転生もないし敵も倒さないしとりあえず家帰って好きなテレビを見たいんだよっていう戦いなんですけど

茶碗蒸し

さとうゆかりの場合

「今日こそは見たいドラマがあるから残業しない!」


金曜の朝一1人呟きオフィスに入った。


(あーあーそれはいつの事だっけ)


そんな風に感じる原因は間違いなく目の前にそびえ立つ書類の山のせいである。

仕事をお願いされるたびに「はい、やります」と言った自分を呪った。


(おのれードラマ見たかったんじゃないのか!許さん!呪ってやる!呪呪呪)


そんな事を頭で思いつつ口角を無理やり上げ張り付いた笑顔で仕事をこなした。

自分呪い何回目になりようやく書類の山は消え会社を出た。呪ってしまったからなのか足どりは重く疲れ切ってなんとか家に着いた。それからテレビを急いでつけた。


「来週の金曜も見てね❤︎」


目当ての俳優ハクマくんが白い歯を見せつけあふれる笑顔で言っていた。


「くそー残業やろう!許さない!お前のせいでハクマくん堪能時間1時間のはずが10秒だったぞ!コラ!」


気づいたら1人で叫んでいた。


残業に【やろー】をつけるレベルには精神がやられていたので発散しないといけないと判断し電話をかけた。


「まい聞いてよ」


「おつかれーどうした?」


「あのね、まさかの!」


「また残業したのね」


「すご!何でわかるの??」


「毎日同じ事を聞かされてるからねー」


「本当に⁈そんな私繰り返してる?」


「うん、デジャヴかな?って思う時あるよ」


「はぁー」


「いいかげんイエスマンやめな!仕事お願いされたら残業したらいけないっていう家系でしてとか言うのは?」


「やべー奴だと思われるじゃん」


「私なら残業やるよりやべー奴でいいけどな」


「まいみたいに強くないもん」


「じゃーじゃー【残業したらじんましんが出ちゃう】とか?」


「やべー奴の系統が変わっただけだよ」


「もーわがままだな」


「はぁー神様どうにかしてください」


「結局神頼みかよーゆかりってば」


「だってーーーーー」


「わかった!明日会って話を聞いてあげるから今日はもう寝なさい!良い子は寝る時間」


「えー」


ふと時計を見ると日付が変わっていた。

良い子なのでまいとの電話を切った。そこからいつものように寝る準備をして布団に入った。そのあとは気づいたら夢の中だった。



朝になり準備をてきとーにして家を出て待ち合わせ場所に向かった。すでに待ち合わせ場所の駅には全身青のまいが立っていた。私に気づいたようで青の塊が私にかけ寄ってくる。


「なんか早く着いちゃったら色んな人の待ち合わせスポットにされてた笑」


確かに周りを見るとカップルが駅ではなくまいを待ち合わせスポットにしてるようだ。


「青の前ってここか笑」


「わかりやすいでしょー今日どこ行く?」


「水族館にしようか」


そんなどうでもいい会話をしてカップルが待ち合わせスポット(青)を去って行った。


「なんで青なの?」


「えー今日のラッキーカラー青って言ってたからどうせなら全身にしようかなって」


「さすが!かわいいから似合うけど」


「ありがとう!ゆかりもーー市役所の職員みたいで・・えっと・・・・街の景観を邪魔しなくて素敵だよ」


「ありがとう」


苦し紛れになんとか誉めようしてくれるところがまいの憎めないところだ。街の景観を邪魔しないと褒められるとは思わなかったが思わず笑った。


「どこ行くの?」


「ひみつ!行くよー」


「えー」


まいはニヤリとして歩き出した。道ゆく人が青の塊を見て行くがまいは気にしない。そのまましばらく歩くとまいが立ち止まった。


「今日はここに来たかったの!神社」


「何お願いしたいの?」


「もーゆかりのイエスマンを神様に治してもらうの!行くよ」


そう言って私の手を強引に引っ張って絵馬のところに連れて行った。


「えっと絵馬に書くの?」


「もちろん!さぁー書いて」


「残業なくなりますようにって?」


「それは社会全体になっちゃうから!違くてイエスマンになりませんようにとかー」


「えーそんな事書く人いる?」


「いるよー貸して!書いてあげる」


そう言うとまいは後ろを向いて楽しそうに書きそのまま絵馬掛所に掛けに行ってしまった。


「お待たせー」


楽しそうに小走りで戻ってくる。


「え、見せてくれないの?!私のなのに?」


「こういうのは見ない方が叶うとか言う気もするしとりあえずカフェ行こう!」


「そんなの聞いた事ないんだけど」


「ほら、ケーキご馳走するから行くよ」


「え?行く行く!」


(チョコ、チーズ、タルトもいいなー)


