(4)
☆ ☆ ☆
まじで勘弁してくれ…………
そう内心でぼやいた俺は決して間違っていないはずだ。
選択肢を間違えればバッドエンド。しかも、ヒロイン(プレイヤー)が死んでThe Endとか、滅茶苦茶が過ぎるだろ。
もちろんわかってはいる。
これはゲームだからこそできる残酷で横暴なストーリー展開だってことくらいは。
なんせ、どれだけ選択肢を間違えようが、どれだけバッドエンドになろうが、リアルではない架空世界――――ゲームである以上、お気軽にリセットボタンを押すことができるのだから。
それこそプレイヤー自身がこのゲームに挫折するか、飽きるかするまでは何度でも………
だが、この世界はそうではない。
転生者である俺が言っても、何の説得力もないかもしれないが、この世界に生きる人間にとってここはリアルな世界だ。
たとえ、あの馬鹿シエルが前世の愛梨が好んでいたゲームをそのまま異次元に繋げ、ほとんど力業で構築したものであろうとも。
つまり、下手をすれば(選択を間違えれば)、悪役令嬢となってしまった愛梨よりも先に、ヒロインである俺が死ぬことも十分にあり得るわけで……………………
ふざけるなッ!
――――――という話てある。
なんならこの乙女ゲームの製作者やら、恩を仇で返しやがったシエルに恨み言の一つや二つや三つ…………いや、叶うことなら恨み言などでは済まさず、本気で呪ってやりたいところだ。未来永劫末代に至るまで。
冗談ではなく真剣に。
だが、今はそんなことを嘆いていても仕方がない。
『いやいや、嘘はあかんで!アレは嘆いてるとは言わんからな!むしろ全力で呪おうとしてたからな!ってゆーか、絶対にやる(殺る)つもりやった!目が真剣やった!』
などと、今にもシエルの声が聞こえてきそうだが(実際に何度も言われて耳にタコだが)、まぁそれは今ではない。
時期を見て、追々に………愛梨ことアイリスの死亡フラグをすべてへし折り、この世界で確実に
それまでは精々利用させて……いや、色々と協力してもらうつもりでいる。
誠に遺憾で、不本意ながら。
まぁ、それはさておきてある。
あの日、あれから愛梨は酷く落ち込み、今日はこのまま休ませて欲しいと部屋に籠ってしまった。
そりゃそうだろう。
なんせお茶会で毒を盛られ、そのせいで(おかげで?)前世の記憶を思い出し、さらには前世の自分がハマっていた乙女ゲームの悪役令嬢に転生していることを知り、よりにもよってライバルとなるヒロインに前世の義弟(俺)がなっているのだから、情報過多にもほどがある。
すぐに全部を飲み込めという方が酷な話だろう。
だが、最初こそ動揺、混乱していたものの、愛梨は自分が悪役令嬢であることを諦念とともに受け入れていた。
おそらく前世でそういったライトノベルが流行っていたせいもあるのかもしれない。
ま、俺自身それを読んだこともないが、耳が付いている以上、勝手に情報として頭に入っていたこともあり、なるほど……コレが話に聞くアレなのか……などと、我が身に降りかかった時に無理やりそう理解したくらいだ(もちろん納得は欠片もしていないが)。だからきっと、愛梨も当たらずとも遠からずといったところだったのだろう。
が、それよりもだ。
愛梨は自分が悪役令嬢であり、死亡必至のキャラであることよりも、ヒロインである俺の死の方をよっぽど恐れているようだった。
まったく、悪役令嬢に転生しようとも安定がすぎるくらいのお人好しぶりだ。
自分の死亡フラグは半ば諦めて、なんなら笑い話のように話してくるくせに、話が俺のことになると、途端悲壮となる。
まるでこの世の終わりのような顔をして…………
確かに、先に述べた通り『ふざけるなッ!』とは、心底真剣に思ってはいる。実際あの後、そこへ直れとばかりにシエルへと詰め寄り、相手の趣味趣向に合わせたとはいえ、その内容をよく知りもしないで無闇矢鱈にホイホイ適当な世界に転生させるな!と、膝詰めでこんこんと説教兼文句を垂れ続けたのも当然のことだろう。
だが、実を言えば、俺自身に愛梨ほどの悲壮感はなかったりする。
これは予感というか、この世界で転生者としてずっと生きてきた先輩としての経験値からくる確信めいたものなのだが、ヒロインである俺はそう簡単には死なないのではないか――――と、思うのだ。
簡単に言えば、どんな物語でも取り敢えずラストまでは(ラスボスを倒すまでは)、“主人公は死なず”という不文律のようなものがある。
