(3)

 ここからはサクサクッと表を仕上げていくことにする。

 前世の記憶を引っ張り出しながら、無言で黙々と。

 その理由は、エリック王太子ルートを大まかに語っただけで、護衛騎士レインの姿になっている(戻っている)蓮も、その蓮に代わり、今はこの世界のヒロインであるカレンに変じているシエルも、そして悪役令嬢アイリスに転生してしまった私も、すでに疲労困憊だからだ。

 主に精神的な方面で。

 わかっていた。

 それはもう十分過ぎるほどわかっていたことだけれど、前世の自分が好んでやっていた乙女ゲームの悪役キャラとはいえ、とにかくその設定が色々と酷い。

 そりゃいつか誰かに殺されて当然だよ………と、大いに納得できてしまえるほどの醜悪な人間性といい、恨まれてナンボとばかりに、殺しても飽き足りないと恨む人々の生産能力というか、増幅力が本当に酷い。

 というか、そもそもの話、ねぇ、私生活で何か嫌なことでもありました?と、思わず問い詰めなくなるほどの、この乙女ゲーム制作者の悪役キャラに対する悪意というか、殺意というか、憎しみすら感じる盛り方が酷い。

 そして何より、その悪役キャラ――――――悪役令嬢に転生している事実が本当に辛い。

 なんなら匙――――もとい、手にしている羽根ペンを投げ出し、全力で現実逃避を図りたくなるほどに。

 しかしここは、“現実直視こそ死亡回避の鍵”と、スローガンのように掲げ(内心で)、それを呪文のように唱えつつ(内心で)、一先ず表を仕上げることに専心する。

 明らかにドン引きしている蓮とシエルに半眼で見守られながら(呆れられながら)。

 そして仕上がったのは、悪役令嬢各ルート別死亡一覧なる一表。

 仕上がった達成感よりも、虚しさというか脱力感しかないのは、おそらく私の気のせいではないはずだ。

 そして、これまた出来上がった表の中身がなんとも酷い。

 一表となり、一目瞭然となったが故に、益々浮き彫りとなる私ことアイリスに対しての救いのなさ。

 自分で作っておいて何だけど、このまま突っ伏して泣いてしまいたい………と、切に思う。いや、もうこのまま部屋に引き籠っておいおいと泣かせて欲しい。

 何ならその方がむしろ、私の生存確率がグッと跳ね上がるかもしれない。

 完全なる引籠りとなって、皆の記憶から悪役令嬢アイリスの存在を消し去ったほうが…………

 そんな人、いましたっけ?というくらいのレベルまで。

 うん、これはなかなかの名案だわ。もしかしたら迷案の方かもしれないけれど。

 でも、やってみる価値はあるかもしれない。その時点で、公爵令嬢としての華々しい未来は確実に終わるけれど、命が終わるよりかはずっといい。

 なんと言っても、命あっての物種。

 花より団子。

 元より私は団子派だ。

 けれど、一つだけ問題がある。

 大きな障害とでも言うべきか。

 そう、この世界の強制力ってやつである。

 “時の神”の使い魔であるシエルの恩返しで為された私と蓮の(有難迷惑、恩を仇で返されたような)異世界転生。

 前世の私の義弟――――蓮はよりにもよってこの世界のヒロインであるカレンに転生したものの、前世の性別と記憶をしっかり受け継いだために立派な男の子として生まれた。いや、生まれてしまった。

 そう、ヒロインが男として生まれるという大惨事である。

 しかしこの世界は、ヒロインの異世界転生による性転換(言い方!)を黙って見過ごすことなく、そう来るならこうだ!とばかりに、蓮に過酷な運命を背負わせ、自分は女の子だと周囲を欺きながら生きるしかない強引な修正をかけてきた。

 新たなヒロインを別に擁立するのではなく、そっちが性転換でくるなら(だから言い方!)、こっちは性別詐称で対抗してやる!とばかりに。

 ここまで来ると、ゲーム制作者の執念のようなものを感じる。

 何が何でもオリジナルキャストで乙女ゲームを成立させてやるぞ!的な。

 ひぃいぃぃぃぃぃぃぃぃッ!

