第2話 アンドロイドなゾンビちゃん(哲学的)の幸福
「……」
「……」
「……ふーむ」
「なによ」
「いやいや、レプリカじゃない本物の桜を見に行きたい、なんてさ、ずいぶん風流だなって」
「いいでしょ、別に」
「乙女チックと言ってもいい」
「……い、いいでしょ」
「いいよ。似合ってる、すごく」
「……」
「似合ってるけど、なんか浮かない顔だね。どうしたの」
「いや、その……」
「……」
「……さっきは、変なこと言っちゃって……悪かったなって」
「ああ、まだ気にしてるんだ」
「……」
「まあ、そういうところも君らしいんだけどね。その後の具合はどう?」
「……なにも変わった感じがしない。一瞬で終わってたし」
「ね、まったく大袈裟だっただろう?」
「うん……ねえ、マスター」
「なに?」
「あの、貴女は、死んだりしない……よね」
「いや?」
「え」
「そりゃ、肉体が朽ちれば死ぬんじゃない?」
「……」
「……そんな目で見ないでよ、冗談だって。人間の意識を電脳にアップロードする技術はすでに確立されている。そうすれば肉体が朽ちても私が『死ぬ』ことはないだろうね」
「……」
「もう、そんなにほっとした顔しないでよ」
「……するわよ。変なこと言わないで」
「君が訊くからだろう?」
「……」
「……」
「……」
「……ねえ、昔はさ、こんな風にレプリカじゃない本物の桜が、そこら中に咲いていたって話だね」
「……そうね」
「そして昔は、人間の意識だけを切り離す技術なんてないから、肉体が朽ちたら人はそれで終わりだったんだよね」
「……」
「ねえ、そんな昔の恋はさ、まるで咲いたら最期、必ず散ってしまうこの桜の花のように苛烈なものだったんだろうねえ」
「変なこと言わないでって」
「ねえ、君さ。さっき私が死ぬって言ったとき、なにを考えた?」
「え……?」
「そうしたら自分も死ぬ、って考えなかった?」
「…………考えたけど」
「ふっ、」
「なによ、なんで嬉しそうにしてるのよ」
「いやあ、苛烈だなって」
「貴女だってそう言ったじゃない。ワタシが目を覚まさなかったら、死ぬって」
「そうだったね、ふふ」
「もう……」
★★★
「ねえ、君は命ってなんだと思う?」
「命?」
「昔みたいに人間に『死』という終わりがなくなって、機械の君にもこうして苛烈な『意識』が宿るんだから、命って実に曖昧なものだと思わない?」
「……わかんない」
「うん。実は私にもよくわからないんだよね」
「なによ、それ」
「いやあ、わからないからさ、こうしてお互いに確かめ合う必要があるんだろうなって。ほら、こうして……」
「ん……」
「……」
「……」
「ほら、こうして話をして、身体に触れ合って、お互いの命がそこにある、なくなってほしくない、って思えたとき、それが生きている喜びになるんだろうなって」
「……」
「思うんだけどね」
「……わかんない」
「そう?」
「わかんないけど、貴女がここにいて、それが嬉しいっていうのはわかる」
「そう」
「そうよ。変なことばかり言う、変なマスターだけど。ワタシはそんな貴女のことが好き。大切に思っている」
「……」
「だからね、マスター。もし貴女が死にそうになったときは、ワタシは自分も死のうとするんじゃなくて、全力でそれを阻止することにするわ。全力で、何がなんでも、どんな方法を使っても、それを阻止するわ。たとえ誰かに頼まれなくても、そうする。ねえ――きっとワタシはそのために、この世に存在しているのよ」
「……」
「そう決めた、今、自分で」
「……やっぱりすごいね、君は」
「そうよ」
「ふふ」
「……ふん」
★★★
「……」
「……」
「……ねえ」
「なに?」
「そろそろ帰ろっか」
「うん」
アンドロイドなゾンビちゃん(哲学的)の主張 きつね月 @ywrkywrk
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます