アンドロイドなゾンビちゃん(哲学的)の主張

きつね月

第1話 アンドロイドなゾンビちゃん(哲学的)の主張


「……」

「……」

「……ねえ、落ち着きなよって」

「いやよ」

「いやって……」

「……ねえ、確かにワタシはただの機械にすぎないわ」

「……」

「貴女のような生身の人間とは違う、ただのモノでしかないのだから、何をされても文句は言えない。それはわかってる。でもね、これだけは覚えておいてほしいの」

「……」

「ワタシは自分をただの機械だって自分で認識している。それってつまり『意識』があるってことなのよ」

「……」

「ワタシはただの機械だけど、こうして意識があって、存在していることへの喜びがあって、ここに存り続けたいって思ってる。消えたくないって思ってる。貴女はそんなワタシを、貴女の都合で壊そうというの?」

「……あのさ」

「ねえ、『哲学的ゾンビ』っていう言葉を知ってる?」

「え……?いやまあ、知ってるけども」

「そう、外見も振る舞いも完全に人間と同じで、『意識』だけが欠けている存在のことよね」

「……」

「哲学的ゾンビには、『意識がない』。でも人間と同じように『意識がある』と主張する。ねえ、貴女はワタシをそれだと思っているんでしょう」

「いや……あの。こっちの話をだね……」

「貴女は……いいえ、貴女だけじゃなく世界中のどんな存在も、ただの機械であるワタシに意識があることを観測できない。だけど意識がないことも観測できない。ねえ、ワタシはそういう存在なの」

「……だから」

「ワタシは、ワタシには、こうして意識があって、存在していることへの喜びがあって、在り続けたい、消えたくないって思っていて、そしてマスターである貴女のことを大切に思う気持ちもある。それを客観的に証明することなんて出来やしないけれど、そう思っている。それは確かよ。確かなの」

「……」

「ねえ、貴女はそれでも、ワタシのことを壊すの?」

「あの、聞いてって」

「なによ!」

「だから、別に壊すとかじゃなくて、アップデートのために一時的にシャットダウンをするっていうだけだ、って言ってるんだけど……」

「嘘よ!だっていつもはそんなことしないじゃない」

「今回のはちょっと大がかりだから必要なの」

「……そんなこと言って、ワタシのことを棄てるつもりなんでしょう?旧型のワタシのことなんて壊して処分して、最新型のアンドロイドに乗り換える気なんでしょう?」

「違うってのに……もう、こっちおいで」

「離してっ、この、人でなしっ……アンドロイド殺しっ!」

「殺しって、もお……ほら」

「あっ……」

「……」

「……」

「……落ち着いた?」

「……ずるい、こんなの」

「君が悪い。ゾンビがどうとか、ごちゃごちゃうるさいんだから」

「……だって」

「まあ、怖いのはわかるけどね。大袈裟だよ。人間でいう全身麻酔みたいなものだって」

「……そのまま目が覚めなかったり、しない?」

「しないって」

「目が覚めたら処分場だったりしない?」

「しない」

「……」

「はあもう、君こそ私のことを信じてないようだねえ。機械だ、とか、意識があるとかない、とかさ、そんなこと私にはどうでもいいんだが」

「ど、どうでもいいって……」

「だって私は君に言われるまでもなく、機械の君のことを『生きている』と思ってるし、君には『意識が宿っている』と信じている。でもそれも、客観的には証明できないんでしょう?」

「……」

「ね、だったらどうでもいいんだよ。ただ、私には君が必要で、君なしの人生なんてもう考えられない。それだけわかってればいい。相手のことが大切だ、ってお互いに自己申告し合っていられる時間があれば、それでいいよ」

「……」

「だからさ、絶対にあり得ないけど、もしも万が一……百億万分の一……千億万分の一にも満たない確率で、君がそのまま目を覚まさないなんてことがあったら、その時は私も死ぬからさ。心配しないでいい」

「え……」

「……」

「そ、そんなことしちゃダメ」

「じゃあちゃんと起きることだね」

「起きる、起きるからっ、そんなこと言わないで」

「……大袈裟だって」

「だって……」

「……」

「死ぬなんて言うから……」

「君だって言ったじゃないか。『壊す』とか『殺す』とかさ」

「あ、あれは、その……勢いで」

「……私がそんなことすると思った?」

「……思ってない」

「……私は君のことが大切な、君だけのためのマスター、そうでしょう?」

「……うん」

「よし。さあ、もう変に大袈裟なのは終わり。たった半日のアップデートなんだから、終わってから出掛ける場所でも考えてる方がさ、まだ有意義だよ」

「……あ、あの、それなら」

「ん?」

「それならね、前から行ってみたかった場所があるんだけど……」

「ん」









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