もちろんそれをぶっ壊してくるモノも中にはあるが(目前に迫った締切に荒ぶった作者の暴挙とか、大人の事実とやらを引っ提げた編集者と出版社による血も涙もない打ち切りとか)、非常に稀である(たぶん)。
主人公がいなければゲームが進まないのは世の常であり、必定。
まぁ、楽観がすぎるかもしれないが、ラストまでは殺してもほぼ死なないヒロイン(主人公)特権を今使わずしていつ使う!ということで、俺自身は愛梨ほど深刻には考えてはいない。
もしもヒロインである俺が、この世界に消されるようなことがあるとすれば、それはきっと――――――――――
いや、今それを考えるのはやめておこう。
それよりも今考えるべきことは、これから俺たちが進もうとするルートの先にいる真犯人のことだ。
正直言って、愛梨の話は驚きしかなかった。
あの早見表に整然と並べられた内容はさることながら、それ以上に驚いたのは、今の俺が知ってる現実との齟齬についてである。
その最たるものの一つが、王太子ルートの真犯人とされるシャーリー・ノウマン侯爵令嬢のことで――――――
どうやらゲームの設定では、愛梨――――アイリスと
なるほど。
シャーリー、やはりそもそもが(ゲームの設定上)苛烈だったんだな…………
などと、思ってしまうのは、俺の知る今のシャーリーもまたそれなりに喜怒哀楽の激しい、暴走特急のような、猪突猛進の性格をしているからだ。うん、だからそこは否定しない。というか、できない。非常に残念ながら。
だが今現在、彼女が溺れるように心酔し、身も心も捧げんばかりの対象(被害者)は、麗しき王太子殿下などではなく――――――――
「カレン隊長!聞いてくださいませ!殿下ったら、アイリス様のクラスに部外者立入り禁止令を出した上に、結界まで張ってしまわれたのですのよ!これでは我が愛しのアイリス様に会いに行けないではないですかッ!わたくしはアイリス様親衛隊の副隊長でありますのに!ここはアイリス様親衛隊隊長として、カレン様がどうにかしてくださいませッ!今すぐに!」
貴族云々関係なく、一般常識としての朝の挨拶をもすっ飛ばし、猛牛の如く教室に乗り込んできた女子生徒。
この、少々つり上がったダークブルーの目をさらに鋭くさせ、見事な縦ロールの亜麻色の髪を蛇に変えん勢いでそう捲し立ててきた女子生徒こそ、王太子ルートの真犯人(となっている)、シャーリー・ノウマン侯爵令嬢である。
但し今は、王太子など目もくれず、アイリスに傾倒し、身命を賭してアイリス親衛隊副隊長の任に励んでいるが
そんなシャーリーを、俺ことカレンが清々しい朝にそぐわぬほどの盛大なため息を吐きつつ出迎えた。
もちろん、朝からうるさい!という意思表示と、なんとかできるならもうとっくにしてる!という意味もたっぷり込めて、だ。
そう、今の俺はヒロインであるカレンの姿で、学園の一生徒として教室に座っている。
本来ならこの時間も、アイリスの大親友として、または親衛隊隊長として、ついでに護衛も兼ねて、べったりとアイリスに張り付いているのだが、毒殺未遂事件のせいでアイリスの婚約者である王太子の心配性が過剰発動し、これ幸いとばかりにクラスが違うという理由でカレンまで弾き出されてしまっているといった具合だ。
もちろんアイリスの側には護衛騎士のレインに扮するシエルがいる。いさとなれば、シエルが俺を呼ぶだろうし、結界もその気になればいつでも破れる。だから問題はない。
そうでなければ、朝っぱらから一人教室で、こんなにも鬱々とした暗黒オーラを漂わせながら考え事などしたりしない。
せっかくアイリスの中で、俺の愛梨が覚醒したというのに、まったくもって冗談ではない。
はっきり言って、王太子、うざい!邪魔!今すぐ消えろ!ついでに婚約を解消してしまえ!と、心底罵りたいくらいだ。いや、実際にそれに近い言葉は、直接吐き出してきた。つい今しがた。
もちろん、なんとか男爵令嬢としての品位をギリギリ損なわない程度の言葉には変換させてはいたが。
まぁこれはあの時、アイリスのために今すぐ犯人を見つけてこい!と、体よく部屋から追い出した意趣返しでもあるのだろう。
チッ!王太子のくせに恨みがましく狭量な奴め!
だいたいこうなったのも、犯人を見つけられなかったお前自身の不徳の致すところだろうが!
