第6話


“――こら、またそんなもの吸ってる!”


「……何、いきなり」


 夕食を終えて、部屋の机で肘をついて一服していたら、ノックして入ってきた母さんに途端に叱られた。母さんはいつも了承を得ずに部屋に入ってくる。

 なので煙草を隠す暇が無い。どのみち臭いで知られてしまうのだけど。


“全くもう……、あなたに手紙が来てるわよ”


 呆れたように手話して、割烹着のポケットから封筒を差し出してきた。

 宛先は俺個人。誰だろうと不思議に思い、裏の差出人の名前を見ると……顔が強張った。


 巫嶺静ふみねしずか。絢祈家と同じく退魔一族の一つ、巫嶺家の跡継ぎだ。

 御家同士の交流で幼い頃に知り合い、いつも鬼ごっこで執拗に追いかけ回されたのをよく覚えている。とても活発な少女だった。

 お互い他家の中で唯一同い年だったから、打ち解けるのに時間はかからなかった。


 でも、中学に上がってからはそんな交流も無くなって、彼女とも何の音沙汰も得られず、そのまま疎遠となってしまっていた。

 そんな状態が続いて高校生にもなったのに、突然にどんな用があって手紙を出したのだろう。


「………うっ」


 確認しようと封筒の中から手紙を取り出したはいいが、やはり、どうにも読むのに抵抗がある。

 こういった場合、久しぶりの連絡には胸が躍るものなのだろうけど、俺にとっては複雑な心境だった。


“あ、そうだ。真護に頼みたい事があるのよ”


 手紙を開くかどうか迷っていると、母さんが思い出した様に手話する。若干、救われた気がした。

 頼み事の内容とは、集会所までお祖母ちゃんを迎えに行ってほしいというものだった。


 机の上の時計を見ると、いつの間にか時刻は七時を過ぎていた。外は当然に暗い。最近物騒という事もあり、念のために俺と一緒に帰らせたいらしい。

 物騒なのは確かな事なので、別に断る理由はない。それに俺としてもお祖母ちゃんが心配なので、頼まれたのは丁度いい口実になる。














「――えっ、帰った?」


 集会所に辿り着いた俺は、受付の人にお祖母ちゃんの事を訊ねた。すると返ってきた言葉は、もう既に話し合いを終えて、少し前にここを後にしたというものだった。


 ここまで来るのにお祖母ちゃんとは出会っていない、どうやらお互い違う道を通ってすれ違ってしまったようだ。

 それではこの場にいても仕方が無いので、俺は受付にお辞儀してから、早々に集会所から出て行った。


 ――結局、この頼み事は無駄に終わった。最も考えたくなかった結末を迎えてしまったようだ。

 思わず溜め息が出る。別に、誰かが悪い訳ではないのだが、それでもやるせない気持ちは抑えようがない。


 だから持ってきた煙草を、周りの目も気にせずに吹かし始めた。

 この時間なので人通りが多くないけど、俺の事を知ってる人はいるかも知れない。だけど気持ちを落ち着かせたかったので、そんな警戒はどうでもよかった。


 しかし、集会所を出たのは少し前だったか……それなら、お祖母ちゃんに追い付けるかも知れない。

 着物姿で歩幅が狭められているだろうし、年齢も考えれば、歩く速さはお世辞にも早くはない。俺が来た時の道以外で帰るなら、どこを通るのかはおおよその見当は付く。


 ならばと思い、俺は歩く速さを上げた。折角ここまで来たのだ、まだ希望があるなら、完遂しないと馬鹿らしく思うてしまう。


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