小学生、町を作る

つばきとよたろう

第1話 小学生、町を作る

 道田つくるは色のあせたランドセルを背負って、商店街の一角にある、小さな中古ゲームソフト店の扉を引いた。一見すれば入るのを躊躇われるほどに廃れた店構えだった。ギーと物悲しい音がした。いい加減建て付けも悪く、強く引かなければ開かない扉だった。

「お化け屋敷じゃないだろうね」

 つくるは口の中で呟いた。無機質な棚が通路を作った狭い店内は、どんよりと暗い。あまり繁盛しているとは言えなかった。棚には埃を被ったゲームソフトがひっそりと並んでいた。でもつくるの住んでいる町には、中古ゲームソフトを売っている店は、この一軒しか存在しないから、ここに頼るしか選択肢が無かった。

 つくるは棚を眺めながら、面白そうなゲームソフトを丹念に探す。どれも古いソフトばかりで、最新の3Dゲームと比べれば見劣りした。それに予算のことを考えると贅沢を言っていられない。つくるは店内を回っているうちに、百円コーナーを見つけた。これならいくら金欠な、つくるにでも手が出せそうだ。しかし、百円と言うことだけあって、碌なゲームが置かれていない。有名なゲームを真似した出来損ないの物ばかりだ。つくるは一応目だけは通して、パッケージに付けられたゲーム画面に目を細めた。その時、ゲームのパッケージの中に、キラリと光る物を見た。光の反射で光るラベルが貼ってある物だったのだろうか。いやそんな単純な物ではない。つくるは期待に胸を弾ませながら、そのパッケージを手にした。町を作る。信じられないほど、簡潔なタイトルだ。つくるはその名前に言いようのない、親近感を覚えた。その名の通り町を作るゲームらしい。ゲーム画面を見て、細かい建築物が並んだ景観が、つくるの心を鷲掴みした。これは掘り出し物かもしれないし、クソゲーでも百円なら諦めも付くと、つくるの背中を押した。

 つくるはそのゲームソフトを手に、レジに向かった。冴えない顔のおじさんが、愛想悪くゲームソフトを受け取った。つくるは車のタイヤに潰されたような、腹ぺこのカエルの財布から百円出した。

「はい、百円ね」

 商品が売れても百円なら、ほとんど利益もないだろう。そういう気持ちが、店のおじさん顔から読み取れて嫌な感じがした。

「ありがとうございました」

 つくるが陰気な店から出る時、一応礼は言われたのが、つくるの耳に微かに聞こえた。つくるは折角買ったゲームソフトを落とさないようにランドセルに入れた。重いランドセルは、一日の教科書とノートが詰まっていた。つくるは期待と不安を抱きながら自宅を目指して、夕暮れ時の人通りの多い商店街を歩いた。自然に歩調は早まった。早くやってみたい。その事だけを一心に思いながら、つくるは見慣れた景色を急いだ。初めて手に入れたゲームソフトを持って帰る時の期待感は堪らない。つくるはパッケージのゲーム画面から、想像豊かにゲームの内容を思い描く。頭の中の想像が膨らんで止まらなくなった。体までもが浮き上がって落ち着かない。それを止めるには、実際のゲームをプレイするしかない。兎に角その時が来るのが、待ち遠しかった。

 市内にあるマンションに帰ると、焦る気持ちを抑えて、ただ今を言った。

「お帰り、おやつあるわよ」

 母の柔らかな声が聞こえてきたのは、3LDKのキッチンからだった。分かったとだけ簡単に答えて、つくるは洗面所で手洗い、うがいを済ませた。習慣なので苦ではなかった。むしろこれを済ませなければ、ゲームに身が入らないくらいだ。つくるは部屋に入る前に、言われた通りキッチンのテーブルから、おやつのドーナツを手に取った。母の作った手作りだった。店で売っているように形が整っていなかったが、味は母が作った物で満足していた。

