観劇通未満な彼女の楽しみ方

縁乃ゆえ

生の舞台の醍醐味

 もし、その時、軽い気持ちで行っていなかったら、そこに足を踏み入れることもなかっただろう。


 今日は残業をしてはいけない日だから定時で帰ろうとしていると突然、背後から肩を叩かれた。

 振り向けば、

砂渡君すなわたりくんって、この日、お暇? 休日なんだけど」

 四十代くらいの既婚女性社員であるはやしさんが手に何やら紙切れを一枚持って、話し掛けて来た。

「何ですか?」

「ああ、これね。皆に聞いてるんだけど、用事が出来ちゃって行けなくなっちゃったのよ、代わりに行く?」

 それだけで頷いていた。

 三十代独身男性の自分に合っていないかもしれないけれど、最近見たテレビの何かで流れていて知っていたからかもしれない。

 こんな地方暮らしの自分には縁のないものだと思っていたそれは東京でやる有名なミュージカルのチケットだった。

 観劇というものをするのは高校の時の芸術鑑賞会以来だったが、観劇通だという林さんの助言もあり、何とかなって無事に終わった。

 その日、観たものは今までの人生の中で一番高揚するようなものだった。

 何だろう? あの熱いものは! 駆ける振動やら歌声、踊り、芝居! 他にも全体的にすごくて、生で観る楽しさを知った。

 それに今まで知らなかった人を知れた気がする。

 名前は何だっけ? と、一応行ったよアピールをする為に買ったパンフレットとスマホを取り出し、真ん中で立っていた人ではなかったが、脇で良い演技をしていた自分より若い男の人を帰りの新幹線の中で検索し、見つける。

 それは楽しさと共にやって来て、なかなか日々から離れないでいた。

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