 なんて恐ろしいほどの執念。

 身の毛がよだつとはまさにこのことである。

 でも、そうなると、だ。

 対岸の火事などではなく、明日は我が身。

 たとえ私が引き籠もりに転じたところで、だったら密室で殺してやろうじゃないかと、密室殺人事件の被害者まっしぐら、なんてことになりかねない。いや、ならやる。っていうか、絶対にしてくる!確実にだ!

 触らぬ神に祟りなし――――とはがりに大人しく引き籠もろうとしても、神の方から率先して触りにくるという無慈悲な所業。

 

 ハハハ……一体何?

 折っても折ってもどこぞのホラー映画のゾンビの如く湧き立つ死亡フラグは…………


 ――――――などと、自作の表を見ながら(もちろん遠い目で)つらつらと考えていると、「姉さん、説明」と、蓮の声が容赦なく私を現実へと引き戻した。

 うぅ、辛い。

 っていうか、これに説明いる?

(前世の)姉が恥を忍んで書いたというのに、さらに生き恥を晒せと!?

 だいたい見ればわかるでしょ!

 アイリスがどのルートで、いつ、誰に、どうやって殺されるか。その時の真犯人と実行役まで詳細に記した完璧な表よ!(自画自賛)

 私の記憶力の賜物であると同時に(ゲームのやり込み度ともいう)、この乙女ゲームにどハマりしていたというちょっとした前世の黒歴史の暴露でもあるんですけど!何か!?

 うん、だからそこは、武士の情けならぬ、義弟の情けで、そっとしておいて頂戴!

 ――――――なんてことを、それはもう、親の仇を見るかのような目で、各ルート別アイリス死亡早見表(正式に命名)を睨みつけている蓮に言い返せるわけもなく、中身が庶民の私にとってはふかふかしすぎてむしろ落ち着かない上等すぎるソファに、姿勢正しく座り直した。

 

 うん、これは立派な針の筵だ………… 



☆王太子ルート

〈毒殺未遂事件犯人〉キッチンメイド

〈殺害実行犯〉殺し屋

〈いつ〉学園祭イベント“トランプ合わせ”

〈場所〉学園内庭園

〈死亡原因〉刺殺

〈真犯人〉シャーリー・ノウマン侯爵令嬢


☆騎士団長子息ルート

〈毒殺未遂事件犯人〉子爵家侍従

〈殺害実行犯〉子爵侍従・侍女双子姉弟

〈いつ〉学園祭イベント“宝探し”

〈場所〉学園内庭園奥にある物置小屋

〈死亡原因〉拉致監禁後闇魔法による呪死

〈真犯人〉子爵家当主クライブ・オーガスト


☆留学生隣国第二王子ルート

〈毒殺未遂事件〉毒見係

〈殺害実行犯〉隣国王子護衛騎士ローウェン

〈いつ〉学園祭後夜祭

〈場所〉屋上

〈死亡原因〉氷魔法による凍死

〈真犯人〉隣国王子護衛騎士ローウェン


☆公爵家嫡男ルート

〈毒殺未遂事件〉公爵令嬢フィオナ

〈殺害実行犯〉庭師

〈いつ〉学園祭イベント“迷路”

〈場所〉学園内庭園

〈死亡原因〉絞殺

〈真犯人〉公爵令嬢フィオナ


☆王太子専属護衛騎士ルート

〈毒殺未遂事件〉料理人

〈殺害実行犯〉給仕(ハートレイ伯爵家の者)

〈いつ〉王宮舞踏会

〈場所〉王宮

〈死亡原因〉毒殺

〈真犯人〉シルビア・ハートレイ伯爵令嬢


☆アイリス(隠し)ルート

 すべて不明



「――――――えぇ〜っと、まぁ…………一表にすると大体こんな感じでございまして、ご覧の通り王太子ルート同様、アイリスはどのルートでも誰彼構わず憎まれているので、必ずしも真犯人と殺害実行犯が一緒ではございません。ここが死亡回避の重要なポイントとなるかと思われます。はい…………そ、それとですね、殺し屋などを雇うケースや、計画的犯行ではなく、衝動的にうっかり殺されてしまうパターンもあるので、正直予想が立てにくく、学園内でも、寮でも、王宮でも、常に命を狙われていると考え、対策を講じたほうがいいでしょう。また、ゲームの強制力がどのように働くかは完全に未知の領域です。これに関しては、その都度対応するしかないかと………………」

