灰かぶりの魔女シャルロット~シャルロットは今日もファイアボールを撃つ~

黒幸

シャルロットは今日もファイアボールを撃つ

「はぁ……」


 これで何度目だろう。

 『火球ファイアボールしか撃てないんじゃ、役に立たない』

 そう言われて、今回、お試しで同行させてもらったパーティーからも解雇された。

 そうなのだ。

 わたしは火球ファイアボールしか使えない魔法使いだ。




 わたし、シャルロット・グラースはかれこれ、八年も冒険者稼業に身を置いている。

 現在、二十六歳の絶賛行き遅れ街道を大手を振って、突き進んでいるが後悔はしていない。

 わたしにとって、冒険者というよりも魔女であることが天職なのだ。


 問題があるとすれば、見事なまでに特化したわたしの鍛え方によるだろう。

 そりゃ、そうだ。

 撃つべし! 討つべし!

 攻撃することしか、考えていなかったので使える魔法は火球ファイアボールだけにして、ひたすら火球ファイアボールを鍛えた。

 だから、威力には自信がある。

 ただし、当てる自信はない!


 攻撃こそ、最大の防御! 殺られる前に殺れ!

 うちの家訓はそんな物騒なもんだから、影響されたのに過ぎないんだ……。

 ママはエルフで魔法戦士なのに『剣姫』の二つ名で呼ばれた鬼みたいに強い剣士だっ。

 お察しくださいと言ったところだろうか?


 あー。

 それでこのことは実際に現場で確かめてもらわないとバレない。

 そういう他人の能力を判別出来るユニークスキル持ちもいるという噂はあるが、お目にかかったことはない。

 相当にレアなスキルらしい。

 つまり、冒険者がパーティーに入ろうとアピールする時の実力がどうのっていうのは、自己申告に過ぎないのだ。

 だからって、冒険者ギルドを欺こうなんて考えちゃいけないよ?

 ギルドには能力の判別が可能な魔法の水晶玉があるんだ。

 ズルはいけないってことだね。


 正直者が損をする。

 そうは言うけど、冒険者の場合は正直じゃないと早死にするだろう。

 ソロで活動するなら、それでいいかもしれない。

 罪をあがなうのは己の命だからね。

 でも、仲間がいたら、他人を巻き込んでしまうんだ。

 ずっと罪が重くなる。

 で、わたしの場合は正直に申告して、その通り。

 だから、お試しで同行してはリストラをされる日々なのだ。




 わたしは辺境の寒村シャンドフルールで生まれ育った。

 生まれつき魔力が高かったから、村の期待を一身に背負う存在だったんだよ。

 今はアレだけどね!


 おらが村の神童って、やつだったのよ。

 それで特待生として魔法学校に入学しちゃったのだ。

 これが大変だった。

 努力したのよ?

 それこそ、血の滲むような努力をした。

 お貴族様ばかりがいる中で平民は珍しいんだよね。


 結果を出さないと針のムシロって、本当にあったんだっていうくらいに視線が突き刺さるんだから。

 それで学科では常にトップクラスを維持していた。


 そう学科ではね! 座学だけ首席だったのよね。

 だが、どこかで間違っちゃったらしい。

 運命の女神さまに嫌われちゃったんだろう。

 一流の教育を受けられたのに覚えられた魔法がなぜか、火球ファイアボール、たった一つだけだったのだ。


 だから、卒業して、冒険者になったのだ。

 魔法学校は教師として、採用したいという話はあった。

 実技で魔法が一つしか唱えられないアレな存在だけど、学科での優秀な成績と努力を評価してくれたのだ。

 断ったのよ。


 それには理由があってね……。

 子供の頃、シャンドフルールで恐ろしい魔物に襲われたのだ。

 その時、救ってくれたのが他ならない冒険者だった。

 今、冒険者をやっているわたしには身に染みてよく分かる。

 彼らが正義の為とか、そんな生易しいもので動いているんじゃない。

 あの時は子供だったんだ、わたしも!

 純粋に憧れた。

 わたしもあんなかっこいい冒険者になるってね。

 あっ、ちょっと嘘だった。

 冒険者になるのに憧れたんじゃなくって……魔物に殺されそうになったわたしを助けてくれた銀髪の冒険者さんにもう一度会いたいって、思った。

 それが本当の気持ちだ。

 あれがわたしの初恋だった。

 そっから、恋の一つもしてないんだけどさ。


 あーあ、それでも最初の頃はまだ、よかったのになぁ。

 火球ファイアボールしか、撃てなくてもどうにかなったんだ!

 だけど、パーティーに入る。

 すぐに首になる。

 この繰り返しで完全ボッチになるのにそんなに時間はかからなかったんだよね。


 そりゃ、そうだろう。

 『灰かぶりの魔女』だとか、『黒焦げの魔女』だとか。

 物騒な二つ名がついた魔法使いを誰が仲間に入れるだろうか?

 わたしだって、絶対に入れないと思うわ。


 もう潮時なのかもしれないなぁ。

 故郷ではもう家庭に入っているどころか、子供が数人いてもおかしくない年齢なんだよね。

 ママがエルフだから、ハーフとはいえエルフの血が成せる業なんだろう。

 見た目だけは少女時代から、あまり変化の無いわたしだけど、疲れてきたのだ。


 もう故郷に帰って、実家の薬屋さん手伝いでいいんじゃない?

 ママもその方が喜ぶかもしれない。

 そう考えていた時だったんだ。

 彼女が鈴のなるような涼やかな声を掛けてきたのは……。




「あ、あ……あのぉわたしたちとパ、パーティーを組んでくれませんか?」

「えっ、誰? わたし?」

「は、は、はい」

「本当にわたし? 黒焦げの魔女だよ?」


 どうにもいけない。

 解雇癖がついちゃったせいか、疑り深くなってしまったのだ。

 左右を見渡しても誰もいない。

 わたし? 本当に?

 確認すると頷いているから、わたしのことで間違いないらしい。


 声を掛けてきたのは小柄な少女だ。

 わたしも相当、小柄な方なんだけど、この子はもっと小さい。

 小動物のようなくりくりとした鳶色の瞳に栗色のショートカットが良く似合う可愛らしい女の子といった見た目だ。

 軽装備の部類に入る上半身のみを守るタイプの革鎧に膝上までしかない短めのヒラヒラとしたフリルの付いたスカートを穿いている。

 腰に佩くのが長剣だから、クラスはスカウトだろうか?

 彼女の見た目の愛くるしさもあって、冒険に出かける冒険者ではなく、ギルドの受付嬢が何らかのプロモーション活動をしているだけと言われても納得出来る。


 彼女の後ろには仲間と思われる少年が立っていた。

 こちらは対照的に背が高くて、体格もがっしりとしているようだ。

 少女の頭一つどころか二つくらいは大きい。

 相当の長身だ。

 長身なだけではい。

 鍛え上げられた筋肉は中々に見事なものだ。

 だからといって、ムキムキの筋肉質という訳ではなく、食傷気味にならない程よい筋肉加減だろう。

 顔のつくりも悪くない。

 いや、むしろ普通に整った部類に入っているのにあまり、そう思えないのは仲間の少女があまりにも美少女すぎるせいなのかもしれない。


 体格からして、少女が後衛で少年が前衛だろうか?

