第66話 人間観察をしよう その2

 ハチ公口に続く階段を登っていくと、徐々に人が増えていった。

 潰れたのか閉鎖したのかわからないが、店があったであろう場所には白い壁が張り巡らされている。

 RPGでいえば、この先へは序盤は入ることができなくて、中盤の終わりあたりから道が開けるはずだ。

 この先には重要なアイテムが眠っていて、これがラスボスを倒すことに繋がるのだ。

 と、それは本題ではなかった。

 城壁のように連なる白い壁の前は、多くの人が待ち合わせ場所として使用している。

 ざっと見た感じ若者が多く、ほとんどがスマホを触っている。

 もう少し端の方、宝くじが売っている方では、二人組の男がウロウロしていた。

 一人はハンドカメラを構えていて、もう一人は軽薄そうな開襟の柄シャツに、金に近い茶髪。

 キョロキョロと辺りを見回したあと、近場に立っていた二人組の女子に声をかける。

 おそらく、動画を撮っているのだ。

 階段を背にして右手へ歩くと、ハチ公が目に入った。

 やはり、こちらにも多くの人が並んでいる。

 年齢層は少し上がり、銀色の輪を描くベンチに座っている。

 肝心のハチ公はというと、外国人の撮影スポットと化していた。


「まぁ、土日よりはまだ空いてるな」

「今の時間帯だと大学生っぽい人が多いですね。誰にしましょうか?」

「やっぱり学生が多いなら学生に……あっ、あの人はどうだ?」


 俺が指さしたのは学生ではなく、恰幅の良い中年男性だった。

 どうして彼かというと、平日の昼間なのに、私服だからだ。

 別に、平日は会社に行けとか、スーツを着ろとか言っているわけではない。

 ただ、白い丸首のシャツにピンクのシャツをさらりと羽織った男性が、もしかしたら「普通」とは違う目的を持っているのではないかと、薄らと思ったからだ。


「スクランブル交差点に立ってる人ですね。そんなに急いでいる様子もないですし、追ってみましょう」


 俺の意図を読んでくれたようだ。

 さらに、この時点で俺よりも深い次元で観察をしている。

 三上の言う通りで、男は足先をパタつかせることもなく、時折暑そうに太陽を眺めるくらいで、焦ってはいない。

 スクランブル交差点の信号が青になった時もそうだ。

 彼はゆっくりと歩き出した。

 ……とはいえ、この交差点でスタートダッシュを決める人間は急いでいるというよりも、ただ目立ちたがりな気がするけどな。

 男は交差点を渡り切ると、そのまままっすぐセンター街へ入って行った。

 路上の客引きを注意するアナウンスを聞きながら、見失わないように目を凝らす。

 初夏の暑さを和らげようと優しい風が吹いていて、男のシャツをふんわりと持ち上げる。

 男は直進し、途中で一度、右に曲がる。


「ラフトに買い物に行くのかもしれないな」

「色々売ってますもんね」

「この間なんて、個人用のサウナが売ってたからな。普通にあの中に住んでみたい」

「狭いところ好きですもんね」


 未だ少年の心が抜けていないのか、秘密基地とか狭い場所に心を奪われてしまうのだ。

 1番わかりやすいのがトイレだな。

 あの独特な空間、自分の家だからこそ落ち着けることも相まって、最高に居心地がいい。

 昔、トイレに長々と引きこもってゲームをしていたら、心配した母親に扉を叩かれたことがあったのを思い出した。

 それは良いとして、俺たちの予想通り、男はラフトへ歩いていく。

 だが、あとは階段を降りて文具から見るか、地上階から入るだけだというのに、男は坂で立ち止まってしまう。

 ポケットから大きめのスマホを出し、左右に傾けながら首を傾げている。


「……もしかして、迷ってるのかな?」

「みたいですね。地図のアプリで方向を確認してるみたいです」

「ちょっと行ってみるか」


 二人で男に声をかけてみる。

 男は俺たちの存在に一瞬驚いていたが、すぐに意図を理解したようで、スマホを渡してくれた。

 彼が探しているのは、代々木公園の近くのビルだった。

 目的地まで案内すると言うと、男は申し訳なさそうだが嬉しそうに額を拭い、礼を言う。

 その時間はおよそ10分にも満たなかったが、彼はいろいろなことを教えてくれた。

 なんでも、ビルにテナントを借りているらしく、そこでフルーツサンドの店をオープンするらしい。

 開店はまだ先だが、自分が商売をする街の様子を下見に来たのだ。


「本当にありがとう。今年中にはオープンする予定だから、ぜひ来てください。サービスしますよ」


 探していたビルに辿り着くと、男はそう告げて去っていった。


「……普通に人助けになっちゃったな」

「そうですね。あ、ちょっとメモを取ってもいいですか?」

「もちろん」


 三上ほどの鋭い洞察力の持ち主なら、道案内からでさえも何か得ているかもしれない。

 彼女がペンを置いた時、質問してみることにした。


「なんて書いたんだ?」

「えっと……『ラフトに個人用のサウナが売っていた』です」

「あ、そこなんだ……?」


 最近若い女子の間でサウナが流行っているようだし、三上も興味があるのかもしれないな。

 

 

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