まいの策略により頭には絵馬の『え』の字もなくなりカフェへと向かった。


カフェについてからはいつものようにくだらない話を永遠とした。そして時間を忘れるほど笑ってまた駅に戻る事にした。全身青の塊も見慣れるとなんも感じなくなっていたがやはり駅に向かうと通行人が一斉にまいを見ていた。


「神様叶えてくれるといいねーあそこ叶うって有名らしいし」


まいは注目されている事なんてなんとも思ってないようだ。


「だねー神様お願いしますよーー」


「じゃーねー」


「またねー」


そんな会話をして家路に着いた。全身青を一日中目の前にしてたからか目が疲れてその日は早めに布団に入り寝た。夢の中ではビシッと残業を断るかっこいい自分がいた。


次の日はお昼過ぎまで寝て部屋を片付けてパスタを食べながらテレビを見てだらだらしていた。気づいたら夜になり翌日の仕事に備え準備だけして早めに眠りについた。


「りんりんりんりんりん」


目覚まし時計に起こされると平和な月曜日が始まった。そのまま平和は木曜日までは続いた。


そしてついに魔の金曜がやってきた。


月曜日から木曜日は平和で残業も少なく定時で帰れる日もあるほどだ。だが金曜日に関しては全く別物だ。その理由は地獄の三人衆が金曜になると決まって現れるからであった。今日は現れないでくれと叶うはずもない願いをしてオフィスに入った。


「おはよう、金曜も頑張りましょう」


パンダと瓜二つのかわいらしい部長がいつものように穏やかに言って朝礼が終わった。


そこから残業が発生しないように仕事量を確認してスピードを調整しながら進めた。


(よし、このペースなら余裕でハクマくんの時間に間に合うはず)


そう思いお昼休憩以外ペースを早めて頑張った。だがあと1時間で定時だという頃に三人衆の1人が現れた。


「さとうさん、お願いがあるんだけど」


社内一華やか、よくも悪くも派手な自分の先輩に当たる町田さんが声をかけてきた。


「はい、なんですか?」


何を言われるかなど百も承知だが知らないふりをして聞いた。


「今日ねお医者さんとの食事会が入っちゃって」


町田さんはハイスペックな男性と飲みに行くのが大好きで前回は弁護士だった。毎度その中から男性をとっかえひっかえする。


「そうなんですか」


この会話はやばいと思いつつ平静を装った。


「でね、今回だけ悪いんだけど残業を変わってくれる?」


一応申し訳ない風を装いつつ断らないよねという圧をものすごく感じた。


「私も、その、今日、予定が、あり」


圧に圧倒され今日もうまく反論できない。


「え?何?もちろん先輩のお願い聞いてくれるよね?いいよね??」


語尾は?であるもののそんなの意味はなくますます圧が強くなった。


「大丈夫です、やります」


圧に負けいつもとなんも変わらず負けた。


その瞬間パーーーと目の前が一瞬だけまばゆい光に包まれた。


(なんだろ、見えない、真っ白)


一瞬の光にびっくりしてると町田さんが驚いた顔をした。


「ごめん、いいのよ、忘れて!私が残業するから!ありがとう、ごめんね」


町田さんらしくない慌てようで自分の前を去って行った。


(やったー町田さんどうしたんだろ、まいっか!やったー)


町田さんが慌てて去って行ったので不思議に思いつつ残業をしなくてよくなった事を心で喜んだ。これで三人衆の1人がいなくなった。その後定時になり帰る人がちらほら増えてきた。自分もこの波に乗れると安心したのも束の間だった。