 その割に少年の装束が気になる……。

 いくら下にチェインメイルを着ていると考えても軽装すぎるのだ。

 神官の旅装束にしか、見えない。


「え、えっとそうです」

「私の二つ名は知ってるよね? それでもいいのかな? 灰かぶりだよ? 黒焦げだよ?」

「は、はい。わ、わ、わたしたちもその……」

「うーん。まぁ……座って話しましょうか。まずは落ち着いて話さないとね」


 わたしのいたテーブルに二人にも座ってもらうことにした。

 少女はフラヴィア・サトゥルノと名乗った。


「そ、そのわたし、戦士なんです。でも、回避しか能が無くて……それでスキルも挑発しかなくって。お前みたいな戦士いらないって、首になったんです」


 えぇ? あなた、その体格で前衛? しかも戦士なんだ……。

 意外過ぎて、吃驚びっくりしちゃったよ。

 まっ、火球ファイアボールしか撃てない魔女よりはましなんじゃない?

 おまけに当たらないんだよ?

 え? ましじゃないのかなぁ。

 回避しか出来ないのって、そんなに駄目なことなのかなぁ。


 少年はジークムント・アルトナーと名乗った。

 フラヴィアの幼馴染で神官らしい。

 だから、神官の旅装束だったのね。

 

 二度見してしまった。

 あっ。

 その体格で後衛どころか、ヒーラーさんだったの!?

 こっちも意外過ぎて、吃驚びっくりだよ。


「僕は神官なんですが……その痛いのは嫌なんですよ。それで防御をメインにしちゃいまして。とにかく、身体を鍛えました。あ、だからといって、ヒールが下手な訳じゃないんです。『お前のようなヒーラーがおるか』とフラウともども首になりました」


 へぇ、なるほど。

 二人とも訳アリだったとはね。

 二人は負けることはないが勝つこともないペアと言えるだろう。

 いわゆる回避盾の前衛戦士と疑似盾が可能な神官。

 そう例えてみると前途有望そうに思えるが、この二人には敵を倒す手立てがない。

 お手上げ状態なのだ。

 パーティーを組んでも『回避しか出来ない戦士とか、草生える』『防御だけのヒーラーとかないわー』『ぷっ、火球ファイアボールしか撃てない魔法使いも帰ってくれないか』と役立たず扱いされるのが分かる。

 というか、最後の一言は自分で考えてて、悲しくなってくる!

 何、これ……。

 極振り友の会を結成なの?


 んー、ちょっと待って。

 いや、もしかしたら……。

 これはもしかして、もしかするのではなだろうか。

 ありなのかもしれない。


「いいわ、やりましょう」

「ほ、本当ですか? やったぁーっ」

「それじゃ、これからパーティー組んで頑張ろうっていうのによそよそしいのはなしでしょ? わたしのことはシャルでいいわ。えっと……フラウちゃんにジークくんでいいのかな?」

「「はい、シャル先生」」


 もう故郷に帰ろうと思ってたんだし、これが最後のチャンスってことでやってみよう。

 こうして、わたし達三人は臨時パーティーを組むことになったのよ。

 あー、わたしは引率の先生じゃないんですけどぉ!




 そんなこんなで急ごしらえの三人パーティーが誕生した。

 構成だけを見ると実にバランスがいい。

 フラウちゃんがタンカーでジーク君がヒーラー。

 わたしは中衛をこなせるアタッカーだ。

 クラスこそ、魔法使いだけどママに鍛えられたお陰での剣術と格闘技には自信がある。

 そうなのだ。

 役割分担とクラスだけを見たら、最高じゃないか、私達!

 実際は三人とも癖が強いせいであぶれた訳だが……。


 そして、今、わたし達は初級パーティーが挑む低級のダンジョンにいる。

 『ゴブゴブビギナーズダンジョン』という名前でお判りいただけるだろうか?

 お察しください。

 わたし達は変な鍛え方をした迷える子羊なんですっ!

 許してくださいっ!


 コホン。

 駆け出しの冒険者といえば、ゴブリンという公式があるらしい。

 冒険者はゴブリンに始まり、ゴブリンに終わる。

 終わったらいけない気がするが、そこは気にしたら負けだろう。

 そんな駆け出し冒険者の為に用意されたのがこのゴブリンonlyダンジョンなのだ。

 それが『ゴブゴブビギナーズダンジョン』である。

 こんなのが天然で誕生したのだとしたら、神様は気紛れなのだろうか?

 冒険者ギルドが天然のダンジョンを利用して、改造したと考える方が合理的だが、ダンジョンに関しては分からないことが多いのだ。

 何しろ、人類が文明を築くよりも前から、あったらしい。

 まさに神の仕業とでも言うべきものだ。


 この『ゴブゴブビギナーズダンジョン』は五階層で構成されたオーソドックスな作りのダンジョンで一階と二階の低層には前衛系のゴブリンしか存在しない。

 内装も石造りのコテコテの迷宮である。

 ダンジョンによっては内部で空間を制御する不思議な力が宿されたところもあるらしく、大草原や雪原が広がっていることもあるそうだ。

 三階と四階の中層からはゴブリンメイジのように魔法を使うタイプも出現してくる。

 気を付けるとしたら、この辺りからということになるかなぁ。

 五階にボスがいるので倒せばクリアとなる。

 クリア出来たら、ボスドロップの宝箱を開けられるんだけど……わたし達はそこまで行けるんだろうか?




 わたしは魔法学校を卒業してから、八年も冒険者をやっている。

 それなのに三階より先に行ったことが無いのだ。

 八年もやっていて、それなのだ……。

 つまり、そういうことだって!

 察してくださいっ!


 フラウちゃんとジーク君にも話を聞いたところ、無理は禁物としか思えなかった。

 人間は命あっての物種だからさ。

 急造パーティーで訳アリ三人組がいきなり、難しいダンジョンに行くなんて、ナンセンスだ。

 まずはゴブでどうにかならなければ、どうにもならない。

 ゴブでゴブらなくてはいけないのだ。


「フラウ。ゴブリンの前で挑発だ」

「よーしっ! じゃあ、いっくぞー」


 ジーク君には後衛の位置から、冷静に攻撃のタイミングなどを指示する司令塔をやってもらう。

 わたしとフラウちゃんはジーク君の指示で動く。

 これが鉄則だ。

 各々が勝手に判断して動かないようにすれば、うまくいくはず。

 そういう作戦があれば、どうにかなるだろう。

 という訳でフラウちゃんが全速力で駆け出して行って、ゴブリン五匹の前で挑発を発動した。


「おぉー! 当たらなければどうってことはないっ!」


 すごいね……。

 さすが回避することのみを鍛えたせんしさまだ!

 五匹のゴブリンに囲まれたのに彼らが繰り出してくれる棍棒を器用にすいすいと避けている。

 避ける技だけは神業に近いんじゃないの?

 『今、わたしは風になる!』と言い出してもおかしくないね。


 ん? わたしは考えたことを口に出してしまったんだろうか。

 ジーク君から、刺さるような視線を一瞬、感じたのだが!?


「シャル先生、今です」


 きたわ。

 わたしの出番がきたわ!


「いっけぇ! 紅蓮の炎よ。我が敵を焼き尽くせ! ハイパーデラックススーパーでデンジャラス火球ファイアボール!」


 集まった敵に目がけて、わたしは火球ファイアボールを撃った。

 いわゆるノーコントロールでうまく当てられないのに定評があるわたしだが、さすがに密集した相手には当てられる。

 火球ファイアボールは爆発する系統の炎魔法だ。

 とにかく、どこかに当たれば、一網打尽に出来る。

 フラウちゃんは魔法も器用に避けたが、そんな芸当の出来ないゴブリンどもは見事に黒焦げの炭になりましたとさ。


 これが攻撃することのみを考えた一芸の魔法使いの火力だよっ!

 これこそが黒焦げの魔女の実力なのよっ!

 おっーほっほっほっ……ゲホゲホ。


 フラウちゃんとジーク君の目が微妙に泳いでいた気がするが、気のせいだ。

 そう、気のせいだ。


「おぉ~! 倒せましたよぉ、先生。やったねっ」

「本当だ。倒せたんだー!」


 気のせいだった。

 フラウちゃんとジーク君は素直に喜んでいる。

 うんうん、そうだね。

 冒険者冥利に尽きるよね。

 この世界に役立たずの人なんて、いないんだ。


 道すがら、話を聞いてみて、分かったことがある。

 二人とも素質はいいものを持っているのだ。

 特に身体能力の高さは並みではない。

 トップクラスの冒険者に匹敵するものがあるかもしれない。

 ただ、その方向性が妙な方向に突出しているのが問題だ。

 折角の高い身体能力も生かすことが出来なければ、宝の持ち腐れと言える。


 フラウちゃんは回避に徹することでさらに加速される人並外れた敏捷性。

 ジーク君は防御に徹することでより頑丈になる肉体。

 二人とも折角、いいものを持っているのに実に勿体ない。

 持てる才能を最大限に使える知恵がないのが弱点だったのだ。


 仲間パーティーがいてこそ、成り立つ!

 仲間がいるからこそ、逆に個性を活かした戦いが出来るはずだ。

 逆に考えれば、今までは仲間がいないので出来なかったということに過ぎない。

 パズルのピースが足りていなかった。

 これまでは三人とも冒険者として、不完全燃焼の人生だったのだ。


 でも、これからは違う。

 ピースは見つかった!

 信頼関係はまだ、出来ていないかもしれない。

 だけど、少なくともわたし達には共通した目標があるのだ。

 目標に向かって、努力する人間は果てしなく、強くなれる。

 

「よーし、この調子でどんどん狩ってこー!」

「「おー」」


 そこからは自分達でも信じられないスピードでゴブリンを狩っていった。

 あっという間に一階と二階を踏破してしまったのだから、驚きである。

 以前、属したことがあるパーティーは一階ですら、四苦八苦していたのに……。


 それだけだったら、単に運が良かっただけと思われるだろう。

 違うのだ。

 三階、四階に到達し、魔法を操る上位ゴブリンが相手になっても狩る速度は衰えなかった。

 これはわたし達三人が力を合わせた結果だと思って、間違いないだろう。


「こ、こ、これはもしかして! た、た、宝箱じゃないですかぁ!」


 フラウちゃんはどうも興奮すると慌てだす癖があるようだ。

 初対面の時もそうだったけど、これも彼女の個性なんだろう。

 慣れてきたし、見た目の小動物ぽさもあって、すごくかわいい。

 でも、あまりに舌を噛んでいると痛くないんだろうか?


「いやぁ。わたしも初めて見たわ」


 うん、八年間やってる訳だ。

 初めて見たんだよ。

 見てしまったよ。

 幻ではなくて、存在したんだね。

 よく考えなくてもこんなので本当にわたしは冒険者だったんだろうか?

 自分でも怪しくなってくるレベルだ。


「開けてみましょう。罠の類はなさそうです」


 一方、ジーク君はこの冷静さである。

 年齢の割に落ち着いているし、彼に戦闘時のリーダーを任せたわたしの作戦は完璧だ!

 わたしの判断力が冴えていると言うべきだろう?

 伊達に魔法学校で学んでいないのだよ、ワハハハハッ!


 さて、ここは皮鎧しか着ていないとはいえ、回避に定評があるフラウちゃんに任せるべきというジーク君の意見で間違いないだろう。

 箱を開けるのに最適なのが前衛の戦士というのはどうかと思うが……。

 彼女の俊敏性はもし、針系の罠――蓋を開けた瞬間にギミックが発動し、矢が発射される――があったとしても避けられる。

 そのうち、分身出来るんじゃないだろうか。

 わたしの考えすぎだろうか?


「おぉ! お金と……えっと、これはなんでしょう?」


 箱に入っていたのは銀貨が二枚。

 それに魔法のスクロールじゃない!

 何ともラッキーすぎて、気持ち悪い。

 ビギナーズラックというものなんだろうか?

 ダンジョン産の魔法のスクロールは市場にも滅多に出ないレアな代物なのだ。

 発見される確率が非常に低いのも理由の一つだが……。

 見つけた当人達がその場で使ってしまうことが多い。


「これは魔法のスクロールね。これで魔法を覚えることが出来るんだけど……問題は何の魔法か、なのよね」

「魔法かぁ。わたしには関係ないですねぇ」


 なぜ、落ち込むのフラウちゃん。

 いや、戦士が魔法使えたら、それはもう戦士じゃないよ?

 魔法戦士だから!

 上位クラスだからねっ。

 戦士なのに魔法が使える魔法戦士や魔法騎士。

 それに多属性の魔法を使いこなす賢者のようなレアなクラスは上位クラスと呼ばれている。

 滅多に見かけないので神に愛された才能の持ち主にのみ、顕現するとも言われていた。


 フラウちゃんには残念ながら、魔法の才能は全く、ないようだ。

 それを補って余りある才能が彼女にはある。

 落ち込まなくても十分すぎるほど、有能なのだ!

 もっと自信を持っていいんだよ。

 元々、自分に自信を持てない子だったらしく、落ち込みやすいのが欠点だ。

 まだ、短い付き合いだが分かりやすい子と言える。

 とはいえ、回復するのも早いから、心配することもないのだが……。


「僕か、シャル先生が覚えられますね。何の魔法だろう。楽しみだ」


 冷静なジーク君もやや興奮しているようだ。

 まず、お目にかからない一品だからね。


 どれどれ。

 えっと、これは……反射リフレクトの魔法じゃない!

 物理・魔法の攻撃を一回限りだけど、文字通り反射リフレクトする魔法だ。

 欠点としては詠唱者本人にしか、効果がないってことだろうか。

 使い方次第で色々と化けそうな魔法だから、どう料理するかが問題だね。


反射リフレクトの魔法ね。これはジークくんが覚えるべきね」

「え? シャル先生じゃないんですか?」


 よく分かっていないだろうフラウちゃんと違って、ジーク君はわたしが覚えないことに疑問を感じたらしい。

 ふふふ。

 それには大きな理由があるのだよ。

 伊達に魔法学校で座学首席ではないのだっ!


「この魔法をジーク君が覚えると回避盾のフラウちゃんに加えて、ジーク君が防御盾になれるのさ。敵を殲滅出来ちゃうのだよ」


 正直、ダンジョンでも通常フロアの敵=雑魚を相手には必要のない戦術だろう。

 火力過多。

 いわゆるオーバーキルになってしまう。

 何よりも魔力の消費量が多いのだ。

 やたらと連発出来る魔法ではないから、使うタイミングはよくよく考えないといけない。

 恐らく、ボス相手にしか意味がないと考えている。


「分かりました。それでは僕が覚えますね」


 よーし。

 幸先がいいかもしれない。

 ボスとの戦いを前にいい仕上げが出来た。


 お気付きいただけただろうか?

 わたしが二人から、いつの間にか、先生と呼ばれていることに!

 確かに年齢は一回り、違う。

 魔法学校で教師の道に進んでいたかもしれないわたしだ。

 年若い二人に先生と呼ばれると悪い気がしないのは事実ではあるのだが……。


「それじゃ、二人とも……覚悟は出来た?」

「「はい、先生!」」


 だから、先生じゃないんだけどね。

 突っ込むのも面倒になってきたのでもう先生でいいかっ!

 さぁ、気合を入れて、行きましょうか。


 五階はボスが存在するフロアだ。

 階段を下りたら、すぐに扉がある。

 そこがいわゆるボス部屋というやつなんだよね……知らんけどっ!

 何しろ、八年もやっているのにここまで来たの初めてなんだから。

 人から聞いた話でしか知らないのだ。


「あぁ!? 先生、ドアが消えちゃいましたよぉ」


 フラウちゃんが怯えてている。

 すごくかわいいんだけど!

 じゃなかった。

 ボスの部屋はそういう仕様らしい。

 ボスを倒すまで出れません。

 命をかけた戦いなんだということを身をもって、教えてくれるのだ。


 ダンジョンで死んだ冒険者はどうなるんだろう。

 気になるところだがダンジョンはそれ自体が生き物のようなものだという説もあるのだ。

 ダンジョンの中で死んだ有機物は人間が食べ物を食べるのと同じように吸収されてしまう。

 だから、ダンジョンに死体の類は無い。

 残っているのは無機物である装束や装備類だけなのだ。


「つまりね。あいつを倒すまで帰れましぇん! って、ことよ」

「あれは……なんですぅ?」


 通常のゴブリンの大きさを一としたら、ゆうに三倍はありそうだ。

 小鬼とも呼ばれるゴブリンとは似ても似つかない筋肉質な体つきはもはや、別の生き物にしか、見えない。

 屈強な体格と言った単語がピッタリだろう。

 そこはかとなく威風堂々とした雰囲気まで漂わせてる。

 何より、着ている鎧兜はわたし達のよりもずっと高級品に見える。

 両手に片刃の曲剣を持って、こちらへの殺意を隠そうともしない。


 そうか! あれがゴブリン・ロードに違いない!

 知らんけどっ!

 だって、初めて見たんだし!


「それじゃ、打合せ通りにレディゴー!」


 フラウちゃんはゴブリン・ロードの目の前に駆け出す。

 『わ、わたしが相手です』と挑発してる間にジーク君とわたしも打ち合わせ通り、所定の位置へとダッシュだ。


「シネ!」


 あー、さすがにロードともなると標準語喋れるんだぁ。

 進化したのかな? それとも成長した?

 違うよね。

 いやいや、そんな変なことを考えている場合じゃなかったよ。


「当たってませんよぉ。どうしたんです?」


 フラウちゃん、それ挑発じゃなくて、だからさ。

 と、ともかく、フラウちゃんが引き付けている間に無事、ジーク君がロードの近くまで移動が出来たようだ。


「今だ! 反射リフレクト


 ジークくんが反射リフレクトを唱えるのと同時にわたしも火球ファイアボールの詠唱を始める。

 通常の火球ファイアボールでは恐らく、ロードの体力を削り切れないだろう。

 ならば、倍以上の魔力を消費して、最大の火力で焼き切るのみ!


「全てを燃やし尽くす我が紅蓮の炎よ! 我が願いに応じ、我が敵を滅せよ! ハイパーエクセレントウルトラアルティメット火球ファイアボール!!」


 ありったけの魔力を注ぎ込んで唱えた火球ファイアボールは自分でもびっくりするくらいの大きな火の玉となって、ロードの方に飛んでいった。


「アタルカ、バカメ!」


 ゴブリン・ロードが火球ファイアボールを避けた。

 わたしの渾身の火球ファイアボールを回避して、勝ち誇ったかのような顔をするロード。

 ちょっと憎たらしい顔だ。

 

 だけど、残念だったね。

 罠にかかったのさ!

 ロードの背後に回り込んでいたジーク君の反射リフレクト火球ファイアボールが着弾する。

 その瞬間、凄まじい爆発が発生して、ロードに襲い掛かったのだ。


火焔嵐フレイムストームだとバ、バカナーーー! コノワシガァァ!! アチィィィ」

「今のは火焔嵐フレイムストームではない。ただの火球ファイアボールだ」


 決まった……。

 感動もひとしおなわたしに向けられるフラウちゃんとジーク君の何とも言えない眼差しはなんざんす!?


 あー、いやー。

 今宵のゴブリン・ロードはよく燃えるということで……。

 断末魔の叫びとともにロードは丸焦げになって、絶命したようだ。


「やったー! わたし達、やったんですね」


 フラウちゃんが人目もはばからず、ボロボロと泣き出すから、わたしまでもらい泣きしそうだ。

 この年で彼女のような泣き方したら、引かれるので踏み止まったけどね。

 誰だ?

 もうとっくに引かれていると言ったのは!?


 ゴブリン・ロードの死体が光の粒子になって、消え去ると宝箱……いわゆるボスドロップが出現した。


 ゴブリンロードの宝箱から出てきたのは二振りの細剣レイピアだった。

 柄が金と銀。

 金のレイピアには炎の意匠。

 銀のレイピアには水の意匠。

 デザインと色合いが対になっているようだ。


「二振りで一セットということでしょうか?」

「へぇ。そうなんだぁ」


 ジーク君の観察眼は中々のものだ。

 伊達に神官として、修行していなかったということだろう?

