第一章 品定め

第1話品定め

 勢いで入ってみたはいいが、犬塚は緊張していた。

 内装は思ったよりもずっとしっかりしていたし、可愛い女性と胡散臭い男性にそれはもう丁寧に接客されていたのだ。

 所持金は心ともなく正直冷や汗ダラダラである。


 男性の方は先ほども申し上げた通り、細い眼で胡散臭くどこととなく狐を思わせる風貌である。

 女性はチャイナドレスに身を包みスタイルは良く目はパッチリ、顔のバランスも良く一般的に言うと男性受けする見た目であった。

 しどろもどろする犬塚に対し、男性はこう切り出した。

「こんにちは、ワイの名前は狐日 紺(きつねび こん)と申します。とりあえずあんさんの名前、目的お伺いしてよろしいですか?」

 犬塚はドキッとした。どう答えたらいいかわからなかったのである。看板、張り紙の字が頭の中で駆け巡る。


「じゅ、授業員募集をみて来訪いたしました。」

 とっさに出た言葉がそれであった。

 狐日は一拍考えたのち、

「ほな、テストをさせていただきます。」

と簡潔に言った。

 女性に耳打ちをした後、しばらくして事務所の奥から持ってきたのは透明な水晶玉に繋がれた電子機器であった。

「この水晶に30秒ほど手を振れたらテストは終了です。」

 男性はこともなげに言った。


 パッと見て何の変哲のない電子機器に繋がれた水晶玉である。しかし、この期に及んで四の五の言っている場合ではないのである。意を決して水晶玉に手を乗せるしかなかったのである。最初は手のひらに冷たさをもたらしていた水晶玉も徐々に手の温度に馴染み触れているという事しかわからなくなってきた頃、狐日は告げた。

「合格。」

 その時の顔は目を細め、口の両端を上げまさしく狐みたいだと犬塚は思ったのである。


「おめでとさーん!あんさん合格や!いきなり来てよお、やりはりますなぁ!!」

 一拍置いてテンションを二段階を程上げて狐日は叫んだ。

「今更やけど履歴書はある?なかったらサラのがあったはずやからここで書く?」

 テンションが上がったまま話は進んでいく。その様子に犬塚は目を白黒させるしかなかった。そんな狐日の頭をお盆が叩く。

「紺さん、落ち着いて。」

 言葉少なくも彼を正気に戻したのは彼のそばにずっといた女性だった。

「せ、せやな。まあ少しばかりくつろいで行ってや。必要書類は迅速に手配したるから。」

 頭を押さえてはいるが、丁寧に狐日は言葉を紡いでいく。そして奥にある引き出しでいろいろ準備をし始めた。

「そういば。私の名前は猫村 藍(ねこむら あい)、これからここで働くのならばよろしく。」

 女性はそう端的に告げると、事務所の奥へと引っ込んでいった。

 その後、犬塚は書類に記載していくうちにある事実に気付いた。自分は住所不定ではないかと。

 住所欄に記載するのをためらっているとそれを見計らったように狐日は言った。

「もしかしてあんさん、住むとこないかったりするー?」

 その言葉にうなづくしかなかった。

「ほな、この上の階に住めばええで。いくつか部屋なら余ってるし、まかないつきや。」

 朗らかな笑顔のまま告げられた言葉を訝しむしかなかった。

 タコ部屋?このまま寝たところをモツ抜かれる??コンビニで見た都市伝説じみたブラックな話が頭の中を駆け巡った。

 しかし、このまま野垂れ死にしてしまうのとどう違うのか、という文言が脳裏に浮かんだ末に出た言葉が

「宜しくお願いします。」

だった。正直どんな顔をしていたのかは彼は覚えていない。


かくして、犬塚透は胡散臭い仕事に就くことになったのである。

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本日も晴天なり 卯鮫正信 @usame_masanobu

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