「ねえ、部屋に持っていって食べていい?」

 つくるは、忙しく夕食の支度をする母の背中に、甘えるように声を掛けた。

「いいけど、こぼさないでね」

 期待通りの返事が返ってきた。分かってると言って、キッチンを出た。光沢のある廊下を滑るように軽快に歩いて、ゲームのことで頭が一杯になった。頬張ったドーナツの味も二の次だった。扉を開けて、ようやく部屋へ着いた。待ち兼ねたゲームの時だ。パッケージから、ディスクを取り出すのももどかしい。ゲーム機にディスクを入れて、電源を入れた。テレビの電源も入れた。遂にこの時が来た。画面が明るくなり、ロゴマークが表示され、さあゲームを始めようという気分になる効果音が流れた。つくるは画面をじっと見詰めた。

「町を作る」

 ちょっと不安要素を含んだタイトルが表示され、その下にスタートという文字が見える。つくるは使い込んだコントローラーのスタートボタンを迷わず押した。ゲームのパッケージに入っていた説明書を開いてみた。説明書にはゲームを進める込み入った手順が書かれていた。つくるは目を細めたり大きくしたりして、説明書とゲーム画面と見比べた。まず最初は、名前を入れるところから始まった。つくるは何も考えずに本名を入力した。

 道田つくる

 続いてマップの選択が始まった。新しい服に手を通すように、新鮮な気持ちになった。説明書には、十字キーを押して好きなマップを選ぶように書いてある。ゲーム画面には、新緑の草原が広がっている。その向こうに森林が見える。これからここに町を作っていくのだ。つくるは小さな湖と川のあるマップを選んで、決定ボタンを押した。その川に素敵な橋を架けてやりたいと思ったのだ。マップの名前に、つくるの名前が付いた。道田つくる町。もっと増しな名前にすれば良かったと、いささか後悔の吐息が出た。そこで作り直しはしなかった。取り敢えず次の進展が見たいために、先に進めることにした。次に拠点を決めることが求められた。どうやらこのゲームは、好き勝手に建物を設置できないらしい。陣取りゲームのように操作できる陣地が存在するようだ。つくるはあまり考えずマップの真ん中に拠点を配置した。拠点とは名ばかりで、広いマップの中にちょこんとキャンプ用のテントが張られた。ちょっと心許ない。人口は一人だった。

「何だよこれ」

 続けて建物を選択して配置しようとしても、赤色に配色されて設置できない。ゲーム画面をよく見ると、所持金がゼロを示している。資金不足で建物を建てられない。でもどうやってお金を貯める。つくるは説明書をじっくりと眺めた。こんな序盤から行き詰まるとは、先が思い遣られる。狩りをしてお金を貯めよう。ゲーム画面には、羊のような生き物が草を食っていた。配置したテントを選択すると、狩りをするという項目が出てきた。それを選んで決定した。テントの中から猟師が出てきて、羊のような生き物を手際よく狩り始めた。猟師が羊のような生き物を狩ると、五百円ずつ得られた。三匹狩って、千五百円だった。でもこれでは建物は何も建てられない。作れるのは道や標識くらいだ。

「詰まらないな。何か思っていたのと違う。もっとどんどん建物が建設できて、町作りできるのかと思ってた」

 つくるはコントローラーを放して、ドーナツを一口頬張り、一息吐いた。ゲーム画面を見詰めて、これまでの成果を確かめた。やった事と言ったら、テントを張って、少し道を作っただけだ。猟師はテントの周りの羊のような生き物を大方狩り捕って、休憩している。画面の端にはまだ羊のような生き物は草を食べていたが、そこまで向かう様子も無い。資金は三千円を超えていたから、あと少しで小さな商店が建てられる。期待に反して、現実は厳しい。

「また行き詰まってしまったな。この猟師を生き物のいる場所に誘導できればいいのにな」

 つくるはまたドーナツにかじり付いた。ゲームが進展しないストレスを解消するために、口を激しくもぐ付かせた。ドーナツは穴だけ残して、すぐに無くなった。それを世の中の何人の人が考えただろう。つくるは名案を思い付いた。道を作って、猟師を生き物の所まで誘導すればいい。資金は十分にある。でも上手く道を作らないと猟師が迷って迷路のようになる。まずは猟師の近くに道を作ってみた。すると、猟師が道に吸い寄せられるように歩き出した。

「上手くいった。このまま生き物の所まで道を作ればいい」

 どうやら道は陣地に関係なく作れるようだ。ちょっと失敗したけど、道は順調に生き物の所まで伸びた。猟師はその道をたどって、草原の端に向かった。

「よし、あと少しだ」

 ところが、颯爽と歩いていた猟師が急に立ち止まって、道の途中で休み始めた。焚き火を起こして、肉を焼いた。遠くまで歩いてきたから疲れたのだ。つくるは妙にリアルに作られているゲームに、がっくりきた。猟師はすっかり焚き火の前に陣取って、動く様子が見えない。つくるはドーナツを口に運んだ。皿はすっかり空になっていた。食べた感じはしないのに、お腹だけは膨れていた。食事の終わった猟師は、とうとう寝袋に入って寝てしまった。つくるは呆れるのと、不満を同時に画面にぶつけた。

「何だよ、このゲーム」

 時間ばかり食う。クソゲーかもしれないと、つくるは思い始めた。説明書を読んでも、猟師のことなんて書いてなかった。夕食の前までには、一区切りつけたいと思っていた。それも無理に思えてきた。

「このまま寝て、終わりじゃないだろうね」

 つくるはコントローラーを置いてテレビ画面を憎らしく眺めた。それから数分後、ようやく猟師が起き出した。寝袋を仕舞って、意気揚々とつくるの作った道の上を歩いた。ようやく羊のような生き物の群れにたどり着いた。

「さあ、狩りの始まりだ」

 猟師は今までの態度が嘘のように、機敏に狩りをした。次々に生き物が倒されて、お金が入ってきた。見る見るお金が貯まった。これで一番安い商店が建てられる。つくるはゲーム画面の下の建物から、商店を選んで最初の拠点の近くに配置した。すると、商店の周りに家が建ち始めた。一人だった人口が、三十人まで増えた。商店を訪れる人も現れた。つくるはやっとゲームらしくなったと思った。ところが、住人は不満顔だった。

「どうしたんだろう?」

 つくるは説明書を慌てて覗き込んだ。市民の不満を聞いて上げましょう。畑や田んぼ、工場が不足しているのかもしれません。

「なるほど。商店があっても、商品が入ってこないと駄目なんだ」

 猟師は十分に働いた。資金もまだ十分残っている。つくるは畑と田んぼを拠点から離れた場所に作った。稲や野菜が植えられて育った。食べ物の供給はこれで十分のようだ。市民の不満が改善された。道に沿って家が建ち始めた人口が六十人を超えた。するとお金が自然に入ってきた。猟の収入ではない。市民から取り立てた税金が入っているのだ。でも人口がまだ少ないので、税収も少なかった。つくるは貯まった資金で、道を整備しながらお菓子工場を建設した。人口は一気に上がって、百人に到達した。拠点はテントから木造家屋に変わった。家もどんどん増えてきた。小さな町が発展した。が、まだマップの真ん中が賑やかになっただけで、草原が広がっていた。つくるは道を伸ばして、町の発展を図った。が、思うように進まなかった。

「何が悪いのだろう?」

 つくるは問題を解く前に答えを見るように、説明書に目を通した。説明書には町を発展させるヒントとして、商店や工場、畑や田んぼが十分に足りているか確認するように書かれていた。確かに百人を超えている町に、商店が一つでは品不足になるはずだ。先ずは道を作り、商店を増やしてみた。上手くいった。視界が広がるように、陣地も広がった。

「この調子で陣地を増やしていこう。でも何か説明書やパッケージのゲーム画面と違うな」

 マップには戸建の家は建っているのに、ビルと言った大きな建物は見られなかった。限られた土地に人口を増やすには、人口密度を上げるしかない。それが出来ていないのだ。何か重要な建物が足りないのかな。

「学校を建ててみたら、どうだろう? でも結構費用が掛かるな」

 人口は既に千人を超えていた。待っていれば、税収で資金は貯まっていく。つくるは思い切って、学校を建ててみることにした。道を伸ばして、田の字ように囲って、その中に学校を配置した。学校の側に見る見る家が建って、家があった所には小さなビルが並んでいた。人口も三千人を超えた。つくるはこの要領で町をどんどん広げていった。人口一万人まであと少しだ。どんどん税収が入ってきた。つくるはこの町の市長になった気分になった。ちょっと踏ん反り返って、高級な椅子に座っているところを想像した。悪くない気分だった。町の発展を願って、ちょっとお高いが自動車工場を建設した。小さな家はビルに代わり、その間の道を車が走り出した。人口は一万人を超えた。一万人達成と、ゲーム画面に華やかに表示された。つくるはよっしゃーと拳を握り突き上げた。体中に力がみなぎって、達成感を味わった。すると、ゲーム画面に新しい項目が現れた。項目には視察と表示されていた。説明書を見てもそんな項目は記されていなかった。

「はて? 視察って現場に見に行くことだよな。新しいモードかもしれない」

 町も発展したし、つくるはこのゲームに満足していた。そろそろ新たな展開が欲しいと思っていたところだった。冒険が始まる時みたいに、つくるは瞳を輝かせ、視察を選択して決定ボタンを押した。押した後に、ぼんやりとした不安を感じた。と同時にテレビ画面が眩く光って、つくるはその光に呑まれた。目を開けていられない。一瞬の出来事だった。再び視界を取り戻した時には、全然別の場所に立っていた。

「あれ、ここは」

 見覚えのあるビルは、ゲームの拠点が木造家屋からビルに変化した物と似ていた。

「まさかと思うけど。ゲームの世界に入ったんじゃないだろうね」

 でも周りの景色は現実のそれと同じで、ゲーム画面のグラフィックスとは違っている。目の前の道路には、軽快に車が走っている。この真っ直ぐな道路とそれに沿って建ち並ぶビルや家屋には、既視感があった。つくるはいつの間にかランドセルを背負っていた。学校に行く時と、同じ姿だった。不自然に背負ったランドセルの中に手掛かりがあるかもしれないと思って、ゆっくり下ろして中を確かめてみた。中には今日入れた教科書とノート、筆記用具の他に、スマホのようなモバイルが入っていた。それはつくるの物ではなかった。電源を入れてみると、町を作るのゲーム画面が表示された。

「これでゲームが出来るんだ」

 つくるが最初に確認したのは、視察の選択ボタンだ。

「視察中になっている」

 それを選択してみるが、何の変化も起こらなかった。元の世界に戻れると思ったが、上手くいかなかった。他を探してみても、それらしいボタンも見当たらなかった。

「困った。元の世界に戻れない」

 つくるは途方に暮れるながら目の前を見た。拠点のビルが立ちはだかっている。何か手掛かりがあるかもしれないと、そのビルに入ることにした。入ってすぐに真新しいエレベーターがある。このビルはどこもぴかぴかで新品の匂いがする。怖々とボタンを押すと、ゆっくりと扉が開いて吸い込まれそうになった。入って階数のボタンを見ると二十一階もある。行く当てがある訳ではない。七階を押した。七階はつくるが住んでるマンションの階数だ。エレベーターは順調に昇り始めた。つくるは黙って階数表示を見詰めていた。階数が段々と上がっていく。七階が表示され、エレベーターが止まると、体がふっと浮き上がった。扉が開いて、真っ直ぐな廊下と壁に沿って、化石のように埋め込まれた黒い扉がひっそりと並んで見えた。誰もいない空間なのに何だか落ち着かない。つくるは自宅と同じ703号室の前に行って、扉に手を掛けた。これは一種の賭けだった。扉に鍵は掛かっていなかった。扉を開けると、つくるの自宅と全く同じ部屋が存在した。思っていたことが見事に的中して、つくるは体が熱くなるほど驚いた。

「ここは、ぼくのうちだ」

 つくるはすぐに運動靴を脱いで、遠慮なく部屋に上がり込んだ。

「ただ今」

 半信半疑になりながら、小さく呼び掛けてみたが、返ってくる声はなかった。キッチンには誰もいなかった。食卓にはトーストとハムエッグが並べられていた。時計は七時を示していた。配膳が一人分だけなのが寂しい現実を突き付けられたように思えた。

「やっぱりいないか」

 つくるは期待した分、寂しさが増した。洗面所に行って手洗い、うがいを忘れずに自分の部屋に行った。そこは間違いなく自分の知っている部屋だった。

「ここは元の世界じゃないんだ」

 窓から見える景色が、その事を証明していた。

「ここに来たのは視察なんだから、町を見て回らないと始まらない」

 今この世界では朝らしい。いつもの習慣から、学校に行ってみることを思い付いた。この町にも学校があるはずだ。つくるが作った真新しい学校だ。キッチンに行って朝食をし、支度を済ませた。ランドセルを背負って、自宅を出た。行ってきますと思わず言って仕舞ったと思った。返事は無かった。当たり前だ。誰もいないのだから。エレベーターで下りて、ビルの前に出た。

「どっちに向かうんだ」

 確か学校はマップの上の方に建てたはずだ。

「どっちが北で南だろう?」

 拠点の前を走ってる道路は、東西に伸びていたはずだ。つくるはその道を少し歩いて、車の行き交う大きな交差点を右に曲がった。町の景色を眺めていると、ここがゲームの中の世界とは思えない。

「ぼくの作った町とそっくりな世界が存在する」

 つくるはまだ信じられない物を見ているような目で、ビルや家屋を見渡しながら先を急いだ。学校は後に作ったから、拠点とは少し離れた場所にあった。ゲーム画面と違って歩くと、二十分掛かった。住宅地の中に一際白い学校の校舎が見えてきた。田の字に敷設された道が囲っていた。つくるが作った学校に間違いない。自然と嬉しくなって足が速まった。が、校門がどこか分からない。田の字の道を一周回って、何とか学校の門にたどり着いた。ちょうど通学時間で、つくると同じ年頃の生徒が登校してきたところだった。つくるはその流れに紛れ込んで、校舎に入った。向かうのは、四年生の教室だった。この校舎は当然初めてだったが、おそらく二階だろうと思って、昇降口から見える階段を上った。他の生徒が教室に向かっているから、それに付いて行けば良かった。

 つくるは三組だったから、三組の教室に入ってみた。

「つくるくん、おはよう」

 知らない女の子が、心地よい響きのある声で挨拶をした。つくるはドキッとした反面、少しほっとした。教室を間違えていなかった。ここで合っているようだ。

「おはよう」

 つくるは女の子とあまりしゃべったことがない。少し恥ずかしくなって、声が小さくなった。

「どうしたの? 元気ないね」

「そんな事ないよ。元気元気」

 誰だっけ、名前分からないけど。つくるは繕うように話を合わせた。女の子の胸の名札には名前があった。佐藤さよと書いてある。佐藤さよは、小鳥が囀るように笑った。

「つくるくんて、面白い人ね」

 つくるは照れ笑いして、体がむずがゆくなった。こういうシチュエーションって初めて体験する。女の子と話したこともなかったし、友達もいなかった。教室では、いつもぽつんとしていた。それが、今日は全然違う。みんなに歓迎されているみたいだった。

「あのー、ぼくの席どこだっけ?」

「えっ。忘れたの? つくるくんの席は窓際の三番目の席でしょ」

「ああ、そうだった」

 これで取り敢えず席に着いて落ち着くことができると、つくるは安堵した。窓際の席まで行って、ランドセルを下ろした。心なしか荷物が、いつもより重い気がした。モバイルの分だけ重いという訳でもないだろう。つくるは席に着いて、朝の賑やかな教室を水槽の熱帯魚を見るみたいに眺めていた。すると、こんな会話が聞こえてきた。ちょっと可愛い女の子同士でしゃべっている。右のショートカットの子の方が好みだった。

「隣のおじいさんが道で転んで、怪我したんだって」

「えー、気の毒に」

「うん。でも治してくれる所が無いから、家で寝た切りなんだよ」

「それ大変ね」

 不安に囚われた女の子の顔は、暗く霞んで見えた。怪我なら病院に行けばいいのに。つくるは当たり前のことを思った後で、よく考えてみれば、この町に病院が無いことを思い出した。つくるは町を体と例えた時、とても大切な器官が欠落していることに気づいた。

