第13話 シンプルストーリー

 森の中に、静かにポツンと佇む小さな建物。斧、刀剣、弩…、このゲームで入手できるほとんどの武器で満たされたその『工房』は、汗と油の匂いに満ちて独特の香りを放っている。

  工房の主、ジュード・イシューが剣を創る音。それはよく響くものだが決して不愉快な音じゃない。

 剣を叩くのに夢中になるあまり、彼は僕が入ってきたのに気づかない。

 僕が肩をポンポンと叩くも、彼は「ん…」とだけ言いそのまま作業に没頭し続けている。

 前に一度だけ、こういう"職人モード"のジュードにあったことがある。その時は15分ほど、僕は端で彼が武器を作るのを見守っていた。

 今回も、工房の色々な武器を眺めつつ、見守ることとした。

 多種多様な武器に目移りしてると、ふと、壁にかけてある小さな絵が気になった。

 そこには、ジュードともう一人、女性のプレイヤーの姿が描かれていた。

 「悪いな、集中してた。あまりにいい素材が手に入ったもんでな」

 「いいよいいよ。…ところで、この人は?」

 彼の顔が少し曇った。…何かマズいことを聞いたかもしれない。

 「…まあ、知り合い、だよ」

 それ以上は、聞けなかった。

 「おいボウズ!そこにあるのじゃなくてな、もっと奥のもん見てけよ!やべえもんいっぱいあんぞ!」

 「…うん、わかった」

 ジュードが、普段なら見せてくれない、奥の部屋に僕を通してくれた。

 


 奥の部屋は、工房とはうって変わって非常に簡素な造りの部屋になっていた。ただ、ところどころに武器が置いてあるのが見て取れた。そのどれもが、一目見ただけで一級品とわかる代物だ。

 「この秘密の部屋の存在を知っている奴はほんの一握りしかいない。…これがどういうことか、わかるよな?」

 「…?わからん」

 「…信頼してるってことだよ、お前を。…この部屋のもの、一個だけタダで持っていっていいぞ」

 「…!本当?」

 「ああ。お前が試合で勝ち進めば、工房のいい宣伝にもなるんでな。…ただ、」

 「うん?」

 「渡す前にな、…聞かせてもらいたくてだな。お前と、セレーナの嬢ちゃんの、出会ってから今までの話を」

 「…別にいいけど、なんで?」

 「前、俺がアドバイスしたことがあったじゃんか。…今思うと、お前らの背景とかよく知ってから言うべきだったと思ってな」

 「そっか、分かった」

 僕は、鼻に右手を当てて、目を閉じて、思い出す。セレーナと出会った時の事を。

 「…別に、そんなに面白い話じゃないよ。ごく普通の、ゲーマー二人の出会いの話」


           ★


 room NO.76。

 僕とセレーナがいた場所は、昔はそんなふうに言われていたよ。まあ、今はルームなんて言葉は死語になっちゃったけど。あの当時、プレイヤーの数は今よりもずっと少なかった。今よりも年齢制限がかかってた時期だから、まあそれも当然と言えば当然だけど。

 ともかく、あの時、僕がゲームを始めて最初に関わった人はセレーナじゃなくてね、セレーナの話は後から人づてで聞いたんだよ。

 『辻斬り』がいる、って。


 あの当時はペナルティなんてないし、ひどい時だとゲームオーバーになった後データが破損したりすることもあったからね。その『辻斬り』はかなり恐れられてたみたい。でも僕は最初は「何言ってんの?」て思って鼻でわらってたんだよ。実際、信じてなかった。そいつが僕の目の前に現れるまでは。


 「ねえ、バトルしようよ」

 両手を翼のように広げた仁王立ちの姿でそいつは現れた。

 最初に遭遇した時は、「本当に、これが辻斬り?」って思ったよ。

 だって、辻斬りというには、…あまりにも可愛らしいとおもったから。セミロングの金髪に、どことなくあどけなさが残った顔。…お世辞にも強そうには見えなかった。

 

 僕がそんなふうに思っているのを悟ったのか、…それか単にナメられてると思ったのか、そいつはガンを軽く飛ばして、…信じられないだろうけど、剣の柄を地面にぶっ刺して、ブレイドの上に”立って"見せたんだ。


 両手を翼のように広げて、三日月をバックに剣の上で爪先立ちするその姿は綺麗で、神話の世界に迷い込んだのかと思ったよ。

 …ごく普通のプレーンブレイドだよ?そんなことができる奴なんて、当時はセオニアの中には5人もいなかったとおもうよ?…ともかく、それで確信したんだよ。こいつは、とんでもないモンスターだ。だけど、こいつと一緒にいたら、絶対に飽きることはないだろうって。

 僕は、短剣を握りしめて、対峙した。「どっからでもかかってこい」

 そいつは飛び降りて、剣をクルクル回転させて、一度鞘に収めた。

 「君に見せてやんよ、私の、力を、」

 

 彼女がそう言い終わる前に、僕は短剣で襲いかかった。

 だが、彼女は片手だけで、その攻撃をいとも簡単にいなした。

 いなすやいなや、片方の手ですぐさま、彼女は目潰しを食らわそうとしてきた。それを僕は避けきれず、額にしっかりダメージを負ってしまった。

 視界が赤くなった。案の定少し出血してて、僕は急いで血をぬぐって構えた。

 どうやら、彼女も構えをとっているようだった。”だった”って言ったのはね、彼女のそれが、見たことのないものだったからなんだ。彼女は顔の前に水平に左手を掲げて、足を半歩ほど開いた。

 「痛いの、いくよ」

 

