演劇雑誌
その観劇から数週間後には他の舞台を観るまでになっていた。
もちろん、その時に出会えた『推し』と言うべき俳優の演技が観たいが為にだが、如何せん地方暮らしの者にはチケット代、グッズ代、その他に交通費とか諸々がもっと必要となる。
だから何でもいろいろなものに簡単に手を出せるわけもなく、本当に観たい! と心から思ったものでないと手が出しにくい。
だからこその地方公演よ! と林さんは言うが、そこまでのものを観るのは……と思っていると、やはりその俳優の演技が観たい! という思いに駆られて観に行ってしまう。
それから熱意はどんどんと他のものにも移っているようで、たまたま休日の午後、ふらっと立ち寄った本屋で見かけた演劇雑誌を読み始めたら、止まらなくなり、現在も堂々と買わずにずっと立ったまま読んでいると、一人の女性が自分と同じようにふらっとやって来た。
二十代後半から三十路に入ったばかりか――。
構わず、読み続けているとその女性はあろうことか、砂渡のその読んでいる雑誌の表紙をじーっと見始めた。
それで終わりかと思ったら、違った。
あの……とかもなしに彼女ははっきりとこう言った。
「それ読み終わったら下さい。買うんで」
(え?)
臆せず、事もなげに何もしないまま隣に立ち続ける彼女に驚き、その雑誌をついつい元あった場所に戻した。
「あの!」
「別に気にしませんから、これ一つしかないですしね、今。読んじゃいますよね、こういうの、タダで」
彼女はとても詫びれる様子もなく、それをしれっと手に取ると砂渡と同じくそこで堂々とページを開き、目を通して行く。
「あの……それ」
「ああ、そう言えば読めるかなって思っただけなんで、ちょっとさらっと読みたかっただけなんですよね。気になる所はもう確認済みだし」
パラパラとページをめくることなく、目的の部分だけを読むつもりだ。
見た目は綺麗に化粧をしたり、お洒落をしているが、やはり何だか少し変わっている雰囲気はある。
話し方は明瞭で普通の人と言えば普通の、怪しさもないだろう。
だが……。
自分が今までしていた事を隣でやられるという事以外は至って普通だ。
「ああ、やっぱり……。ありがとうございました」
読み終えたのか、爽やかにそう言う彼女はその雑誌をまた砂渡の手に返して来たた。
「いや、あの!」
「え? 待ってたんじゃないんですか? 私が読み終わるの」
「いえ、そうじゃなくて……」
何故こちらがしどろもどろになるんだ? 変なのは彼女の方なのに。
彼女はにっと微笑むと、
「すっきりしました。これでまた今日も生きて行けそうです。じゃ!」
と言って立ち去ろうとした。
やっぱり変なのは彼女の方だ! 確信は根拠に変わった。
初めて会った自分にそう接するこの人はどんな人なんだろう? と興味を持った。
だから、声を掛けてしまっていた。
「あの! 演劇好きなんですか?」
「いいえ、私は演劇というか、ミュージカルの方が好きなんですが、そうですね、お芝居の上手い人が好きです」
彼女の変わった答えに砂渡はまた興味を持った。
「あの、えっと今、お時間ありますか? 話したい」
「え? まあ、良いですけど、暇だから」
おかしな彼女とのエチュードはこうして始まった。
観劇を通して、心を通わせる。
そんな恋愛もない事はないかもしれない。
けれど、彼女にそんな事は通じない。
彼女はどれだけ安く済ませるかにこだわりを持つ人で、舞台を生で観ることの楽しさも知りつつも、観劇通にはならずにその世界を楽しんでいる人だった。
それが
観劇通未満な彼女の楽しみ方 縁乃ゆえ @yorinoyue
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