 まだ、若いのに大したものだと思う。


「そうね。これは二刀流の戦士が使うのを前提にしたレイピアだわ」

「へぇ。カッコいいですねっ!」

「なるほど。二刀流ですか」


 二人の反応で分かるだろう。

 二刀流という武術はあまり、浸透していないのだ。

 左右の得物を自在に操るには並大抵の技量ではとても、追いつけない。

 だから、二刀流を得意とするクラス・双剣士自体が非常にレアでもある。


「残念なことに扱える人があまり、いないのよね」

「僕も見たことがありません……」

「「ふぅ」」


 ジーク君と二人、顔を見合わせ、腕組みをして溜息を吐くしかない。

 折角、初めてのボスドロップを拝んだというのに残念な結果に終わってしまったようだ。

 最後が締まらないのはわたしらしいと言えば、わたしらしいのだが……。


「じゃあ! じゃあ! わたしが使ってもいいですかぁ?」


 きゃる~んという妙な音が聞こえた?!

 気のせい? 気のせいよね?


 両拳を口許にあて、小首を傾げたフラウちゃんの仕草は何とも、あざといものに見えるが彼女の場合は天然でアレだ。

 短い付き合いだが、分かる。

 フラウちゃんのオツムは本当にただ、使ってみたいだけという純粋な思いなんだ。


「「どうぞ! どうぞ!」」


 短い付き合いだが、なぜか、ジーク君とも息があった動きをしていた。

 何だろう……。

 仲間って、いいよね。

 目の前が何だか、ぼやけてきて……これは涙じゃない。

 心の汗だっ!




 急ごしらえのパーティー。

 うまくはいかないかもしれない。

 また、ダメかもしれない。

 最初はそう思っていた。

 しかし、ゴブリンロードとの戦いを経て、心も体も満たされた気がしてならない。

 これが充足感というものだろうか?


 だが、わたし一人のエゴに二人を付き合わせる訳にはいかない。

 明るく振る舞っているフラウちゃんも心は不安に苛まれていたんだろう。

 常に涼しい顔をしているジーク君も心の中では嵐が吹き荒れていたのかもしれない。

 二人はまだ若いのだ。

 悩み苦しんで成長出来る。

 それが人間ってものだ。

 わたしと違って、二人はこれから、やり直しが出来る年齢だしね。

 若さは力だよ。

 だから、わたしは切り出すことにした。


なら、きっとやれるわ」

「……?」

「先生。冒険者をやめようと思っていませんか?」

「ええ!? なんですかぁ、それ」


 ジーク君はさすがに鋭いか。

 はっきりとは言わずにそれとなしに話したのに察してしまったようだ。

 彼の隣で百面相をしているフラウちゃんが面白すぎて、吹き出しそうになるので出来れば、止めて欲しいが。


「有終の美? 立つ鳥跡を濁さず? そんなところよ。あなた達なら、きっと出来る! だから、ここは黙って……」

「うぇああああ゛あ゛あ゛あ゛。やべないでぐだじゃああい」

「ひえ!?」


 絶叫とも違う。

 地の底から聞こえてくる深淵の声。

 美少女のフラウちゃんからは聞こえてはいけない声であることは確かだ。

 おまけに色々な液体が混じった物を擦りつけてくるのも止めて欲しい……。

 わたしは服が三着しか、ないんだよっ!


 ジーク君は何か、わたしの心を動かす台詞を考えていたようでフラウちゃんの勢いに圧され、言い出せないまま、わたしはいわゆる一つの女の涙に負けた。

 あっさりと故郷に戻るという決意を窓から、全て投げ捨てた。

 わたしは身軽である。


 間違っても服が三着しかないからではないぞっ!

 ましてや、身体のあちこちのボリュームが足りないせいでもないからっ!




 そして、わたしは悩んでいる。


 フラウちゃんとジーク君とパーティーを組んでから、早いもので半年くらい経った。

 ピーキーな方向に鍛えてしまった普通のパーティーではやっていけないメンバーしかいない。


 こうありたいという己の心を消したのならば、普通のパーティーでもそこそこにやれることが出来る。

 だが、それを生きていると言ってもいいんだろうか?

 いいや、違う。

 わたしはともかくとして、二人はまだ若いのだ。

 伸び伸びと自由にやりたいことをやらせてあげたい。

 褒めて伸ばしたいのだ、わたしは!


「サンバガラスなんて、どうです?」

「三人だから、三羽は安易じゃないかな。ここはトライセンチュリオンなんてどうでしょうか」


 二人とも真面目に考えているのは分かるが、微妙にセンスがトチ狂っているのは気のせいだろうか。

 え? 何を悩んでいるのかって?

 見れば、分かるでしょ。

 パーティーが行動するにあたって、名乗る際に必要なパーティーネームで頭を悩ませてるのよっ。


「二人のアイデアはいいと思うんだけど、パンチが足りないのよ」

「パンチ……ですかぁ」

「難しいですね」


 そこでわたしがとっておきの名前を思いついたのだ。

 『あれ、おかしい』と思われるので絶対、人の記憶に残るはず!

 え? わたしのセンスもトチ狂っている?

 そんなはずないじゃない。


「ここはスリーカルテットなんて、どう?」

「スリー」

「カルテット」


 フラウちゃんとジーク君が見つめ合って、固まった。

 急に恋に落ちたんではないだろう。

 あまりにも素晴らしいネーミングセンスにインパクトを受けただけだ。

 さすが、わたし。


「さ、さ、さすがシャル先生ですねぇ」

「僕には思いつきそうもない名前です」


 言葉では褒めている割になぜ、死んだ魚のような目をしているのかな?

 おかしい。

 会心の出来だと思ったんだが。

 ここは考えた理由を言えば、きっと分かってくれることだろう。


「三人だから、スリーなのに四人組カルテットでおかしいと思った? 甘い。甘いわ。わたし達は三人よ。だけど、心を一つにしたパーティーとしての力があるの。だから、四なのよ」

「な、なるほど」

「……」


 いまいち、説得出来たとは言い難い二人の反応ではあったが、わたし達のパーティーは『スリーカルテット』として、ギルドにも登録されることになった。

 受付嬢も何とも言い難い表情と死んだ魚のような目でわたしを見ていたのは何でさ!?




 スリーカルテットとして、活動を開始したわたし達の前に敵はいない。

 嘘です。

 パーティーランクという大きな壁が立ちはだかっているのが現実である。


 手始めに簡単な物からこつこつとこなす。

 これが大切なのだ。

 ギルド依頼の中でも簡単で誰もやらない物から、徐々にこなしていくことにした。

 迷いペット探しに始まり、森に出没した魔物退治まで何でもやった。


 ところがである。

 まるで今までの苦労が嘘のように次々と依頼を解決が出来たのだ。

 自信が付いてくると心にも余裕が出てくるし、それが力にもなる。

 あまり、そこに頼っていると慢心に繋がるから、注意をしないといけないが……。

 わたし達は元が元だけに慢心とは無縁かもしれない。


 冒険者稼業では全く、稼げなかった。

 今までは文字が書けない冒険者の代わりに手紙を書く――代筆業で日々をどうにか乗り切っていたんだが、それがまるで嘘のようだ。

 こんなにも稼いでいいのだろうかと罪悪感を感じるほどにねっ!


