第7話
『……おらんな』
「……いないな」
お祖母ちゃんが通るであろう家までのルートを辿っているのだが、本人の姿は未だ見えない。家から集会場へ向かった時の道と大して距離は変わらず、歩きで三十分ほどの道だ。
もう十分は歩いているのに、お祖母ちゃんの姿は無い。街灯が続く河川敷なので遠くまで見えるのだが、人影の一つも無かった。
『始めから誰もおらんのに、歩いていれば横道からここに出てくる筈などと抜かしているからこうなる』
「ここだと思ったんだけどなぁ……」
お祖母ちゃんしか知らない道があるのか、結局は徒労に終わったようだ。
少し腑に落ちないがもういい。夜の散歩って事に切り替えて、のんびりと家へと戻ろう。
「……て言うか、正直な話、お祖母ちゃんが危ない目に遭うなんて想像できないんだよな」
『確かに。だがそれでも、
「それはわかってるよ。俺もだからと言って一人で大丈夫なんて思ってない」
煙草をくわえて、うつむき気味に答える。今日は地味に冷えるのか、煙草の煙と混じって吐息の白色が際立っていた。
お祖母ちゃんは現役で、未だに魔モノと戦っている。年齢のために自分から果敢に赴く事は少なくなったが、目につけば遠慮なく退治している。
しかも絢祈の家系の中でも強者であり、その力量は他家からも一目置かれていたりする。
対して母さんは平凡だ。不器用というか、戦うことに向いていない。子供の頃に持っていた力は絶大だったらしいが、今では失われて、代償まで抱えてしまった。お祖母ちゃんが未だに隠居しないのも母さんの事情が関係しているかもしれない。
『しかしまぁ、結局はいつも弥柑殿が一人で事を片付けてしまうのだがな。お前が赤子の頃に彼女らが話していたんだが、なにやら体長十メートルもある魔モノを、しかも三体同時に相手したらしいぞ』
「うぇ、それは凄いというか怖いというか……。全盛期とかどんなんだったんだろ」
『あぁ、それも聞いた事がある。五日間寝ずに戦い続けたとかなんとか』
「えぇ……」
聞けば聞くほどおっかない話だ。だがそんな話でも素直に受け入れられてしまうのは、やはりお祖母ちゃんの事を知っているからである。
何度か、素手のみの組手や、互いに奥具を使用しての手合わせをしているが、一度も勝ったことはない。相性や気心の問題もあるけど、家族だと思わずに本気でかかっても勝てないだろうと、心の中に刻まれている。
――いや、あの手段を使えば話が違ってくるかもしれないけど……まぁそれはまた別だな。なにより俺が望まない。
『……弥柑殿曰く、
「うるさい。黙れ」
煙草と同時に吐き捨てた。
途端に気分が悪くなる。
「わざとだろ。それは小さい頃にお祖母ちゃんから聞いたことある」
『むっ、そうだったか』
「白々しい……」
コイツは眠らない。睡眠という行動が必要ないらしい。だから俺が耳にしたものは確実に聞いている筈なんだ。
でも記憶という概念は存在するみたいで、本当に忘れていた事もあった。あった……けど、意地の悪いコイツならこの話題に関してはわかってて呟いたに決まってる。
『いつまでも餓鬼みたいな事を。もうお前も立派な青年であろうに』
「大きなお世話だ。そっちには関係ないんだから余計な口を挟むな」
イライラする……本当に。
煙草を出して口に咥える。火を着けようとライターを取り出したが、ガスが無いのか火花が散るだけ。
それで更にイラついて、ライターを思いっきり放り投げた。
「………………ん?」
投げた先の高水敷には少年野球に使われるグラウンドがあった。その中でなにやら、人が立っている。暗くてぼんやりとしか見えないが、立ったまま動く気配がない。
「なんだあれ……」
『幼い頃の野球を懐かしんでいる、とか?』
「こんな時間に? いやまぁ絶対に無いとも言えないかもだけど……」
けれど改めて見てみれば、その人影は灯りを持っていない事に気がついた。この暗闇の中でそんな行動、不穏な印象しか受けない。
「………………」
『なんだ、行くのか?』
「………お祖母ちゃんが通るかもだし」
魔モノなら放っておくが、相手が人間なら別だ。頭が可笑しい人間とは何をしでかすかわからない。
俺は若干の警戒をしつつ、その野球場へ下りていった。
君と共に往けるなら えら呼吸 @gpjtmw
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。君と共に往けるならの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます