第19話 桔梗の華と蛇
お互いの認識を確認するために、わざわざ試すような発言をしたのだ。
「愚問を聞いた俺からの詫びはいるか?」
「それこそ愚問ですわ。わたくしと斗真の認識を確認するための質問に、お詫びなど必要ありませんわ」
斗真の言葉にレイカは毅然とした態度で振る舞う。その姿に斗真は満足そうに笑って頷く。
斗真と会話していても準備を進める手を止めていないのは流石だと言えるだろう。質問をした時点で、斗真はレイカより一足先に準備を終えていた。
「手伝いいるか?」
「え?もう終わりましたの?わたくしは、まだかかりそうですわ……」
そう言いながらも、レイカは斗真の手伝いを断る。黙々と荷物を纏めるレイカを見つめながら、斗真は先程の任務を伝えてきた職員に、もっと詳細を聞くべきだったかと後悔し始めていた。
少なくとも今まで分かっているヴェレーノ【トカゲ】の情報を貰えないか聞くべきだった。
そうすれば、討伐しかできない状況になった場合、少しでも生き残れる確率は上がるはず。
想定できる最悪を出来うる限り斗真は想像していく。考える事は苦手だけれど、それで己のフィオレの安全が確保でいるならば、そこまで苦に感じる事は無い。
斗真が1人でグルグル考えていた時間で、レイカは任務に必要な準備を終えた。終わったことを伝えようとしたレイカは、何やら考え込む斗真を視界に入れる。不思議に思ったレイカは斗真に近づく。
「どういたしましたの?斗真。わたくしの準備はもう終わりましたわ。何か気になる事でもありまして?」
レイカの問いかけに、思考の海に沈んでいた斗真の意識が浮上した。先程まで考えていた事をどうやって言葉にし、レイカに伝えればいいか。悩むが伝えないままにいるよりかは、悩みながらも伝える方が格別にいいだろう。何が理由で命取りになるのか分からないならば、なおの事。
「いや……何、もう少し情報を貰っておくべきだったなと思ってな。あるのと無いのとでは、生存率にかなりの差が出るだろう?」
「それは……そうですわね。具体的にはどんな情報が欲しかったんですの?少なくとも、戦闘に関してはあまり期待しない方が良い気もしますけれど。そうでなくば、わたくし達が斥候で出る意味がありませんわ」
「それは分かっている。俺が欲しい情報は、【トカゲの巣がどこにあるのか】と、【巣の場所が分からない場合、トカゲの出没地点の割り出しは出来ているのか】の2つ位か……今思いつくのは」
「成程……確かにその情報はある方が任務にかかる時間が違いますものね。0からなのか、ある程度情報があった状態で任務にあたるのか……聞いてみた方が良さそうですわね」
「だろう?だから職員がいた時に聞いておけば良かったな……っと思ってな」
「あら、今からでも遅くはないはずですわ。聞きに行きましょう?」
レイカは斗真の腕を掴みながら、荷物を持ち部屋から出る。居住区をぬけ、エレベーターに乗り職員区画まで降りた。エレベーターから降りた後は、職員区画の情報部隊区画へと入って行く。
区画の中に入れば見知った職員達がレイカと斗真に挨拶をして仕事に戻っていく。斗真とレイカも挨拶を返しながらも、歩みを止める事はなかった。足を進めていくと1つの扉にたどりつく。レイカは扉にノックしながら、室内にいる人物たちへ話しかける。
「レイカと斗真ですわ。任務について少し質問がありまして、聞きにまいりましたの。今よろしいでしょうか?」
問いかけに少ししてから返答があった。入室の許可を貰った2人は「失礼します」と言いながら室内に入る。
室内には情報部隊の部隊長とそのフィオレが居た。先に口を開いたのは部隊長の方だった。ゆっくりと顔を上げ視線を斗真とレイカに向ける。
「ショれで?どんな質問があって聞きに来たの?」
オリーブ色の瞳は縦に裂け、彼が爬虫類系の人外である証が見える。目元には鱗があり、光沢が美しい。茶色の髪は背中まで長く、それをうなじで1つに縛っている。けれども顔の両側にある髪だけは黒いメッシュが入っていた。
独特の発音はその舌の先が二股に裂けていつからなのだと、レイカは昔彼のフィオレに聞いた事がある。書類片手に椅子へ座っているが、それでもなお椅子や机が小さく見える程に彼の体は大きかった。