 分かってる。

 今までが今までだったのだ。

 ちょっとお金が入っただけだから、お金持ちという訳ではない。

 一線で稼いでいる冒険者はもっと持っているだろう。

 だが、わたしにはこんな小銭でも大事だ。

 冒険者として、稼げるようになった。

 ここがポイント!


 田舎のママに仕送りだって、出来るくらいの余裕が出来たんだよ?

 え? 仕送りいらない? あ、そうですか……。


「てえええい! やあああ!」


 そして、わたしが軽く現実逃避をかましていた理由はこれだ。

 フラウちゃんはゴブリンロードの宝箱から、出たレイピアを愛用している。

 それはいいのだ。

 彼女の敏捷性と回避力の高さはレイピアのような繊細な剣の方が向いている。


 問題は二刀流で使うことが前提の二振りということだよ。

 おまけに……


「ねーねー、見た? わたしのサラとアンが大活躍ですよぉ」

「うん。見た見た。すごいすごい」

「はいはい。すごいすごい」


 わたしとジーク君は死んだ魚のような目でスタンディングオベーションである。

 これ、何度目よ?

 フラウちゃんがサラと呼んでいるのは金色のレイピアで本当の名はサラマンドル。

 もう一本の銀のレイピアはアンダインなのでアンと呼んでいる。


 いや、それ自体は別に構わないのだ。

 得物に愛着を抱き、大事にすることは悪いことではない。

 わたしにも覚えがある。


 違うのだ。

 そこじゃない。

 フラウちゃんの剣の振り方がまるでなっちゃいないのだ。

 二刀流は独特な構えから、流れるように相手を切り裂く。

 華麗かつ武骨な剣術だと言えるだろう。


 フラウちゃんのはもう根本的に何かが違う。

 振り回せばいいというものではないんだってば。


「よ~し、次も頑張るぞぉ!」


 しかし、フラウちゃんの可愛さに全てが許せてしまう。

 今日もジーク君と一緒にフラウちゃんのな剣技に付き合う一日で終わりそうだ。




 スリーカルテットは数々の難事件を解決!

 ……とはいかない。

 平凡な事件や依頼を粛々とこなす日々である。


 人間は身の丈に合ったところから、やるべきという……え?

 火球ファイアボールでイケイケの割に行動は慎重だって?

 安全! 安心! 安定!

 スリーカルテットは三安をモットーにしているんだよっ!


 そうは言ったもののフラウちゃんは相変わらず、使いこなせていない二刀流レイピアを振るのに夢中。

 二刀流だから、火力が上がったんじゃないかって?

 逆ね。

 全くの逆なのよ。

 慣れていないから、流れるように動けないのがネックになっているとしか、思えないわ。

 本人が楽しそうだから、伸び伸びと育てたいわたしとしては温かく、見守りたい。


 ジーク君にもパーティー火力への貢献に協力してもらおうと思って、強力な近接武器であるモーニングスターを使ってもらった。

 これは試したことを後悔するような酷い結果に終わったわ。

 彼はわたしが思っていた以上に不器用だったのよ……。


 モーニングスターは取っ手から、伸びる鎖の先にトゲトゲの鉄球をくっつけて、大きく振り回すことで遠心力を利用した攻撃力を利用した凶悪な武器。

 ウィップよりは扱いやすいとはいえ、多少の手先の器用さは必要な訳だ。

 自分の武器を自分に当てる人がいるとは思っていなかったから、ある意味、とてつもなく衝撃的だったわ。


 このままではパーティーの死活問題になってしまう。

 そう考えたわたし、シャルロットは閃いた。


 わたしが強くなれば、いいのだと!

 山奥に籠ること十年。

 滝に打たれ続けること十年。

 ついにわたしは新魔法・炎蛇フレイムスネークを開眼したのだっ!


「くっくっくっ。灰かぶりの魔女をなめるなよ」


 え? 嘘は止めろって?

 どうしてバレた……。


 さすがにそんな長い期間を修行にあてる時間の余裕はない。

 そんなことしてる間に時代が変わってしまうわ。

 わたしにはエルフの血が半分流れてるから余裕だけど、二人がおっちゃん、おばちゃんになってしまうっ!


 二十年も修行に注ぎ込める人はきっと本物の修行者だけなのだ。

 わたしがやったのは得意とする……というより、それしか出来ない高火力の火球ファイアボールの火力を集中して、制御することで編み出した。

 火炎放射を魔法で再現したものだ。


 火球ファイアボールは威力はあるけど、わたしの手を離れるとどこに着弾するか、分からない不安定さがあった。

 炎蛇フレイムスネークは威力を下げて、指先から燃え盛る火焔を放射状に発生させることで中距離までの敵を焦げ焦げにすることが可能だ。

 その見た目がまるで炎を纏った蛇のようだったから、炎蛇フレイムスネークと名付けた!


 むしろ、わたしは今までなぜ、こんな簡単な魔法を思いつかなかったのかとショックを受けた。

 そうなのだ。

 今までのわたしは一人でどうにかしようとただ、火力を上げることしか、考えていなかった。

 フラウちゃんとジーク君と一緒にいることでわたしの中の何かが大きく変わったのだろう。


 わたしがこんがりと焼いたところをフラウちゃんがなます切りにして、ジーク君が大きなメイスでぺちゃんこにする。

 火力問題は何とか、こうして解決したのだ。

 たぶん。




 そして、わたし達は一つの依頼を前に首を捻っている。

 他の冒険者は歯牙にもかけない依頼だった。

 報奨金が少ないからではない。

 あまりにも漠然とした依頼内容に誰も関わりたくないんだろう。


「どう思う?」

「面白そうですよぉ」


 どこか達観したようなジーク君と興味津々で尻尾をぶんぶん振っている幻が見えそうなフラウちゃんは対照的だ。

 掲示板に張られた依頼書にはこう書かれている。

 『怪人青マントの捕獲』と……。


「そもそも、青マントとは何者なんですかね」


 ジーク君はそう言って、眉間に皺を寄せ、難しい顔をしている。

 そこはわたしも疑問に思ったところだ。

 そのような名の魔物は聞いたことがない。

 怪人というからには人型で青いマントを羽織ってはいるのだろうが……。

 安易すぎやしないか?

 それともあまり知能が高くない魔物ということなのか?


「怪人なんですよぉ。青マントなんですよぉ。ワックワックしてきませんかぁ」


 フラウちゃんはなぜ、そんなにお目目をキラキラさせているのかな?

 期待に胸がはち切れんばかりに……それは元から、だったか。

 解せぬ。

 わたしは倍とは言わないまでも一回りも年齢の差があるのに成長していないのになぜ?

