親愛なる地上人間さま、もうちょっと感情を抑えてくださいな

ちびまるフォイ

うかつな入力周波数接続はおひかえください

生まれたときにはすでに地下生活だった。

陽の光を浴びないことも普通になっていた。


地下は暴力と発狂したような声であふれている。


「痛っ……!!」


お腹の鈍痛で目が覚めた。

俺の担当している地上女の生理痛だろう。


地下人間は地上人間の食事から生理活動すべてを肩代わりしている。

生活のため、地上人間2人分を担当したのがよくなかった。


「くっそふざけやがって……!」


追い打ちをかけるように担当である

もう一人の地上人間の男が抱く持つ怒りの感情が流れ込んでくる。


朝から何をキレてやがるのか。

地下から地上の様子を知ることはできない。


「大丈夫?」


冷や汗でにじむ視界に友達が見えた。


「いわんこっちゃないでしょ。

 二人の人間の生理活動を、1人でやるなんて無茶よ」


「でも……うぐっ……」


「感情こっちに回して。少しは協力するよ」


「バカそんなことバレたら……」


「どうせ私たちなんかいちいち見てないって」


担当以外の人への代替は本来許されていないが、

友達が感情や生理活動の一部を引き取ってくれたのでだいぶ楽になった。


「助かったよ……痛いしムカつくしもう最悪だった」


「困ったときはお互いさま」


「ほんと地上人間ときたら……無駄に感情を動かさないでほしい。

 しわよせが来るのはこっちなんだから」


「どうする? メディカルセンターへ行く?」


「……行っとこうかな」


友達と一緒に メディカルセンターへと向かった。

地上人間の感情にあてられすぎると心が壊れてしまう。


自分自身の感情を吸い出してもらって、

また地上人間の心を代替できる入れ物に変えてもらう場所。


といっても、今の自分から得られる感情なんで「地上人間への怒り」くらいだろう。



『出力周波数を37564に合わせてください』



地上人間と合わせていた周波数をメディカルセンターの周波数に合わせる。

自分の中でぐちゃぐちゃになっていた感情や欲求が引き取られていった。


「はあ……落ち着いた……」


「あんまり無茶しないほうがいいよ。

 こないだだって地下で感情にあてられて人が殺されたくらいだし」


「わかってるよ。でもこのメディカルセンターってどういう仕組みなんだろうな」


「え、知らないの? やってることは私達と一緒よ」


「へ?」


「地上人間に対する私達の怒りを、

 また別の地下人間が肩代わりして必死に消化しているだけ」


「ええ……それじゃただのたらい回しじゃん……」


「感情や欲の終着点がこの地下なんだからしょうがないでしょ」


救いのない現状に絶望してまた俺は周波数を地上人間に合わせた。

もうその日は大きく感情が動くこともなく、痛みも引いたのでよかった。



翌日、地下人間の朝の集合場所に友達がいなかった。


「ナンバー001、ナンバー982を知らないか?」


「いや何もきいてないですが……」


「では連れてこい。勝手に逃げ出したら地上人間様に迷惑がかかるだろう」


「逃げるわけ無いでしょうに……」


しぶしぶ友達の部屋に向かった。

入ってすぐに異常がわかった。


友達はベッドの上でけいれんしながら泡をふいている。


「お、おいどうしたんだよ!?」


びっしょりと汗を書いていて何度も嘔吐した後がある。


「くっそ! 地上人間か!? 担当が馬鹿なことしてるのか!!」


地下と地上をつなぐ担当周波数を変えようとしたが変えられない。

本人の意思がなければつながりを断つことができない。


「すみません! 救急です! 友達を助けてください!」


救急センターを呼び出したが応答はない。

感情を肩代わりする地下人間の巣窟は治安が悪い。


地上人間の暴力や破壊衝動にあてられた地下人間が、

かわりに地下で感情と欲求のままに大暴れするのが日常。


救急が来てくれたとしても十分な手当てをしてくれる保証もない。


「おい……! おい! しっかりしろ!