――――とも思うが、あの早見表を見た後となっては、犯人候補やら実行犯候補やらが多すぎて仕方がない気も……しないでもない(一億歩譲って)。
ただこの時点で言えることは、王太子ルートの真犯人であるシャーリー・ノウマン侯爵令嬢だけは、あの早見表から早々に名前を消しても問題はないだろうということだ。
なにしろ――――――――
「カレン隊長、ちゃんと聞いてらっしゃいます?何を呑気に朝から教室で黄昏れていらっしゃるんですか!いいですか!わたくしたちはあのアイリス様の…………この世のものとは思えぬほどに美しくありながら、さらには天使のように愛らしく、可憐で、純真な、あのアイリス様より、直々に認められたこの世界で唯一の公式の親衛隊なのですよ!その親衛隊の隊長たる貴女様が王太子殿下なんぞに屈してどうするのですか!今すぐにわたくしをアイリス様に会えるようにしてくださいませ!もう心配で心配で、胸が張り裂けそうで、授業どころではありませんわ!」
とまぁ、こんな感じで、アイリスを殺すより、アイリスに近づく不届き者たちを抹殺して回りそうなほどのアイリス信奉者なのだ。
おかげでゲームとの齟齬がありすぎて、混乱の極みである。
ただその混乱の元凶は、十中八九、親衛隊をつくった俺のせいなんだろうけれど。
いやいや、それにしても――――――だ。
乙女ゲームでは、恋敵てあるアイリスを殺してしまうほどに、それはもう一途に王太子に惚れ込んでいたというのに(俺はゲームをやってないからよくは知らないけど)、今や完全に不敬の塊となっている。
もちろんここは隊長として窘めてるべきところなのかもしれないが、人のことはまったく言えないので(もはやヒロインなんかやってる俺の存在自体が不敬なので)、ここはいつものように聞き流す一択だ。
だが、これだけは言っておかなければならないと、不機嫌さをヒロインご令嬢モードで綺麗に隠して、徐に口を開く。
「おはようございます、シャーリー様。お気持ちは私も同じ。朝からアイリス様に会うことが叶わず、とても心配でずっと気分が優れませんの。もちろん殿下にはしっかりと抗議を入れさせて頂きましたわ。我々親衛隊は決して部外者ではないと。ただアイリス様が、何者かに狙われたことも事実。アイリス様の護りは、殿下と護衛騎士のレイン様にお任せして、私たちは事件解明のために親衛隊としてできる限りのことを致しましょう。それとシャーリー様、再三にわたり申し上げてきましたが、公の場での“隊長”呼びは控えていただけると嬉しいですわ」
そう告げて、にっこりと笑う。
うん、我ながら頑張ったほうだと思う。っていうか、いい加減この口調で話すことに諦念による慣れを感じてはいるが、内心鳥肌となるのはどうしようもない。これはまさしく生理的嫌悪感だ。
ほんとゲームの強制力め、いつかこの手でぶった切ってやる。
しかし、目の前のシャーリーは、俺の内情など知る由もなく、これまた何度も聞かされた持論を怒涛の如く始めた。
「事件解明は至極当然のこと。言われるまでもありませんわ!それにカレン隊長、何を寝ぼけたことを仰っているんですか!アイリス様親衛隊の皆にとって、親衛隊での称号こそ、己の価値そのもの!己の力とアイリス様への深い想いで勝ち取った尊きものなのです!誇ってこそのこの称号!何を隠すことがございましょうか!もし万が一でもカレン隊長が“隊長”呼びを恥ずかしいなどとお思いなら、今すぐ返上なさってはいかがかしら。わたくしが喜んでその称号を引き継ぎ、立派にアイリス様の尊さを世界中に流布して参りますわ。あと、お言葉ですが、わたしくだって、公の場くらい心得ておりますのよ。今ここで呼ぶことに何か問題がごさいまして?あるわけございませんよねぇ。だいたいカレン隊長は――――――」
いやいやちょっと待て!問題大有りだろう!いやその前に、“隊長”は称号ではなく役職だ!まぁ、確かに名誉ある役職ではあるけれども。
それに、お前の“公の場”の定義について思っきり問いたい!学園の教室は公の場に含まれないのか!
そもそも、とあるアイリス主催のお茶会で、王太子の婚約者であるアイリスを陥れようとしていたところを失敗して、逆に返り討ちに合うどころか天使対応で助けられ、うっかりアイリスの沼に嵌まっただけのくせに、そのお前が威張って言うな!
誰が“隊長”を譲るか!
アイリスは……愛梨は誰にも渡さん!
当然王太子にもだ!
……………と、言ってやりたい。が、言えない。
もちろん怖くて言えないんじゃない。ただただ口が挟めないだけだ。
「――――――って、聞いてらっしゃいますの、カレン隊長!」
「はい!シャーリー副隊長!」
反射的にそう返してしまった俺に、シャーリーがニンマリと笑った。
クソッ!してやられた感満載だ。
実際は、ただ勢いに呑まれただけだが。
それでも、自分の阿呆さ加減に項垂れながら、内心でも頭を抱え込む。
う〜ん…………
シャーリーは真犯人枠から消えるとしても、この世界はまじで齟齬がありすぎる(自分で蒔きに蒔いた種だけれど)。
あぁほんと、前途多難すぎる…………
悪役令嬢に転生した姉は、ヒロイン(♂)に転生した義弟と全ルート死亡確定を全力で回避します! 星澄 @hozumi-mietan
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