 それならすぐに病院を作ればいい。モバイルをランドセルから取り出した。操作しているところを誰かに見られないように、びくびくしながら机の下に隠れるように操った。これはいい事なのに、誰にも言えないやましい事をしているみたいだった。素早く起動させ、ゲーム画面を表示させた。総合病院は二万円もする。現在の資金は三万くらいだから、余裕で建設できる。大きな失費には変わりがないが、町に病院が一つも無くて困っている人が多いはずだ。つくるは病院を選択して、空き地に設置した。道路も忘れないように整備した。ちょっと町の中心から外れるが、これで医療の問題は解決したと、つくるは自信を持った。病院が出来たことで、ますます町が発展した。人口は二万人を超えた。ところが、翌日学校に来てみれば、こんな困った話を耳にした。

「隣のおじいさん、病院に行ったんだって」

「良かったじゃない」

「ううん、それがね。病院が凄く混んでいて、何時間も待たされたんだって」

「それは困った話だね」

 また問題が起こっている。つくるはモバイルを手に、こっそりとゲーム画面を覗いた。誰にも気づかれないようにするのは、一種の緊張感を覚えた。が、つくるが怖れていることは起こらなかった。病院の問題を解決しなければならない。が、資金は一万ちょっとで、とても総合病院を建てることは出来そうもない。そこで、つくるは建物の項目を眺めた。総合病院の他には、小さな個人病院が表示されていた。価格は八千円ともう少しで二つは建てられる。税収も上がってきて、すぐに資金が貯まりそうだ。一万六千まで待って、つくるは個人病院を二つ作ることにした。全ての人が病院に行きやすいように、間隔を開けて設置した。これで何とか医療は行き届いたはずだ。おじいさんは、これで待たなくても診察を受けれるだろう。町の人口が三万に迫ってきた。家屋だった所が、新しいビルに建て変わっていた。町の中心部が都心のように育っている。つくるはもっと周りが発展するように、町の周囲に道を伸ばした。すると道に沿って家が建ち始めた。税収は上がっているので、待っていればすぐに資金が貯まった。貯まった資金で、商店を建てていく。基本この作戦で町を広げていった。それでも人口の伸びは、いまいちだった。

 休み時間、席が後ろの女の子が本を読んでいた。静かに読んでいるのが、誰にも気づかれないふうにしているようだった。じっと見ていたので、とうとう気づかれてしまった。

「どうしたの? 何か用」

「ううん、本読んでいるから本が好きなのかなと思って」

 名札には花園弥生と記されている。どこか古風な名前だ。

「うん、本は好きだけど。これ何度も読んでるの」

「本屋で買ったの?」

「本屋? この町に本屋はないよ。それにね。本屋があってもすぐ読んでしまうから。なかなか新しい本は買えないの」

 花園は本を閉じて、机の上に置いた。本気で読んでいたのではないらしい。

「この学校には図書室があるんじゃない」

 つくるはふと頭に浮かんだことを自信ないように言った。と言っても、一度も利用したことがなかった。花園は小さく頷いた。でも顔は浮かない顔だ。

「うん、でも人気が高くて面白そうな本は、全部貸し出し中なの」

「そうなんだ」

 話が一段落付くと、花園は本を手に取って開いた。また同じ所を読み始めた。つくるは何か出来ることはないかと頭をひねった。本屋を建てることも必要だが、本が借りられる施設も欲しい。つくるはモバイルを手に取って、建設物の項目を探した。本屋はすぐに見つかった。価格も四千円と手頃だった。その隣に図書館が見えた。こちらは一万二千円とちょっと高い。資金は二万円台だ。両方建てると、資金を全部使い果たすことになる。つくるは花園の顔をさりげなく見た。伏せた切れ長の目が涼しげに綺麗だった。この子を笑顔にさせて上げたい。誰だってそう思うに違いない。つくるはモバイルを操作して、図書館を選んだ。この学校からそう離れていない場所を選んで、図書館を設置した。家屋が数軒取り壊しになって、つくるは少し心が痛んだ。が、この犠牲は目的を達成するために仕方がない。つくるはこの町に図書館が出来たことを早く伝えたくて、後ろを振り返った。花園は本のページをパラパラとめくって、読み飛ばしていた。

