第18話 我らが神
気が付くとまたここだ。
夜の闇に浮かぶ十字架の印、六芒星、様々なシンボル。
荘厳なその建物たちも、二度目となると感動は薄い。
「お待ちしておりました」
石畳の上だというのに、少女は裸足で
美しい金の髪に純白の穢れ無き翼。
ああ、今回こそ天使のようだ。
「俺を待つという事は、俺たちの天使様かな」
「はい、姿こそ普遍的な天使ですが」
居るか居ないかもわからなかった天使がこうして現れるとは。
今までの俺の行為が報われた気がすると共に、少し腹が立ってくる。
神の遣いが居るのなら、なぜ俺が手を下す必要があったんだ。
「で、その天使様がなぜ今さら?」
「我らが神は貴方の献身に報いるため、私を遣わされました」
「へぇ」
心底興味は無いが、一度死んだ人間の事まで気を使ってくれるあたり、俺たちの神も捨てたもんじゃないらしい。
右手に隠したナイフをホルスターに収め、跪く天使に一歩近づく。
「具体的にはどう報いてくれるんだい?」
「教義に約束された復活。 貴方には第二の生を約束しましょう」
「『唯一の神である我らが神を崇めよ、教えを全うし天命を果たしたものにのみ復活は与えられん』、か」
「はい、我らが神の教えは絶対ですから」
こんな時でさえ教義の一文がすらすらと出る自分に嫌気がさす。
自分の命が断たれる最後の瞬間、胸に突き立てられたナイフに神を捨てると誓ったのはなんだったのか。
「最後の瞬間、俺は信仰を捨てた筈だが」
「我らが神は貴方を見ておられます。 後悔、軽蔑、絶望。 まだ内に秘められた欲望も」
「欲望?」
なぜこんな神を信じてしまったのか。
神が
その結果がこれか。
前の3つには心当たりがあるが、内に秘めた欲望とは。
もう以前のように、人としての心の働きが感じられない空虚な心にまだ欲望があるというのか。
「神の教えだけで、人がそうも簡単に殺しを行えるでしょうか」
「何を言い出すかと思えば、俺に選択権は無かっただろう?」
この天使が言いたい事はわかった。
教団の言いなりになって神罰の代行を行ってきたこの俺が、喜んで殺人を請け負っていたと言いたいんだろう。
聖職者たちの慈愛に満ちた目が憎悪と軽蔑に満ちたものに変わるあの瞬間。
生ある温かな人の体が肉に変わるあの瞬間。
すがって来た神が自分たちを見放したと、口々に呪いを放つあの瞬間。
頭にこびりついて離れない瞬間の数々がどれだけ俺を苦しめたか。
むしろ、それに喜びを見出せたならどれたけ楽だったか。
「いいえ、手を下したのは貴方です。 他の誰でもありません」
「はは、その通りだ。 では、大人しく教団に殺されていたら良かったと?」
「ええ。 もしそうしていたなら、我らが神は貴方を知らなかった事でしょう」
献身に報いると言っておきながら、知られなければ良かったとは。
やはり神や天使なんてものは自分勝手だ。
人間の事なんてなんとも思ってやしない。
ホルスターから静かにナイフを抜く。
小指に触れる鉄の感触が意識を研ぎ澄ませていく。
神の教えが俺のような人間を作るなら、神や天使なんて居ない方が良い。
「ただのナイフでは無理でしょう」
「返り討ちにするかい?」
「いいえ、こちらをお持ちください」
天使が差し出したのは純白の、闇の中にあってさえ眩しさを感じるような美しい短剣。
手に吸い付き、まるで馴染みの武器であるかのようなその感触は、持つだけでそれが珠玉の逸品である事わからせる。
「これが君の首をはねるとしても?」
「ええ、我らが神のご意思です」
癪に障る。
こんな名品を手にして
これで簡単に天使の首をはねようものなら、俺はまだ我らが神の意のままという事だ。
「じゃあやめだ。 我らが神には従わない」
「そうですか。 ああ、あと一点くれぐれもお忘れなく」
跪いた姿勢のまま天使の顔が上がる。
深い青の瞳が俺を真っすぐに見据えている。
「貴方は近い将来、殺しを行います。 対象はなんであれ、我らが神はそれを祝福する事でしょう」
「ああそうかい、それなら大人しく寝て過ごそう。 幸い、まだ時間はありそうだ」
俺の返事を聞くなり、天使は跪いた姿勢のまま闇の中へ溶けていってしまった。
教会区の明かりが辺りを優しく照らし、降り注ぐ雪をきらきらと輝かせている。
さて、そろそろ時間だろう。
教会区から居住区へと向かう道は、雪の残るとても静かな道だった。
異世界煉獄プルガトリウム Sierra @SierraSSS
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