雷は罰を与え

豆腐数

天に代わる雷

 奴隷市場に天使の仕入れがあったと、商人達の間で噂になった。手に入れたのは奴隷商の中でもトップに立つ、腹の膨れて禿げ上がった卑しき男。商売の後、馬車で街動を横断中、クローバーの花畑の中、座り込む少女。長い銀髪は肩と腕と緑白の絨毯とに散り、周囲には何匹もの珍しい蝶が舞い、ウサギやキツネの動物が膝で昼寝をしていた。ここまでの語りだけでもお伽話の壮麗さ、更なる箔押しが少女の背中の白き翼。

 


 少女は言語能力を持たなかった。商人がなだめるように話しかけても、珍しい歌詞や宝石で釣ろうとしても無反応で、痺れを切らした男に腕を引かれ、逃げぬよう冷たい鉄の錠に繋がれ馬車に乗せられてもなすがままであった。


 少女は上等の部屋に入れられ、メイドに手入れを尽くされ、上等のドレスと造花で飾られる。 


 


 折れそうな手首まで覆う長袖若紫の衣装と、銀髪に咲いたライラックの髪飾り。翼は背中の布を突き抜けるので、体型に合う衣装を用意すればそれでいい。


 メイド達が言われたように風呂に入らせる時も、着替えさせる時も、髪を丹念に乾かし梳かす時も、少女は抵抗を見せない。


 


 可愛そうにねえ、可愛い子だのに。高くは売れるんじゃないかい? 気の毒がったり面白がったりするメイドの言葉も無反応。




 ただ、ずっと部屋の窓を見つめていた。頑強な格子付きのそれは、少女の華奢な身体でも、翼を持っても抜け出す事は叶わぬだろう。


 


 メイド達は逃げ出したいのだろうと考えた。連れてこられた『商品』の中には泣き出す者も珍しくはない。


 


 しかし実際のところ──少女は逃げ出そうとは考えていなかった。




 ただ、待っていた。自ら腰をおろしたクローバーの絨毯を、ひととき寄り添った蝶々を、眠そうに微睡んだキツネやウサギを、全て薙ぎ払う音楽を。


 少女の出荷は四日目の朝。


 一日目、晴れ。

 二日目、くもり。

 三日目──夜、雨、風──嵐。


 大雨が大地を叩く音、風が怒りに唸る音、水と空気の大喧嘩に折れる草木や虫や動物達。命混じりのオーケストラだ。


 指揮者は蒼き稲妻の化身。風を友に、雨をドラムに、奴隷商の屋敷と身体に落っこちる。轟き轟く、光の後の轟音と、崩れる屋敷の破砕音。使用人達が這い出す中で、肥えた商人が豚の丸焼きになる場所で。天使の少女は雨に濡れ、微動だにしなかった。


 少女はただ、知っていた。風と雨が自分の身体を濡らしても、雷が決して少女を傷つける事はないのだと。


 ○


 遠き天界。ある日、欠けた天使が産まれた。口もきけず感情も反応も薄く、そのまま廃棄となるはずだった。神と人では感覚も違う。人の見せる冷酷な面以上に、天界は合理的で冷ややかだった。


 そこに割って入ったのが雷の化身。


 ──俺はコイツが気に入った。うるさい教えも言葉もきかない、良いじゃねえか。何より銀糸の髪はお前らよりも美しい。俺がコイツのぶんまで働けば文句もないだろう。


 それから少女は共に居た。少女の元に駆けつけ天罰くだす、持たぬ女の代わりに稲妻落とす、蒼い青い化身と。


 少女は謂わば、餌であり、秤である。人の善意と悪意をはかる為の、少女の代わりに罰を落とす為の。


 稲妻の化身に抱きかかえられ、少女が地上から遠ざかって行く。何事もなかったように、雲が切れ、星が零れ、命切り裂く嵐が、何事もなかったように去って行く。


 稲妻の青白い腕の光の中、少女が微かに笑う。その機微に気づくのは稲妻の化身だけだった。

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雷は罰を与え 豆腐数 @karaagetori

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