「さとうさーーーん、助けてください‼︎」


我が社を代表する妹キャラのほしのさんがおおげさに困った顔をして歩み寄ってきた。


「どうしたの?」


「さとうさん聞いてください!頑張って仕事してたのに急にデータが消えちゃって」


今にも泣きそうな声と顔をしている。

ほしのさんがいつも言う常套手段だがデータが実際消えた事は一度もない。


「それは大変だね、手伝おうか?」


「ありがとうございます。でも実は祖父が急に倒れたので早く帰らないと行けなくて」


女優顔負けの困った声を出しながら私を見てくる。


「へぇー」


今まで何人の祖父と祖母が倒れたり亡くなったりしたのだろうと思いつつ答えた。


「だからさとうさん、私の仕事お願いしてもいいですか?」


「いやいや、こっちにも予定が」


「そんな事言わずにお願いします、おじいちゃんにどうしてもどうしても会いたくて」


ほしのさんは涙をいっぱい浮かべ上目使いをし小動物のようにこちらを見た。


「わかったよ」


涙と上目使いに弱い自分は諦めながら言った。



その瞬間また周りが見えなくなるほど一瞬眩く光った。蛍光灯が原因だろうかと見上げていると星野さんがぎょっとした顔をした。


「さとうさんやっぱり残業私がやります、おじいちゃんが倒れたの勘違いでした。もう大丈夫です。失礼しました」


ほしのさんも先程の町田さんのように慌てて去って行った。


(2人ともなんだろう?変なの?ラッキー!残業しなくていいなんてこんな偶然あるのかなー)


ありえない状況に浮かれた。


「あーーー!!!」


ほとんど誰もいなくなったオフィスで少し大きめに声が出てしまった。


(偶然じゃない!神様だ!絵馬だ!)


この出来事が絵馬によるものだと神様に感謝しつつ帰る波に乗るために急いで帰り支度をしはじた。


「ごめんね、ちょっといいかな」


三人衆のボスが仏様のような穏やかな笑顔で現れた。


「はい、課長なんですか?」


帰りの波に乗るのを諦めつつ聞いた。


「この時間に悪いんだけどこの書類の束だけ今日中にお願いしたくて」


笑顔で穏やかであるものの持っている束の量は穏やかではなかった。


「はい」


閉店時間の店舗で蛍のひかるが流れてから駆け込む客のようないつもの手強さに諦めて言った。


「すまんね、これと、これとあーあとこれもあった」


課長は手品のように次から次へと書類を出してきた。


「わかりました、今日中にします」


そう答えたタイミングで本日3回目のまばゆい光が目の前に広がった。


(頼む!課長もこの光でやられてくれ!!)


祈る気持ちでいると課長が驚いた顔をした。


「やっぱりいい!たまには自分でやる!さとうくんにも予定があるだろうに悪かったね。すまなかったね」


おどおどしながら課長は言うと町田さんほしのさん同様に慌てて去って行った。


(よし!)


思いっきり喜びたい気持ちであったが課長の気持ちが変わると困るので控えめに喜んだ。


その後急いでオフィスを出た。あとから声をかけられても困るので一目散に家に帰った。そして念の為後ろに課長がついてきてないか確認してリビングに入った。


「やったーついに三人衆を倒したぞ!こんな日が来るなんて!嬉しい!!」


やっと喜びをおもいっきり叫んだ。


すぐにまいに電話をした。


「もしもし、まい?」


「はいはーい!あれ今日残業は?」


「実はなくなったの!」


「どういう事?」


「信じられないかもだけど神様が絵馬を叶えてくれてね!!」


「うんうん」


「残業振られそうになると光で守ってくれるの!不思議なんだけど!」


「本当に⁉︎なんだろうね、神様が光でバリアとかしてくれてるのかな?良かったねー」


「まいのおかげ!」


「感謝して笑 じゃー電話切って今日は思いっきりハクマくんを堪能して笑」


「嬉しいー!念願のハクマくん!!」


嬉しくて頬がゆるみつつ電話切った。


そしてそこからお風呂に入り綺麗な状態でテレビの前でスタンバイした。


「今から1時間僕の恋人になってくれるかな?❤︎」


ハクマくんがとびきりの笑顔を見せドラマがスタートした。


1時間があっという間に終わりハクマくんで満たされた自分はなんだかパックでもやったかのようにお肌がぷるぷるになり幸せ気分で寝た。

そんな幸せは1回限りだと思っていたが翌週もまたその翌週もまばゆい光が守ってくれた。おかげであれ以降一度も残業をしなくてよくなっていた。


(今日も早く帰ってハクマくんーー)