 なんでこんなことに……! 周波数を変えてくれ!」


「……」


友達はさんざんもんどりうった後に失神した。

こんな状態が長く続けば生きてはいられない。


「俺が……俺がなんとかしないと……!」


友達がまともな意識を保てないので接続を断つことはできない。

だったらこの手で地上人間をどうにかするしかない。


メディカルセンターの横にある非常階段を駆け上った。


「おい!! ナンバー001!! どこへ行く! 地上に出るな!!」


教官の超えを背中で聞きながら地上の扉を開いた。

はじめて浴びる陽の光に目が溶けるかと思った。


「これが地上……」


地上は地下のようにゴミゴミしていない。

均等で並行な建物が等間隔に並んでいる。


街にはトイレもなく、家もなく、食べ物屋さんもない。

生理活動を肩代わりしている地上人間にとって意味ないのだろう。


みんな同じ服と顔をして、穏やかな顔で歩いていた。


「どこだ、どこにいる!?」


地上の世界に見とれていたがそれどころではない。

担当周波数が発信されている場所へと向かう。


そこには高いビルが待っていた。


ビルなんて見るのも初めてだがビビっている場合ではない。

入り口へと踏み出した瞬間。


『ビー! 地下人間を検知しました、拘束します』


「え!?」


入場ゲートの両脇からネットが発射されて身動きが取れなくなった。

床に倒されると、奥から警備員がひとりやってくる。


「これは驚いた。まさか地上に地下人間がやってくるとは」


男の周波数を見て驚いた。

友達が担当している地上人間と同じ数字だった。


「あんたが……あんたが友達を……!」


「はあ? なんのことだ?」


当然、地上人間にとって自分の生理活動を誰が肩代わりしているかなんて知り得ない。


「それより、地下人間。オレはお前に興味があるんだ、こっちへ来い」


警備員しか出入りできない部屋に連れて行かれる。

周りの地上人間も、地下人間の乱入に驚いていたがその感情もすぐに地下へと送られた。


「いやあ、本当に幸運だ。まさか地下人間が来てくれるなんて」


警備員は語りながらこちらを見下ろす。


「実はオレは昔の映画や漫画が好きでね。

 そこではキャラが感情ってやつにあふれて行動してるんだ」


「なんのことだよ……」


「地上人間じゃ感情を出すことができないだろう。

 どうせなら死ぬ前に感情ってやつを味わってみたい」


「はあ?」


「オレなりに色々頑張ったんだぜ?

 なのに、ぜーーんぶ地下に送られちまった」


警備員の机の上に怪しげな注射器や薬が見える。


「お前、まさか……!!」


自分の感情や生理活動を引き出すために無茶したに違いない。

地下の友達が苦しんでいるのもコイツの人体実験のせいだろう。


「で、だ。君たち地下人間は周波数を使って

 担当の人間の感情を肩代わりしているんだろう?」


「……」


「あ、言わなきゃこうするよ」


警備員は机の上にあったハンマーで俺の指を潰した。


「痛ってぇぇ!!」


「痛い、かぁ。いいなあ。地上で暮らしてると痛みもないからわからないんだ。これは?」


「い゛た゛あ゛あ゛っ!!」


「うらやましい。こういうときって良心が痛むってやつだろう。

 なあ、早く周波数を教えてくれよ。痛めつけたいわけじゃないんだ」


「わ、わかった! 教える! 教えるから!!」


「ああ、ありがとう。これで感情ってやつを味わえる。

 人間に生まれたからには、人間が享受できるすべてを味わわないとね」


「一度しか言わないからよくきいて、周波数を合わせてくれ」


「もちろん」



「入力周波数は……37564」



「3・7・5・6・4 ね。合わせたよ」


警備員が周波数を合わせた瞬間だった。


メディカルセンターに送られていた地下人間の怒りや絶望。

あらゆる負の感情が一気にただひとりの地上人間の頭につっこまれた。


地上人間であるはずの自分に、地上人間への憎悪が流れ込む。

警備員はすさまじい自己嫌悪にさいなまれた。


「ぎゃあああ!! 殺してやる! 殺してやるーー!!」


壁に頭を打ち付け、最後にはビルの屋上に登ってから飛び降りた。


道路に赤い花が咲いたときに、やっと周波数接続が途切れた。


道を歩く人は一瞬だけぎょっとしたが、

すぐにまた平常の顔に戻って、何食わぬ顔で通り過ぎていった。


「終わった……」


地下に戻ると顔色が良くなった友達がベッドに腰掛けていた。

自分の身に起きたことをなんとなく察している様子だった。


「……何してきたの?」


「こないだのお礼に。病気のもとを断っただけだよ」


俺はそういってごまかした。

元気な友達の顔を見て、嬉しい感情は隠せなかった。

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