Last Chapter


 食事を終え、片付けを終えた後、ブッチは一人座って煙草を吸っていた。

 アトリは仲間の馬たちと遊んでいる。

 早くも懐かれたらしく、新参者の薄墨毛の馬にステットソンハットをとられ、取り戻そうと慌てていた。

 その様を、じっと見据える。

 実を言うと、どう考えても消化できないことがある。

【エステル】のことだ。

 アトリはどうして、あれがザ・サンダンス・キッドの得物だってことが分かったのだろう?

 プロ中のプロのガンマンは、パーツの具合、引き金の重さ、弾倉の回転音、グリップの握り具合、重量、汚れ、傷、しみこんだにおい、銃声等々から、その銃の使い手が分かるという。

 でも、アトリはそもそもガンマンではない。

 それ以前の話、この世界の人間ですらない。

 ならば、どうやって。


「分ッからねェ……」


 憶測は浮かんでくるけれども、触れようとすると霧散していく。

 偶然、にしては、話ができすぎている。


「本当に、偶然……なのか?」


 ザ・サンダンス・キッドの銃に関して、アトリにしか分からないことがあったのではないだろうか?

 記憶にではなく、血に刻まれた情報。前の世代より引き継がれてきたものが銃声によって呼び覚まされ、理解できない領域で開花し、無意識のうちに分かってしまったのだとしたら?

 思い出してみる。

 アトリが元いたという【異世界】にも、ザ・サンダンス・キッドという無法者アウトローは存在していたのだという。

 それは、ブッチが知る唯一無二の相棒とはまた別の存在かもしれない。だが、そんなの関係ない。

 重要なのは、ザ・サンダンス・キッドが確かに存在していたことが、「アトリが知る限りの話」であることだ。

 そもそもの話、「知る限りの話」っていうのは、自分が知った情報を色眼鏡で見るものだ。

 そんなの、ありのままの真実ではない、虚構じじつだ。

 ならばその、虚構じじつではないありのままのザ・サンダンス・キッドはどのような男だったのか? 

 そんなの、おそらく誰にも分からないに違いない。

 故に、ブッチは思わざるをえない。

 誰にも分からないんだったら、誰も知ることのないことがあってもおかしくないか?

 おそらく、そのザ・サンダンス・キッドも、無法者アウトローである前に、男で――一人の人間であるのに違いないはず。

 自分以外の誰かを愛し、寄り添い、実を結ぶことができるはずなのだ。


「でも、それだと別人なんだよな」


 無駄な憶測をしちまったなと、すっかり短くなった煙草を、ブッチは消えかかった焚き火の中に放り込む。

 残り火に巻かれ、一瞬一秒にも満たぬ光を放って消し炭になる。

 その様になんとなく、キエン・エスビリー・ザ・キッドの最期を思い出した。

 そういえば、あの【不死者】は、アトリになにかを見ていなかったか?

 ザ・サンダンス・キッドの【存在】をブッチが感じていたように、アトリの中にあるなんらかの【存在】を。


「ちょっと、待て!?」


 なんとなくでしかありえなかったはずの考えだった。されど、呼び水となる。

 先ほどの憶測の人物は、本当に、別人なのだろうか?

 考え方を変えてみれば、ブッチはザ・サンダンス・キッドの全てを知っているわけじゃない。

 お互い過去を語り合うのが嫌だったから聞かなかっただけってのもある。

 だけれども、時折語られるその過去は、果たして事実だったのだろうか? 

 全てではなくとも、虚構じじつであった可能性がないわけじゃない。

 ありのままにおけるザ・サンダンス・キッドを、ブッチは知らない。

 特に、無法者アウトローとして知り合い、【ワイルドバンチ強盗団】に参入する前、どこで生まれてなにをして生きていたかなど。

 その場所が、ブッチにとっての【異世界】であるかもしれないわけで。

 憶測というには、ブッ飛びすぎている。

 だけれども、可能性としてありえない話じゃない。

 そういう人間を、ブッチは知っているのだから。

 視線を戻す。その先に、アトリがいる。


「アトリ……お前、は」


 ザ・サンダンス・キッドの、娘なのか?


 言いかけて、しかし、口を閉ざす。

 アトリが息を切らして駆け寄ってくるのが見えたからだ。

 手にはステットソンハット。どうやら、取り戻せたらしい。

 その後を、薄墨毛の馬が追いかけてきていた。もっとかまってほしいのかアトリにお熱なのかどうかは分からないけれど。それを、クラレントが「やめんか!」と横から邪魔をかます。

 内心、ほっとする。声が届かなくてよかった。正直、アトリをめぐって繰り広げられた馬たちの悶着に助けられたと思わざるをえない。

 もし仮に届いて答えが出てしまえば、アトリはアトリではなくなる。

 ただの、ブッチにとって都合のいい存在に――それこそ、虚構じじつに近い物語に成り果てる。

 共にくと決めた相手ではなくなる。


「一丁前に、モテモテじゃねぇかってんだ」

「微妙に嬉しくないんですけど」

「あれだけせっかく華々しくデビューしたってのに?」

「なんて言うか……まだあんまり実感が湧かないっていうか、身の丈に合っているように思えないっていうか……かの【ワイルドバンチ強盗団】の首魁ブッチ・キャシディの唯一無二の相棒っていう肩書きを、わたしが担っていいのかなーと思ったり」

「そうあってほしいと誰かに望まれたわけでも、願われたわけでも、乞われたわけでもねぇだろ」


 その手からステットソンハットを取り上げて、頭に被せてやった。

 された側のアトリは、ちょっと嬉しそうだった。ただ単に、くすぐったかっただけかもしれないけれど。

「外ならぬアトリが、選んでくれたんだ。自分の意思で……そうありたいという、他ならぬ自分の意志で。いなくなっちまった奴がこうありてぇって願ったことが、アトリを……今こうして俺の相棒ザ・サンダンス・キッドたらしめているなんて、ありえるわけねぇだろ」













 そこは今もかつても、新大陸フロンティアと呼ばれていた。

 整然と区分けなんてされていなかった大地。

 数えきれないほど沢山の無法者アウトロー

 飛び交う銃弾と硝煙のにおい。

 崇められる精霊カチナココペッリの笛の音は、耳を澄まさずとも聞こえてくる。

 新大陸フロンティア

 そこは、純粋な自由が満ち溢れる世界。

 ビリー・ザ・キッドや【ジェシー・ジェイムズ一味】のように威勢溢れる無法者アウトローが、そこでは当たり前のように生きて生きて生きて生きて……そして、死んでいく。

 俺たちが駆け抜けていくのは、そんな世界。

 俺たち二人の【ワイルドバンチ強盗団】が駆け抜けていくのは、そんな世界。

 明日なき今日という刹那の瞬間続きで構成されているであろうそんな世界を、明日喪き我ら二人の新たなる【ワイルドバンチ強盗団】は駆け抜けていく。

 生き抜くことの不安も、死ぬことの恐怖も、そんなの全部後回し。

 ひたすらに、

 がむしゃらに、

 ただただ真っ直ぐに、

 ずっと、ずっと――

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明日喪き我らの征く先は Bride of Rip van Winkle 【第9回角川文庫キャラクター小説大賞参戦版】 企鵝モチヲ @motiwo

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