 自分で自分の(ゲーム上のアイリスの)恨まれ具合やら死亡内容を話しながら、一体これは何のプレゼンだ!と、その場で頭を抱えて嘆きたくなる。

 しかも前世の義弟相手に、口調までついついプレゼン仕様。

 己の小心者加減が半端ない。

 そんな私の説明をキリのいいところまで聞き終えると、蓮は眉間に深い渓谷を築きつつ、表に書かれたある項目を指差した。

「この表によると、姉さんの死亡確率がやたら高くなる学園祭イベントにさ、“トランプ合わせ”やら“宝探し”やら“迷路”やらって書いてるけど、各ルートによって発生するイベントの内容が違うっこと?」 

「そ、そうよ。あくまでも乙女ゲーム上では学園祭のイベントが三択となっていて、そこから一つ選ぶことになるの。それがこの“トランプ合わせ”と“宝物探し”と“迷路”よ。まぁ、好感度アップさせるためのカップル向けのイベントってところね」

「あぁ、そう言えば……今度の学園祭のイベントで何をするか、アンケートを取るとかなんとか生徒会の連中が言ってたな」

「言うてた言うてた。あの王太子がそんなこと言っとったで。集めたアンケートの中から、生徒会が候補を三つにしぼって、最終的に全学園生徒の投票によって決めるとかなんとかって………だから当日は婚約者同士、一緒に回ろうとかアイリスに言いに来とったで」

 蓮に続いてシエルがうんうんと頷き、さらに何かを思い出したらしく、うげっと顔を顰めた。にもかかわらず、ヒロインの可愛さはまったく損なわれなかったことに、もはや尊敬と感心しか覚えない。

 けれど、そんな顔となった意味がわからず、どうしたの?と、首を傾げれば、「いやな、そん時あの王太子がわざわざアイリスの手を握ってやな、無駄にぐいぐい迫ってきたのをつい思い出してもうてな…………」などと、シエルは悪寒が走ったかのように身震いした。

 もちろんカレンの姿で。

 たとえ中身が残念口調のシエルでもなのその。

 さすがヒロイン。ただただ可愛いだけである。

 しかしだ。

 ちょっと待ってほしい。

 迫られたのは、ヒロインのカレンではなく、よりにもよって悪役令嬢のアイリス。

 そんなことあるはずない……と、正しい乙女ゲームの設定を頭に思い浮かべたところで、早々にあることに気づく。

 あ…………そっか。

 たぶんその話って、毒殺未遂事件の前だし、まだカレンの癒しのギフトが覚醒してなかった頃だ。謂わば、乙女ゲーム開始前………

 それに一応婚約者同士だし、義理で誘わないこともないこともないか………

 と、自分なりの納得を得て、なるほどね、嫌いな婚約者を義理とはいえ誘うなんて、さすが王太子殿下は紳士だわ……と、苦笑とともに一つ息を吐く。

 けれどそれも束の間。とある記憶が怒涛の如く蘇り、納得したばかりの考えを根こそぎ奪っていく。

 いやいやいや、そうじゃないから!

 蓮がつくった親衛隊とかのせいで、乙女ゲームの相関図がすでに崩壊してるから!

 確か……私の記憶が正しければ………王太子殿下はアイリスを嫌うどころか、溺愛してるとか言ってなかったっけ?

 溺愛?嫌悪でもなく、憎悪でもなく、溺愛?

 何?そのふざけた展開……

 冗談が過ぎるんですけど。

 いや、ほんと……私……そんな……絶対に無理だからね!

 あんなキラキラ王太子に迫られるとか、それこそ死亡案件でしかないからね!

