第17話 次なるゲームの場に
憂鬱な気持ちをひきずりながら、私は南海本線の新今宮駅をおり、環状線にのりかえる。大阪城公園駅でおり、その場に向かう。
もし、この場所にいかなければどうなるのか?
多分だけど、私は死ぬ。
直感的だけどあの死神は嘘をついていないと思う。あの赤毛のグラマーな死神が私に嘘をつく理由もメリットもない以上、彼女が嘘をついていないというのが合理的だ。
重い足を引きずりながら、大阪城公園に向かう。平日だが、けっこうな人がいる。ジョギングしているおじさんやデートをしているカップル、ピクニックをしているファミリーなど。
それらの人々を横目でながめながら歩いていると、明らかに空気がかわった。
ピリピリと肌を刺激するような感覚だ。
公園内にいた人々がすっと消えた。
ここにいるのは私だけとなった。
そう、世界はかわったのだ。
遊戯の悪魔がつくりだした疑似世界となったのだ。
「よくおいでなさいました」
それは悪魔バルギルバルの声だった。私の前方約五メートルのところににっくき奴はいた。私は自分の心を落ち着かせるためにパーカーのポケットにいれてあるイマジンカードを握りしめる。
「約束どおりきたわよ」
私は言った。来たくはなかったけどね。
「今回はあなたに泥棒と警察を楽しんでいただく所存です」
舞台役者のように悪魔バルギルバルは深く頭をさげる。
泥棒と警察。
地方によって呼び方はいろいろある。私の地元では泥棒と探偵といっていた。
ルールは鬼ごっこの変形といっていいだろう。泥棒と警察にわかれて争うゲームだ。泥棒チームは警察に全員捕まればゲームオーバーだ。泥棒は途中でつかまった仲間を開放することができる。泥棒が全員つかまれば、本来はチームをいれかえるのだが、今回はきっとそではないだろう。
「そうです。あなたがたの勝利条件は深夜十二時までにげきることです。それまで一人でもにげきれば私は死神に囚えた魂の一つを開放しましょう。それではゲームスタートです」
悪魔バルギルバルは指をパチンと鳴らす。
かわいた音が周囲にひびく。
奴はいずこかへ消えて、その次の瞬間地面に魔法陣がうかびあがり、何者かが出現する。その人物は蛇の頭をもった人間だった。赤い瞳でこちらを見ている。裂けた口から細長い舌をチロチロと出し入れしている。鱗だらけの手にはサバイバルナイフを持っていた。
どうやら奴が鬼のようだ。
そしてきっと奴は江戸川麻美子を殺害した犯人である蛇原純一に違いない。蛇原だから蛇男なのだ。その姿はゲームなんかでよく見るリザードマンによく似ている。
私はくるりと体を回転させ、やつから逃げる。
逃げながら、私は見た。
大阪城公園のあちこちに光が浮かび、何者かが複数人出現する。
彼らは敵か味方か。それはわからない。
だが、あの悪魔バルギルバルはこのゲームを泥棒と警察といった。ということは何人かは追われる側であり、何人かは追う側であろうと思われる。確実にいえるのはあの凶暴な風貌をした蛇男は追う側に鬼であると考えていいだろう。
私はその蛇男から距離をとる。ある草むらにかくれる。
「イマジンカードから出よ」
私は小声でいい、イマジンカードから私立探偵の神宮寺那由多を呼び出す。
「呼び出してくれてありがとう」
私の真横でかわいい顔をした私立探偵がささやくように言う。スタジアムジャンパーのポケットから銀の懐中時計を取り出す。
「あと十二時間、あいつらから逃げないといけないのね」
神宮寺那由多は言った。
その時だ。ぎゃあああという悲鳴が聞こえる。
私は草むらからその光景を見る。
あの蛇男は老人の首を掴んでいた。
老人はじたばたと逃げようとしているが、圧倒的な力の前には無駄なようだ。
蛇男は持っていたサバイバルナイフで老人の足を滅多刺しにする。真っ赤な血が地面をぬらす。
私はこの老人を知っている。
私が働く旅行会社によくクレームをいれていた人物だ。安いチケットを買って、ファーストクラスなみのサービスを要求するクレームモンスターであった。
まあ、あんな奴は死んだってかまわないだろう。
そのクレーマーの老人は地面に捨てられる。光の魔法陣に老人は吸い込まれた。
これは推測だが、つかまったものはあの光に吸い込まれ、牢屋となるところに閉じ込められるのだろう。牢屋はこの大阪城公園のどこかにあるのだろう。
泥棒と警察ではつかまった仲間を開放することができるが、あんな奴を開放する気にはなれない。
やはり自分ファーストでいこう。
私は十二時間あの蛇男から逃げ続けなければいけないのだ。
逆に考えれば、逃げ切るだけでいいのだ。
隠れるのは影の薄い私にとってはお得意だ。大人数での行動はひかえるべきだろう。
このままずっと隠れていようと思ったが、そうはいかなくなった。
私の手を握り、神宮寺那由多が駆け出す。
振り向くと上半身はセクシーで美しい女性、下半身は醜い蜘蛛の怪物がいた。たしかアラクネーという名前の怪物だ。どうみても味方に思えない。泥棒と警察における鬼といっていいだろう。
私たちは力のかぎり逃げるが、そのアラクネーはとんでもない速さで私たちの追いつく。八本の足のうち、一番前の両足をふりあげる。その鋭い足で私たちを貫こうというのだ。私はイマジンカードを取り出し、頼れる仲間である軍人の渡辺学を呼び出そうとする。けど、おもったよりもアラクネーのほうが速い。
こんなことなら全ての仲間を呼び出しとけばよかった。
「させないわ!!」
聞き慣れた声がした。
その声は私の親友の月影響子であった。
彼女は天高くジャンプするとなんとアラクネーの顔面の飛び蹴りを決めたのだ。
「月影流風月」
そう言い、彼女は着地する。
アラクネは響子の攻撃により顔をおさえてうめいている。
「助けにきたわ、月ちゃん」
にころと綺麗な笑みを浮かべて、響子は言った。
生き返るには囚われた魂を解放すること 白鷺雨月 @sirasagiugethu
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