第5話
「――ただいま」
玄関の戸を開ける。もう外は暗く、街灯が明るくなる時間帯になっていた。
結局あの後、ゲームセンターでただただ時間を潰しているだけだった。寝間着姿で他人の目を気にせずにタバコも吸える場所はそんな所しかなく、けれど金を使うのも勿体ないのでゲームはせずベンチに座ってスマホを眺めるばかり。端から見たらチンピラとしか映らなかったかもしれない。
「あら。おかえりなさい真護」
靴を脱ぎ終えて部屋に向かおうとすると、お祖母ちゃんと鉢合わせした。
着物を着て姿勢の良い立ち姿を見ると、無意識に此方も姿勢を正してしまう。師匠に対する恐怖心という意味合いも無くはないが。
うちのお祖母ちゃんは、六十歳になるのだが見た目は若々しい。常にお団子にしている髪は全部白くなっているが、不思議と艶は残っている。シワも歳の割には目立たず、二人で歩いていると親子と未だに間違われたりする。
「ただいまお祖母ちゃん。……余所行き用だけど、今から出掛けるの?」
「そうなの。町内会の会長さんが風邪を引いたみたいでね、だから私が代わりに集会所に行かないといけないのよ」
「それは大変だな。外は肌寒いから、お祖母ちゃんも風邪を引かないようにね」
「ありがとう。真護は優しいのね」
笑顔を向けられて、手を伸ばしたお祖母ちゃんに頭を撫でられた。恥ずかしかったが、嫌な気分ではない。
行ってきますと、玄関から手を振るお祖母ちゃんに、俺も小さく手を振り返して見送った。
――お祖母ちゃんは、俺が心を許せる唯一の人だ。あの大らかな性格と和らぐ笑顔は、昔から心が落ち着く。特訓の時の笑顔は悪寒しか感じないのだが……。
母さんみたいに煩く注意してこないし、俺のひねくれた性格も優しく受け入れてくれる。ガキみたいな理由だが、それでも俺はお祖母ちゃんが好きだ。
母さんの代わりに、俺にかまってくれたから……。
――夕食は俺と母さんの二人だけであった。
お祖母ちゃんはまだ町内会の話し合いがある為、帰りは遅くなるらしい。
茶碗の音が木霊する居間の中、俺はテレビを見ていた。バラエティ等には興味が無いので、ニュースの報道を見つめる。
すると、今日の事が報道されていた。
廃ビルの中で女性が倒れていて、病院に搬送されたというもの。
報道の写真とあの時の女性が同じ顔なので、助けた彼女で間違いない。警察を呼んだ後のことはわからないから、確認できてよかった。
『よかったではないか。あの時、本当に無視していればこの女は死んでいたぞ』
「…………」
とは言っても、無視したのは事実だ。あのまま振り向かずに歩いていれば見殺し、わかってて死なせる事になっていたんだ。
だから俺は誇れる人間ではないし、誉められる事をした訳でもない。一度は目を背けた罪滅ぼしをしたつもりもない。見ず知らずの他人なんてどうでもいい。……と言いつつ、結局は助けてしまった。
とても後味の悪い、むしゃくしゃした気分だ。結果として善い行いなのはわかるが、自分からしてみれば認めたくない事だった。
アイツだ。全部アイツが悪いんだ。アイツのせいでいつもイライラしてしまう。
俺はアイツとは、違うんだ……。
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