「トカゲについて少し聞きたい事ができたからな。先程伝えに、来た職員に聞く前へと聞く前に職員の方が居なくなってしまってな」
「ああ、でもショれは仕方ないと思うよ?報告ではレイカがダークマターみたいなの作って、斗真に食わシてたって涙目になってたけど……」
「んなっ!?そこまでですの!?ちゃんと手順通りに作りましたのよ?」
「手順通りに作ってあんな物体作ったの?シュこし見せてもらったけど、どうやって錬成したのって聞きたくなる程だよ。よく食べられたよね、斗真は」
「酷いですわ、カガチ!」
「わたシを酷いというなら、ショんな物を相方に食わシュ君も大概じゃない?」
「俺のフィオレが、俺の為に作った物だ。食うだろ」
「ショの気持ちは分かるけどねぇ」
限度ってものがあるだろう、そうカガチは呆れながら2人に言う。本題をそれ、言い合う3人を一歩離れた場所で見つめているのは、カガチのフィオレだ。
ピーコックグリーンに輝く瞳、光を閉じ込めるように輝く髪はプラチナブロンド。サイドだけ長いボブカットの彼女は、相方であるカガチに蕩けんばかりの笑顔を向けていた。
顔を見るだけならば美女だろう。その息が、はぁっはぁっと乱れてさえいなければ。己の人外に見惚れていると勘違いをする者が出ていたかもしれない。
3人の足り取りを眺め息を荒くしながら、カガチのフィオレはコポコポと音がするポットを持ち、3人に話しかける。
「話、ズレてる。質問は?」
「「「あ……」」」
カガチのフィオレからの指摘に3人は揃ってしまった!という顔をした。軽く咳払いして話題を変えようとしたレイカを無視して、フィオレは話しかける。
「お茶は?紅茶でい?」
「淹れてくれるの?カヨの淹れるお茶はしシいから、わたシはシュきだな。君達も飲む?」
「……いただきますわ」
手早く、けれども丁寧にカガチのフィオレ――カヨは紅茶を淹れる。その所作は洗練されていて、見る者をほぅっとさせる程に美しい。
味と香りを楽しませるように淹れられた紅茶は、カヨの手から3人に運ばれる。コトリ、と3人の目の前のテーブルに置かれたティーカップへ、真っ先に手を伸ばしたのはカガチだった。
「はぁ……相変わらジュ香りも、味もいいねぇ。シャシュがカヨ」
「はぁん!カガチがっ!カガチがっ私の淹れた紅茶を褒めてくれた!嬉しい!可愛い!ああああああああ!」
先程までの息は乱してはいたものの、まだ落ち着いた雰囲気を纏っていた人物とは思いたくない程に、突如叫び崩れ落ちたカヨ。身もだえるカヨに引きながらレイカは紅茶を飲む。カガチもまた、そんなカヨを愛おしそうに見つめながら紅茶を味わう。
「相変わらずですのね……カヨ。190㎝の大男を可愛いと言うのは貴女くらいでなくて?」
「何言ってるの?カガチは可愛くて格好いいの。つまりは最強に最高なの」
「急に真顔にならないでくださいまし!そう感じるのは貴女くらいだと、何度も申しておりますでしょう!」
「茶色い体に走る黒いラインもそうだけど、光沢がある鱗は美しくて触り心地もいのよ。つるつるでずっと触っていたいくらい!人型も大きいけれど、本来の姿である蛇の姿も美しくて格好いいの。美しいと、可愛いと格好いいが共存するのよ?最強だと思わない?あの大きな尾の中に丸まって寝ると、すごく安心するのよ。少しひんやりして気持ちいいの。カガチが一緒じゃないと眠れなくなるくらいに!」
「分かりましたから!一旦、止まって下さいまし!カガチが素晴らしいのは理解しましたから」
「は?貴女がカガチを理解なんてできるはずないわ!できるのは私だけよ。でもそうね、そこまで言うならカガチの魅力をいっぱい語ってもいいくらい」
「面倒くさいお人でうすわね!?そして止まってと言っていますでしょう!?話を聞いてくださいまし!」
レイカに詰め寄りながら、いかに己の人外が愛らしく格好いいかを饒舌に語り始めたカヨ。悲鳴を上げながら宥めようとする。しかし一度スイッチが入ったカヨは止まらない。カガチの魅力とやらをノンブレスで語り続けるのだ。
フィオレ2人を放置し、人外組2人は先程それた任務の話をし始めた。
FILRITURA~友愛の華を君に~ 司月 @sizuki012
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