と聖女が同一人物であることに、疑いはなかった。それは、ヒュオトレも同じみたいだ。
「しかし、介入って言われてもですね。大賢者様にお会いしたことはありませんよ。それは、聖女にしても同じことです。まあ、聖女教の奴等は嫌って程に、顔を合わせていますけどね」
ヒュオトレは聖女教に、相当嫌な目に遭わされてきたのだろう。苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「そう、会ったこと無いの。では、違う……でも、あれなら可能性は……あるかも。ねえ、クーデターの前に、何か物を貰わなかった?」
「はて? どうでしたかな」
ヒュオトレは必死に思い出そうとしているが、思い当たる節は無さそうだ。
「そうね、大したものではないと思うの。ただ、全員に身に付ける何かが配られなかった?」
「で、でも」
東の魔王が付け加えたことで、ヒュオトレの顔色が変わった。何か、心当たりがあるみたいだ。
「あるのね」
「……はい。全員に仲間の印とお守りを兼ねて、組紐の腕輪が配られました。しかし、です。それは、大賢者様からのものではありませんよ」
ヒュオトレは悲痛な表情をしている。それを配った者が、大賢者の内通者である可能性が高いのだから仕方がない。
「族長! 大変だ!」
その時、一人の獣人が血相を変えて走って来た。
「スクゥエか、どうした」
つい今しがたまでは、東の魔王の飼い犬のような顔をしていたヒュオトレが、一瞬にして族長の顔付に戻る。
「集落に、聖女教の奴等が襲撃を!」
「そんな馬鹿な! 協定は! ここは獣人区だぞ!」
ヒュオトレは、怒りに震えていた。
「東の魔王様、ジョウ、話の途中だが、失礼する」
ヒュオトレと周りの獣人達は、風の如く走り去っていく。
「東の魔王、どうする」
「もう決まっているといった顔だぞ」
東の魔王に見透かされてしまって、少し恥ずかしい。どの規模で聖女教が攻めてきたかは分からないので、感情的に行動するのは得策ではないだろう。しかし、知り合いを見殺しにするつもりは、毛頭無い。
「行こう!」
「仕方ないわね。あやつに死なれても、夢見が悪くなるもの」
走り出した僕に、東の魔王も付いて来てくれる。ヒュオトレ達が向かった方角へ、ひたすら走った。
目的地を知らないが、迷う心配はない。木々の向こうに、立ち上る煙が見えている。
「くそっ」
恐らく、集落が焼かれているのだろう。こうなっては、それなりの犠牲者を覚悟しておかなければならない。
「……まりなさい。ジョウ! 止まりなさい」
一心不乱に走っていたら、急に腕を掴まれた。振り向くと、東の魔王が必死に呼び掛けているではないか。
「ジョウ、冷静になりなさい。沢山の人間の臭いがするわ。敵は近い」
言われてハッとした。僕は危うく、考え無しに数も分からない敵軍へ突っ込む所だったのだ。こんなのは、殺してくれと言っているようなものである。
「済まない」
「いいわ。先ずは、探りを入れましょ。大丈夫、獣人族は、そんなにやわじゃないのよ」
明るい顔で東の魔王がおちゃらけた。東の魔王の方が、僕よりも心配だろうに気を遣わせてしまった。
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