「花園さん、図書館が出来たこと知ってる」

「えっ、本当に」

 思いのほか反応は良かった。それで、つくるも体が温かくなるほど満足した。

「それじゃあ、今日学校の帰り寄ってみようかな。つくるくんも一緒にどう?」

 どうと言われて、つくるは二つ返事で了承した。つくるは自分で作った図書館を見てみたかった。これこそ視察だと言えよう。

 放課後には、図書館に向かう仲間は五人に増えていた。二人だけで行くのもちょっとドキドキするが、みんなで集まっていくのも賑やかで楽しそうだった。

「図書館って、どこに出来たの?」

「学校のすぐ近くだよ」

 つくるを先頭に花園弥生、佐藤さよ、山形正吾、三笠徹、岡本隆が列を作った。みんな本当に新しく出来た図書館に手のひらからこぼれるほどの期待を抱いていた。通学路を通って、横断歩道を渡って十分歩いた所に巨大な真新しい建物が見えてきた。近代的な外観で、五人の目を引いた。

「これが図書館なの?」

 山形が炭酸が弾けるように興奮して大声を出した。

「まるで未来に来たみたい」

 佐藤が建物の曲線を描いた宇宙船ぽい所を指差した。つくるたちは図書館の前に立って、首が痛くなるほど見上げた。中に入るのは、ちょっと尻込みした。みんなで勇気を出し合って、自動ドアの入口へ入っていった。この時ばかりは、みんなが一緒に来てくれたことに感謝した。つくると花園だけだったら、入館するのも気後れしただろう。明るく広いロビーの奥には、数え切れないほどの本棚が並んでいた。

「どこから見ればいいんだよ」

 山形がその数に圧倒されながら首をひねった。

「児童書の棚があるはずよ」

 花園は目を輝かせながらも、意外に冷静だった。彼女が一番喜んでいるはずだ。

「探検だ。探検しようぜ」

「そうだ。俺も俺も」

 三笠と岡本の気持ちも分からないではないが、ここは静かに本を閲覧する場所だと言うことを忘れてはいけない。つくるは今度は大人数で来すぎたかなと後悔に近い物を感じた。

「図書館なんだから静かにしないとね」

 佐藤が、ぴしゃりと注意した。流石佐藤がいて良かった。三笠と岡本も叱られて、ようやく大人しくなった。周りをよく見ると、みんな静かに本を見たり、選んだりしている。

「早くぼくたちも本を探そう」

 つくるは花園がそう思っていると思って、みんなに呼び掛けた。

「漫画あるかな?」

 三笠が尋ねるように振り返った。

「どうかな。活字の本が中心だと思うけど。絵本ならあるかも」

 花園が丁寧に答えた。つくるなら、あるわけないだろと一言で済ませるところだった。児童書の棚は、すぐに見つかった。つくるは普段ゲームばかりで本を読まないから、どれを選んでいいか迷っていた。それにしても、沢山の本が並んでいる。つくるが本を選ばずに本の背表紙ばかり眺めていると、花園がこっそりやって来て一冊の本を渡してくれた。

「小学生、町を作る」

「これなんか面白そうだよ」

「どんな本なの?」

「町を作るゲームの話だよ」

「へー、面白そうだね。でもどうしてぼくがゲームが好きだって知っていたの?」

 つくるは不思議に思って聞いた。

「だっていつも携帯ゲームやっているから」

 花園は、つくるがこそこそゲームをするのを見ていたのだ。

「何だ。知っていたの?」

 つくるは照れ笑いしながら、頭を掻いた。内心隠れてやっていたのが、バレてドキンとした。

「うん、だって夢中になっていたから、ちょっと羨ましかったの。だからこの本もきっと面白いと思うの」

 つくるはそう言われ、改めて花園に渡された本に目を落とした。すると、爽やかな風が吹いてページをめくるような気持ちの良い気分になった。

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