第34話 記憶の齟齬

 聖女は大賢者かもしれない。考えれば考える程に、そうとしか思えなくなってくる。


「もし、本当に聖女が大賢者だとして、どうして態々大賢者を死んだことにしてまで、聖女を名乗る必要があったのだろうか」

 僕の尤もな疑問に、ヒュオトレも唸っているだけだ。

「まあ、一つ考えられるとしたら、大賢者のやり方に限界を感じたのではないかしら」

 思案顔の東の魔王は、何か浮んだらしい。


「どういう事?」

「大賢者は魔王を支配することで、間接的にウゾルクを支配しようとしていたわ」

 何も分からない僕の問い掛けに、東の魔王はまず前提条件から説明してくれる。

「君が大賢者の言う事を素直に聞くとは思えないのだけれど」

「失礼ね。ジョウは私を、一体なんだと思っているの?」

 思ったことを言ったら、東の魔王に睨まれてしまった。


「いや、ですけれども、東の魔王は族長の時に随分と好き勝手をされていませんでしたか」

 ヒュオトレが事実を告発する。

「いっ、いえ。それが獣人族の為にと思っての事だったと、同じ立場になって漸く分かりましたよ」

 東の魔王に物凄い形相で睨まれて、ヒュオトレはすぐにフォローへと転じている。あれっ、この人って確か、クーデターを起こして東の魔王を追い落とした張本人だよね。


「どうしてヒュオトレは、東の魔王をそんなにも恐れるのだい? 一度は打倒した相手でしょ」

「確かに、あの時は熱に浮かされていた感じだった。若気の至りというのか。獣人族の為に、東の魔王は倒さなくてはいけないと強く思ったんだ」

僕の質問に答えるヒュオトレを、東の魔王は興味深げに見ている。

「そうか、残念だよ。私なりにヒュージョには目を掛けていたつもりだったし、次代のお前にも期待していたのだけれどね」

 ヒュオトレの父であるヒュージョからは東の魔王が実害を被っていないということで、族長代理としていたという。しかし、その父、つまりヒュオトレの祖父は、東の魔王を苦しめた内の一人というよりも張本人であり、東の魔王によって殺されていた。その罪滅ぼしの意味も多少は有ったのではないかと、僕は勝手に思っている。


「それは、期待に沿えず」

 俯くヒュオトレに、違和感を感じた。これはまるで、正規に族長を就任した者が、前族長に対して取る行動のように見えてしまう。

「なに気にするな。300年以上も、しっかりと獣人族を引っ張ってきたのだろう。それは、素晴らしいことだよ」

 東の魔王に褒められて、ヒュオトレも嬉しそうである。だから、おかしいだろう、その反応は。


「おっと、話が逸れてしまったね。まあ、私と見解の相違が有った大賢者は、何とかして私を排除しようとしてきたの」

「待ってくれ。俺は大賢者様とは、会ったこともないぞ」

 東の魔王を陥れた最たるものといえば、ヒュオトレ達のクーデターであろう。

「まあ、あの女は慎重だから、表立って行動はしないでしょうね。では、北の魔王はどうかしら」

「北の魔王様は、事前にジョウが現れることを教えてくれた。勝利の希望が顕現すると」

 確かに、ヒュオトレからも聞いていた。


「北の魔王は、僕の召喚に絡んでいた筈だ。だが、それは東の魔王の圧政から獣人族を解放する為だっていっていた……あれっ」

 あの時は北の魔王の言うことを鵜呑みにしていたが、東の魔王と接してきた今思うのは、東の魔王が圧政なんて行うだろうかということだ。

「ヒュオトレ、本当に圧政は行われていたのか? 東の魔王はどちらかと言うと、君臨すれども統治せずを地で行くタイプだと思うのだけれど」

 確か、東の魔王は強い族長の存在が、種族の繁栄を齎すと言っていた。そして政治については、ヒュオトレの父であるヒュージョを族長代理にして丸投げしている筈なのだ。


「東の魔王はそれはそれは酷い圧政を敷いていたから、俺たちはクーデターを起こしたんだぜ。例えばだな……あれっ? そもそも、東の魔王は何かしていたか」

 ヒュオトレが困惑してしまう。圧政だったと思っているのに、一つも具体例が出てこないのだ。


 やっぱり、東の魔王は思っていた通りで、ものぐさだったようである。

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