 彼女がそう言ってすぐ、鋭い”何か”が僕の首目がけて飛んできた。僕は、とっさに腕でガードしたけど、…ひどいダメージだった。

 血はダラダラしたたって、今にも腕がちぎれそうだ。バーチャルだから痛みなんてないはずなのに、恐ろしい事に頭が錯覚しちゃってるみたいで、…痛むんだよ。手が。

 彼女の方を見ると、パチパチと拍手をしていたんだけど、…その手は笑っちゃうぐらい真っ赤に染まっていた。

 「ああ、こいつは"手"で僕の腕を切ったんだな」って理性ではわかるんだけど、感情が追いついてこなくて、少し放心状態になっちゃった。…今だとそんな事しないよ。負けに直結するし。だけど、あの時は弱かったから、僕。

 「すごいね、君。”これ”で首をはねれなかったのは君が初めてだよ」

 「…そりゃどうも」

 

 その時、確信したよ。「今僕は、とんでもない奴と戦っている」って。


 彼女が、ご自慢の剣に手をかける。

 汗がすごい。

 「行くよ」

 その攻撃は、前と違って、全く目で追えなかった。

 数秒間、血しぶきとともに、視界がグルグル回って、次の瞬間には完全に視界が真っ暗になった。

 

 次に目が覚めたのは、ゲームの中でだった。

 もう空が明るくなりかけていて、月が今にも眠りにつこうとしている、そんな時だ。

 「起きた?」

 声のする方を向くと、『辻斬り』が岩に腰かけてタバコを吸っていた。

 「…負けたみたいだね、僕は」

 起き上がりたいけど、全然力が入らなくて動けない。

 「うん、私の勝ち。…だけど、君、見どころあるよ。私の攻撃に反応できる人なんて、初めて見た」

 「そうかい。…手、貸してくれないか?情けないけど、起きれないんだ」

 「いいよ」

 僕は、差し出された彼女の手を掴み、体を起こした。


 「…ねえ、私に君を、鍛えさせてよ」

 「え?」僕は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたと思う。

 「さっきも言ったけど、私の手刀を防いだり、不意打ち仕掛けたりとか、強い要素で溢れてるからね、君は!どこまで強くなるのか、見てみたいんだ」

 衝撃的な提案だったけど、僕は悪くないと思った。

 「別にいいよ、僕も君の強さに興味が出てきたし。…何より、君といたら退屈しなさそうだ」

 彼女は、素敵な満面の笑みを見せた。

 

 僕は、手を伸ばして握手を求めた。彼女は快く、僕の手を握り返した。

 「僕は斉藤祐介。君は?」

 「私はセレーナ・ユミリウス・ヴィクトリアってんだー。よろしくね!」

 「…長い名前だね」

 「いい名前でしょ。君のそれはデフォルトネーム?」

 「うん。考えるのめんどくさいから」

 「…面白いね、キミ。今後ともよろしく!」

 改めて、セレーナと僕は、固い握手を交わした。


           ★


 「…まあ、僕とセレーナの出会いはそんな感じ。別段、面白いこともない普通の出会いだろ?」

 「…どこがだ!ツッコミどころ多すぎるだろうが!」

 ジュードが、キレた。

 「まあ、お前らに比べれば、こっちなんて些細なことかもな」

 「ん?こっちってどういうこと?」

 そう聞くとジュードは少し黙ったが、すぐにこう続けた。「まあ、とりあえず、お前らが出会った時の話は聞けたけど、その後が聞けてないからな。とりあえず最後まで聞かせてくれや」

 「…本当に面白くないと思うよ?ひたすらセレーナとバトルしたり、のんびり遊んだりの繰り返しだからさ。セレーナはちょいちょい大会に出てたり、他の人と活発に遊んだり、ダンジョンに潜ったりもしてたみたいだけど、僕の方はほとんどそういうのないからさ。…というか、僕はセレーナと遊べればそれだけでよかったんだよ。セレーナは僕が今まで会ってきた人の中でもダントツで面白い人だから。だからダンジョンにも大会にも興味がなかったんだ。セレーナも他所で忙しくしてるからさ、僕といる時は、お互いあぐらかいて、そんなに気をつかわずにいようってのが暗黙の了解としてあるんだ、僕らの中では。…まあそんな感じで4年間プレイしてきたんだ。…ほんとにそんな面白い話じゃなかったでしょ」


 出会った時の話よりは、ジュードは少しつまんなそうに聞いていた。「…まあとりあえず、お前らどっちもヤベー奴ってのはよくわかった」

 「そんなことないよ、僕は普通だよ」

 「んなわけあるか!」

 ジュードは僕のおでこをグリグリといじった。

 

 「…まあ、約束だ。好きなの、なんでも一個持っていけ」

 「分かった。ありがたく持っていくことにするよ」

 普段なら、ジュードがこんなふうに気前よく武器を渡してくれることは少ない。…やっぱり、大会まで一週間を切って、その熱に当てられたんだろうと思う。

 「これくれ」

 「…へえ、意外なもん選ぶじゃねえか。いいぜ、持っていけ」

 かくいう僕も、柄にもなく興奮していたのは間違いない。僕は、普段なら絶対に使わないであろう武装をこの時選んだ。

 「毎度あり。頑張ってこいよ」

 「うん。もちろん」

 扉を開けると、あたりはすっかり暗くなっていて、あの日と変わらない月が僕を見下ろしていた。

 …間も無く、戦いの火蓋が切って落とされる。あの頃じゃ大会に出るなんて、考えもしてなかった。そんな僕が、未だ見ぬ世界に、足を踏み入れようとしている。

 夢の舞台が、今まさに、幕を開ける。

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サクリファイス・オンラインー人気配信者とバトル修行してたらいつの間にか最強になりましたー @hoshino_kei

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