第18話 オ゛ァ゛ァ゛ーッ
お椀に詰まったヘドロのような、スライムのようなモノからは「オ゛ァ゛ァ゛ーッ」と鳴き声を上げている。その横に置かれている皿には、三角にまとめられた異様に甘ったるい匂いを放つピンク色のモノ。斗真は困惑する。
前回は動き出したものの、声を上げることはしなかった。動き出すのもどうかと思うが、声を出す事は無かったのだ。
どうやって発声している?とか、そもそもこれはなんの料理だ?とか困惑している斗真を置き去り、レイカは料理の説明をし始めた。
「やっぱり、冷蔵庫の中が寂しかったのであまり品数は作れませんでしたわ。今度買い出しに行きませんと。ですので有り合わせでも簡単に作れる、豚汁と炊飯器に残っていたお米でおにぎりを作りましたの」
「豚汁とおにぎり……」
「ええ、もしかして……斗真、苦手でしたの?」
「いや……大丈夫だ。食う」
この奇声を発しているのが豚汁で、ピンクの三角がおにぎりなのか。斗真は信じられない思いで、未だに奇声を発する豚汁らしきヘドロ色のスライムが入ったお椀を持ち上げる。
意を決して口に入れようとした時、お椀の中のソレともう一度目が合った。思ったよりくりくりとした純粋な目と、おぞましい見た目がちぐはぐで。ソレは斗真と目が合うなり、己の最後を悟ったのだろう。
「オ゛ァ゛ァ゛ーッ!!タベナイデー!」
と叫んで、できうる限り逃げようともがき始めた。だが、もともと動けるような体ではない。体はウゴウゴと蠢くだけで、一ミリも移動は出来ていなかった。
食べにくい。非常に食べにくい。斗真の良心を刺激する言葉を選ぶあたり小賢しいとさえ感じる。
そもそもこの物体に目があった事も驚きだし、移動は出来なくとも動くことも驚く。極めつけは声を発する事だろう。食材から生物を誕生させるなど、どんな錬金術なのか。
「斗真?食べませんの?」
無邪気に聞いてくるレイカに、改めてお椀の中のソレを見る。ソレは諦めたように斗真を見上げ、「サヨナラ……」と呟て動かなくなった。
斗真は遠い目になりながら、覚悟を決め口にする。
己のフィオレが用意してくれた時点で、食べないという選択肢は初めからない。
斗真の口の中に広がるドロッっとした食感と、強烈な苦味と甘味。鼻にまで届きそうなほどの臭み。異様に弾力があるせいで、歯では嚙み切れない。何度、咀嚼しても嚙み切れず、とうとう丸吞みする事にした。
次に手に取ったのは、ピンク色の三角スライム、もといおにぎり。先程の豚汁のように、嚙み切れない可能性もあり慎重に口に入れる。
ゆっくり歯を立てると、ピンクのソレは案外簡単に髪切る事が出来た。咀嚼する度にジャリジャリと音が鳴る。気分が悪くなりそうな程甘ったるい匂いのするソレは、身もだえる程に酸っぱかった。
「どう?美味しいかしら?おにぎりは、斗真の好きな梅干しおにぎりにしましたのよ。豚汁にはおにぎりが合いますのよ」
「……ああ、大丈夫……ちゃんと食えるよ……」
若干青ざめながらもレイカを悲しませないように振る舞う斗真。そんな斗真に気づかず嬉しそうに笑うレイカ。斗真は必死に豚汁とおにぎりを胃におさめていく。
突如、2人の部屋のチャイムが鳴る。
「あら?誰か来ましたわね。わたくしが見てきますから、斗真は食べていらして」
レイカが客人を確認しに玄関へと向かう。部屋の前にはメディチーナの職員がいた。
ドアを開けたレイカに要件を伝えようとした職員は、斗真の手の中にある料理とは言えないソレを目に留め叫ぶ。
「なんつーもん食ってんですかー!?何ですかっ!?そのお椀の中にあるヘドロ色のスライムみたいなの!蛍光ピンクの三角!匂いもすげぇ!?あからさまに体に悪いモノじゃないですか!?」
「失礼ですわね!?わたくしが作った、普通の豚汁と梅干おにぎりですわ!ちゃんと食べられますのよ!」
突如乱入した職員を救いと勘違いしたのか、お椀の中のソレは職員にむかい叫ぶ。「タスケテェ!!」と。
叫び声にギョっと目をむいた職員は信じられないと言いたげにレイカの肩を揺さぶる。