 遺伝? いや、ママは立派なものをお持ちである。

 栄養? 普通に食べているし、動いてもいる。

 呪いか!? 呪いだったのか?

 まぁ、いいわ。

 今は青マントに集中しよう。


 受付嬢に『受けていただけるんですか』と滅茶苦茶、感謝されるだけではなく、いささか同情的な視線を向けられたのは気のせいではないだろう。

 何と言ってもギルド側が提供してくれた情報が『青いマントを着ている』ということだけ。

 こんなので解決出来るのかと疑いたくなる。

 誰も受けようとしなかった訳だ。


「まぁ、目撃情報があって、よかったわ」

「なかったら、この依頼は解決出来ませんよ」

「そうよね……」


 『迷いの森』と呼ばれる深い森。

 中に入ってしまうとその名の通り、簡単には抜けられない昼なお暗き森だけど、奥にまで侵入しなければ、そんな危ないことは無い。

 そして、青マントが目撃されたのは比較的、浅いところだった。


「どこにいるんですかねぇ」


 きゃぴきゃぴるんるんという言葉がぴったりな動きのフラウちゃんはあれで探しているつもりなんだろうか?

 可愛いんだけど、あれではおばあさんになるまで見つからないだろうね。


「もう少し、考えないとこれでは埒が明かないわね」

「シャル先生。一つ、気になる点があります」


 小鳥を指に止まらせて、『どうしたの? ピーちゃん』と会話まで始めたフラウちゃんは絵になる。

 美少女と愛らしい小鳥だからね。

 絵にはなるんだが、依頼を解決する助けにはまるでならない。

 放っておこう。


「ジーク君も気付いたのね」

「ええ」


 被害者……いや、正確には目撃しただけなのだが、彼らには共通点がある。

 全員が十二歳以下の男の子だったという事実だ。

 活発な少年であれば、この迷いの森の浅いところで遊ぶ子がいない訳ではない。

 そういった子が目撃者になっている訳だ。

 だが、他に目撃者がいないというのがおかしい。

 つまりは十二歳以下の男の子の前にだけ、姿を現しているということではないだろうか?


「なるべくなら、取りたくはない作戦なんだけどね」

「本人が納得してくれるかどうか」

「だよね」


 フラウちゃんは小柄で華奢だ。

 華奢な割に出るとこは出ている理想的な体型だが、そこは晒しでも巻いて誤魔化すしかないだろう。

 中性的にもほどがあるかもしれないが、わたし達に考えられて、実行できそうな作戦はそれだけだ。

 名付けて、『フラウちゃんは男の子だよ! いらっしゃいませ、青マント様』作戦だ。

 誰だ? センスがないって、言ったのは!?


 目撃者層が偏っているだけに無駄な探索に終わってしまったと言える。

 だが収穫が全く、なかったという訳でもない。

 わたしは火球ファイアボールしか、使えないと言ったな。

 あれは嘘だ。


 ……というのも嘘だよ。

 正確には攻撃魔法に分類されるもので使えるのが火球ファイアボールだけと言うべきなのだ。

 生活魔法などの一般的な魔法はある程度、自由自在に使いこなせる。

 わたしも伊達に魔法学校を卒業していないのだ。

 何気にあの学校は出ただけでもステータスになるところだからね。


 探知ディテクトの魔法も初歩的なものだから、余裕である。

 この魔法は足跡や魔法を使った痕跡などを視覚的に捉えることが出来るので、犯罪捜査にも使われている。

 ただ、どこまで情報を得られるのかは詠唱者の力量――魔力操作の技術に激しく、左右される。

 その為にディテクターと呼ばれる専門の捜査職が存在しているくらいだ。


 わたしの探知ディテクトはどうかというと可もなく不可もなく、といったところだろう。

 捜査を専門とする仕事につくほどではないが、現状の依頼を解決する糸口になる程度だ。


「つまり、犯人は複数犯ということでしょうか?」

「えー? 青マントって、一人じゃないのぉ?」


 フラウちゃんとジーク君はわたしが見た痕跡について、かなり混乱している。

 それというのも青マントが出現した場所に複数の足跡があったからだ。

 目撃者の子供の小さな足跡とは明確に異なる三つの小さな足跡。

 これは一体、どういうことなんだろうか?

 現場で青マントを取り押さえない限り、真相は明らかにならないだろう。


「だから、フラウちゃん。お願いね」

「へ?」


 どういうことかを理解していないのはフラウちゃん一人だけだ。

 ジーク君と目配せをして、フラウちゃんの逃げ道を塞いだことは言うまでもない。


「いやぁ~だぁ~。ぐるじぃぃでずぅぅぅ」

「減るもんじゃないんだから、我慢しなさい!」


 何だか、生娘をいいようにしている悪者の気分になりそうだが、別に悪いことはしてない。

 ただ、フラウちゃんの自己主張が強いお胸をギュウギュウと晒しで押さえつけて、男の子ぽい服装に着替えさせているだけなんだ。

 フラウちゃんが普段は着ないだろうスカイブルーのチュニックに白いショートパンツを穿かせてみた。

 彼女の顔立ちは元々、童顔で幼く見えるから、バレやしないだろう。

 髪をポニーテールにでもしておけば、問題ない。

 たぶん。


「うーん」

「これはまた……」


 そして、出来上がったフラウちゃん男の子バージョンだが、これは違った意味で魅力的なんではないだろうか?

 ショートパンツにしたことでちょっと日焼けした健康的な太腿が露わになって、元気いっぱいの夏少女にしか、見えない。

 胸だけは押さえてあるのでぺったんこ気味になって……なぜ、そこでわたしを見るのか!?


 まぁ、大丈夫。

 問題ない。

 相手は青マント。

 怪人だから、何とかなるだろう。

 とにかく、釣れれば、こちらの勝ちなのだ!

 勝てば官軍である。

 わたしの考えが正しいと分かるのは時間の問題だ。




 フラウちゃんに男の子っぽい服装をさせて、青マントという大物を釣り上げる作戦がまさか、本当にうまくいくと誰が思った?

 立案した本人であるわたしが一番、驚いた。

 何しろ、フラウちゃんがかわいいにも程があって、これでは無理だろうと諦め気分だったのだ。


「本当に現れたわね」

「ええ。本当に青いマントですね」


 わたしとジーク君は茂みに隠れ、小声でやり取りをしている。

 ここで下手に動いて、青マントに逃げられては元も子もないのだ。


「ショーネン。何か、困っているのではないばうか?」

「このバカ。ばうが出ているでわふ」

「いけねばう」

「バカわふ」


 青マントは予想に反して、たったの一人。

 青いマントで全身を覆っていて、フードを目深に被るだけでなく、御丁寧にも覆面までしている。

 フードと覆面の隙間から、垣間見えた目許は妙に毛深いように見えた。

 背丈はかなり高い。

 並みの男性よりも頭一つ以上大きいジーク君よりも大きいのだから、相当な大男ということになる。

 ただ、何だかひょろひょろとしていて、かなり頼りない印象がマントを覆っているのに否めない。

 体幹が低いのか?