 シエルの衝撃の追想を受け、茹でタコ真っ青の茹で上がり具合で真っ赤になった私に、「姉さん、落ち着け」と、蓮の冷ややかな声がかけられる。

 そしてその声は、さらに地を這うようにしてシエルへと向かった。

「で、シエル。もちろんお前はその王太子害虫を排除したんだよな?」

「お、おう!ちゃんとやったで!レインの血も涙もない特訓通り、射殺さんばかりの無言の圧を、これでもか!ってばかりにかけてやったで!」

「ほう、それで?」

「そしたらすぐに、アイリスの手を放して、逃げるようにして立ち去っていきよったわ!どや!」

 シエルさん……可憐なるヒロイン顔を使ってのそのドヤ顔は如何なものかと思うのですが…………というか、『どや!』って、口に出して言っちゃってますしね。

 ま、ヒロインは何しても可愛いですけれども!

 そして蓮さん……この国の王太子を害虫扱いするのはやめましょう。考えるまでもなく不敬罪です。

 しかし、ウチの護衛騎士兼親衛隊長はまったく気にしないようで――――――

「まぁいい。王太子害虫のことはいつか念入りに、徹底的に、憂い一つ残さず灰燼に帰すとして、一先ず話を戻すけど…………姉さん、ゲーム上での学園祭イベントは、プレイヤーの選択で決まるってことでいい?」

 いや、だから、王太子を灰燼に帰しちゃダメでしょう…………と、内心で突っ込みを入れつつも、賢明な(我が身可愛い)私は「そ、その通りよ」とだけ、絞り出すようにして返す。

 すると、一度考え込むようにして、蓮が改めて早見表に視線を落とした。しかしすぐに私へと琥珀色の瞳を据える。

 未だ見馴れないこの世界の蓮。

 ヒロインと同じ琥珀色の瞳は、甘い飴色にもなれば、澄んだ黄金色にもなる。

 けれど、これだけは変わらない。

 まっすぐに私を捉えて、いつだってすべてを見透かすようで――――――

 

 ドクンッ……

 

 心臓が身体の内から蹴破るように強く打つ。

 前世でも時折あった。

 大抵がこうして蓮に見つめられた時だ。

 何を求められているのか、何を返したらいいのか、その答えがわからずに、いつも私は曖昧に笑って誤魔化し、そっと目を逸らしていた。

 ほんと姉として不甲斐ない。

 でも今は………………

 この世界の蓮に不慣れなせいだとわかっている。

 わかっていても、目を逸らしたくなるのは、ただただこの状況が居た堪れないからだ。

 うん、そうに違いない。

 それ以外の理由などあるはずがない。


 あぁ……やっぱり針の筵が過ぎる。


 ――――なんて泣き言を内心で零していると、蓮が探るように私を見つめたまま質問を重ねてきた。

「ねぇ、姉さん………王太子ルートでは“トランプ合わせ”、騎士団長子息ルートでは“宝物探し”、公爵家嫡男ルートでは“迷路”をプレイヤー…………つまりヒロインが選んだ事により、悪役令嬢アイリスは殺された。だったら、それぞれのルートで違う選択肢を選んだ場合はどうなるの?」

「えっ…………」 

「そや!それや!その選択肢を選んだせいでアイリスが死んだんなら、違う選択肢を選べは生き残れるっちゅうことや!」

 シエルの嬉々とした声に、咄嗟に『違う!』と脳内で叫んでいた。

 私は自分のことばかりで大事なことを忘れていた。

 いや、ここが乙女ゲームの世界であることを認め、理解していたはずなのに、すっかりある事を失念していた。


 ゲームの世界だからこそ起こり得る残酷さを―――――


 そう、イベントは選択できる。

 でも、正しい選択は常に一つしか用意されていない。

 もちろん数多ある乙女ゲームがすべてそういうわけじゃない。

 ただサスペンス要素も含むこの乙女ゲームでは、そうなっているだけだ。

 しかし、それが何を意味するのか。

 プレイヤー――――つまり、この世界におけるヒロインが、その選択を間違うということは、どういうことなのか。

 

 それすなわち――――――――


 

「そうじゃないわ、シエル。間違った選択の先にあるのはバッドエンド。



 ――――――ヒロインが死んでThe Endよ」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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