ハクマくんにもうすぐ会えると思うと勝手に頬が緩んでしまう。


頬の緩みを隠すためトイレへと駆け込んだ。個室に入り頬の緩みを手で押さえていた。


そこに三人衆の2人が来た。


「この前の税理士さんとの飲み会どうでした?私も誘ってくださいよー」


「いいよー今度ね。てかさ話変わるけどさとうさん変わったよね?なんかもう残業お願いできないもん。おかげで金曜飲み会できなくて大変なんだけどー」


「分かります!いつものさとうさんなのに残業お願いしようすると急に人が変わって殺人鬼みたいな鋭い目になって怖くて」


「わかる!というかなんかもう般若とか、能面みたいな怖さだよねーー」


町田さんとほしのさんが自分の悪口を思いっきり言っていた。


(ずいぶんひどいことをいうなー。でもまー残業なくなったしいいか)


悪口にもめげずにその日も帰ってハクマくんを満喫した。そしてルーティンの電話をした。


「もしもし、ゆい?」


「やっほー今日もハクマくん堪能おめでとう」


「そうなの!神様様様すぎるーありがたやー」


「絵馬書いてあげた甲斐があったね」


「ありがとうゆい!感謝!」


「よかった」


「そういえば絵馬になんて書いたの?いいかんげん教えてよー」


「えーしょうがないなーあのね」


「うんうん」


「残業お願いされてもちゃんと断れますようにって書こうとしたけど書くスペース意外となくて」


「うん」


「だから、どうしようって考えて」


「うんうん」


「残業お願いされたらノーマンにしてくださいって書いたの!」


「ノーマン?ノーマン⁈⁈」


「うん、イエスマンの反対でノーマンってやってみた」


「え?そうやって書いたの??」


「書いたよー」


「私の名前で?」


「もちろん、さとうゆかりって書いてあるよ」


「待って待って恥ずかしい!そんなアホみたいな絵馬!」


「まーいいじゃん!叶ったし、光で神様包んでくれたし結果オーライ」


「いやいやいや」


「小さい事気にすると眉間にシワが増えるよーはーい、この話はおしまい。寝よ」


そうやってゆいはさっさっと電話を切ってしまった。


(ゆいのやつ!ま、たしかに結果オーライだし寝るか)


そうやって納得させて布団に入るがやっぱりノーマンなんて言葉恥ずかしすぎて眠れなくなった。


(やばい、やばい、やばいって。大の大人がノーマンってきついよ。誰かに見られたらどうしよう。こうなったら明日神社行ってこっそり絵馬を見えないところにかけるしかないか)


布団の上で試行錯誤して眠りについた。


次の日朝早く起きて神社に向かった。朝が早いため幸い神社にはほとんど人がいなかった。そのため急いで絵馬があるところに向かった。


「あった!」


まいが書いた絵馬を見つけ思わず声が出た。



そこには確かに書いてあった。



『残業お願いされたらnomanにしてください  さとう ゆかり』



(いや、ちがう!!!!)



『残業お願いされたらnomenにしてください  さとう ゆかり』


と書いてあった!


「ノーメン⁈ノーメンって?何??)



"カチーン"



その瞬間頭の中でパズルのピースがはまった音がした。


「町田さんの能面ってこれか!光って能面になったら怖くて誰でも逃げるわ!だから三人衆のボスでさえ逃げたのか」


探偵のように1人で謎解きをし終わるとともに膝から崩れ落ちた。


しばらくその姿勢のままだったが立ち上がった。


「あーどうしよう、もう絵馬に書いちゃったし、本来の願いは叶ってるし!うんうん諦めよう!大丈夫大丈夫!結果オーライ」


なかばやけくそで自分に言うと帰ることにした。


そしてその後も一度たりとも残業を背負わされる日がなくなった。裏で『能面ゆかり』と呼ぶものもちらほらいるがそれでも定時で帰れるしハクマくんを堪能できるのでいーやと思えるようになった。


神様ありがとう。


おしまい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生もないし敵も倒さないしとりあえず家帰って好きなテレビを見たいんだよっていう戦いなんですけど 茶碗蒸し @tokitamagohan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