「豚汁とおにぎりぃ!?普通の豚汁は奇声あげたり、ヘドロ色のドロッとした物体じゃありません!梅干しおにぎりがなんで蛍光ピンクの何かに変わり果ててるんですか!?しかも匂いも甘ったるいな!?料理で謎の物体を錬成しないで下さい!斗真さんも無理に食わなくていいんですよ!?」
職員がレイカに青ざめながら問い詰めてるあいだも、黙々と食べ続けていた斗真。気付いた職員は慌てて斗真に駆け寄り、斗真の手から料理を奪い捨てる。
「あっ……」
「これから任務だってのに、主戦力の人外にダークマター食わせんでください!」
「そ、そこまでですの?……斗真はいつも完食してくれましたから、気づきませんでしたわ……」
「いつも!?斗真さんいつもこのレベルのもん食ってんですか!?しかも完食!?」
「慣れれば大丈夫だ」
「慣れんでください!!」
斗真がいつも完食してくれて文句も言わない為、自分の料理は普通だと勘違いしていたレイカ。職員からのツッコミで、自分の料理が普通ではない事に気づいてしまった。しかもそれが普通とはかなりかけ離れている事も。
そんな料理を食べていた斗真に、職員と共に体に異常がないか心配し始める。いくら斗真が「大丈夫だ、心配ない」と言ったところで、オロオロするばかりの2人にキリが無いと斗真は任務について聞く事にした。
「それで?任務と言っていたな。何の任務か聞いてもいいか」
「あっ、そうでした!お二方が取ってきてくださった鱗が【トカゲ】の遺伝子と一致しました。ですのでヴェレーノが既に日本に居る事は確実と判断されました。お二方には【トカゲ】の捜索及び偵察。できれば討伐もしてほしいですけど、無理であるならば偵察だけお願いするとの事です」
「……随分と難しい任務ですのね?偵察だけならば、何とかなりますけれど。討伐までは……断言できませんわ」
「構いません。お二方は討伐を主にする部隊ではありませんから。討伐はあくまでも出来たら、です。ローラ所長も、もし被害者が出て、生きていた場合の逃げる時間を確保する目的の討伐命令であるっと仰っていましたから」
「そうか、そういう事ならば了解した」
職員が告げてきた内容に納得し、2人は任務に向かう準備を始める。準備を進める二人を眺めながら職員は、2人に一声かけたのちそっと部屋から出て行った。その背中を見送った後、斗真はレイカに向き直る。
「レイカ。俺達は偵察や情報収集が主な部隊の所属だ。巷を騒がせているヴェレーノの討伐もとなると……かなり難しい任務になるぞ。それでも俺についてきてくれるのか?」
「いきなり何を言い出すかと思えば、そんな事ですの。もとより覚悟の上ですわ。覚悟なくこの仕事を受ける方など、このメディチーナには所属しておりませんの。わたくしはメディチーナに所属している誇りがあります。それを侮るのなら、それはわたくしへの侮辱と受け取りますわよ」
「くっ、ふふ。そのようなつもりはなかったが、レイカがそのように覚悟を決めているのなら、俺からの否やはない」
斗真の心配そうだが、何かを試すかのような問いかけにレイカは間髪入れずに答えた。
自分はメディチーナの情報部隊に所属している誇りがあるのだと、所属しているならば、どんなに困難な任務でも最善を目指すのだと。
もし失敗しても、2人が集めた情報で戦闘に特化した戦闘部隊の者がヴェレーノを討伐してくれるだろう。それに任務の内容は、情報収集と偵察並びに可能ならばの討伐。
であるのなら、討伐の失敗は視野に入っている事になる。それでも討伐が任務内容に入っているのは、ヴェレーノの戦闘スタイルがどんなモノなのか、を情報で持ち帰る事を望まれていると思った方が良いだろう。
ソレが分かるだけでも、後続で戦う者の負担がかなり変わってくる。
戦闘スタイルを分析している時に、ヴェレーノを討伐してしまうのならば、少ない被害に抑えられるだろう。だからこそこの任務の内容なのだと、レイカと斗真も理解できていた。
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