 妙に体が揺らいでいるのだ。

 水草の如き、ゆらゆらとしていて不安に思えてくるくらいだ。


 それに気のせいではない。

 確かに小声だがもう一人、別人の声が聞こえた。

 明らかに会話をしている。


「ちょっとたどたどしい共通語。妙な訛りもあるわね」

「少なくとも二人いますね。どこに隠れているんでしょう?」

「もう少し、様子を見ましょ」

「はい」


 わたしは様子を見ようと提案したことを死ぬほど、後悔することになる。

 それは横にいたジーク君も同じ気持ちだろう。

 話が一から二に進んで三に進むと思ったら、一に戻る。

 また、二に進むが三に進まないで一に戻る。

 このループが繰り返されるのを見続けないといけないのだ。


「怪傑青マントが来たからにはもうだいじょうばう」

「アー。アナタがアオマントサンデスネ」


 出だしから、これだよ。

 フラウちゃんにまず、演技指導をすべきだった。

 この反省を生かす機会が再び、訪れるかは疑問だが。


「困った子供がいれば、助けてみせよう、青マント!」

「よく言えたわふ」

「ワー。ウレシイナー」


 棒読みのレベルですらないフラウちゃんはこの際、置いておこう。

 青マントはどうやら、ではなく、らしい。

 ここに認識の差が出ていることが分かっただけでも収穫だ。

 頭が痛くなってきそうな会話だが我慢するしかない。


「で何が困ったでござるばう?」

「エー。オジサン、ダレ?」

「おじさんではないばう。あっしは青マントばう」

「ふ~ん。それでオジサンはダレ?」

「だから、青マントばう」

「青がナマエ? マントが苗字? ヘンナノー」

「おらはトレがう」

「バカ。黙っとれわふ」

「ヘンナコエ、キコエタヨー」


 何だ、これ。

 ジーク君もそろそろ、忍耐の限界のように見えた。

 わたしの方はとうに切れかかっているが抑えている。

 特異体質なのか、あまり興奮すると周りに被害が出るのだ。

 自制心でそうならないように心掛けているが、それにも限度がある!

 そろそろ、種明かしをさせてもらってもいいかな?


「そこまでよっ!」

「神妙に縛に付けい」

「はい?」

「ジーク、何それ?」


 茂みから突如、現れたわたしとジーク君にフラフラしていた体がさらに不安定で今にも倒れそうな青マント。

 見ているこちらが不安になるくらいに揺れている。

 気になるが、それよりもジーク君のよく分からない口上の方が気になった。

 フラウちゃんともども、何とも言えない視線を送った。

 ジーク君は明後日の方向を見て、誤魔化すつもりのようだ。


「もう無理ばうー」

「耐えるわふよ!」

「無理がうー」


 わたし達が余所見をしている間にドサドサとやや重量のあるものが、放り投げられたような派手な音が森に響いた。

 そして、青マントが消えた。

 代わりに地面に転がっていたのは青く染められた大きなマントと三人(三匹?)の毛むくじゃらだ。


「うわぁ~、かっわいい~」


 能天気な声を真っ先にあげたのはフラウちゃんだった。

 うん、確かに転がっている三人は可愛い。

 背丈は恐らく、小さな子供くらいしかない。

 手足も短いだけではなく、人間でいうところの掌にはプニプニとした肉球がある。

 さらに顔はどう見ても犬。

 犬といっても狼に近い精悍な顔つきではないのだ。

 くりくりとしたつぶらな瞳に愛嬌のある顔立ちはふさふさの毛で覆われていて、小型の愛玩犬にしか見えない。


 時に魔物扱いされることもあるコボルト族だ。

 彼らは基本的に憶病で集落から、離れることがあまり、ないとされていた。

 たまに変わり種の者がいて、好奇心旺盛な心を抑え切れずに旅に出て、冒険者として名を馳せた者もいるという。


「あなた達、コボルトね?」

「そうわふ。俺はウノわふ。こいつはドゥエでこっちがトレわふ」


 リーダー格らしい立ち耳で真っ白な毛並みの子は割合、流暢な共通語でウノと名乗った。

 悪意の欠片も見受けられないので事情を聴いてみる必要がありそうだ。




「えっと、つまり……絵本のヒーローになりたかったということ?」

「十五字以上三十字以内でまとめるとそうわふ」


 リーダー格の白もふわんこ・ウノがえっへんと言わんばかりに胸を張って、言った。

 見た目ではいまいち、分かりにくいがどうやら、まだまだ子供といっていい年齢だったらしい。


 幼馴染の三人組であるウノ、ドゥエ、トレはいつも一緒に行動していた。

 彼らも臆病なコボルト族らしく、生まれ育った村から出ることもないまま、日々を過ごしていたのだが、ある日、村を訪れた人間の商人が持っていた絵本を見た瞬間、世界が変わったのだと言う。

 自らの体を犠牲にしても戦い続ける正義のヒーロー。


 自分達もそうなりたいと子供心に決意した彼らは生まれ故郷を出て、子供を守ろうと行動することにした。

 それが青マントだったのだ。

 毛むくじゃらの体では怖がられてしまうに違いないと考え、捻り出したアイデアが三人で肩車をして、大人のヒーローになるというものだった。

 ここまでの話を聞くと『いい話だ』になりそうだが、世間はそうは見てくれなかった。


 青マントはどう見ても不審者だからね……。

 むしろ、変装しないでそのまま、行動していた方が人気が出たんじゃないだろうか?

 逆の意味で揉みくちゃにされそうだが……。


 フラウちゃんが垂れ耳で垂れ目のちょっと図体が大きいトレを『よ~しよし』と撫で回しているところを見るとそう感じずにはいられない。


「あなた達が悪い子じゃないということも分かったし、実際に悪いことをしていないことも分かったわ。でも、やり方がまずかったわ。それではヒーローになれないの。分かる?」

「「「ごめんなさいわふ(ばう・がう)」」」


 地面に這いつくばらん勢いで謝る三人を見ているとこちらが悪いことをしている気分になるのは決して、気のせいではないだろう。

 仕方ない。

 ここはわたしが一肌脱ぐとしますか。


「わたしも一緒に謝るから、ごめんなさいを言いに行きましょ? 出来る?」

「「「はい」」」


 三人のコボルトを連れ、ギルドへと報告に向かったが、とても凱旋とは言い難い心持ちだったのは否めない。

 張り切って、怪人退治と思いきや、何とも言えない幕切れだったのだから。


 報告を受けてくれた受付嬢から、奥へと案内されて、向かった先には難しい顔をしたいかついおじさんにしか見えないギルド長。

 彼に直接、詳しいことを報告しないといけないとか、もはや罰を受けている気分だった。

 ところがこのギルド長――ハルトマンが無類の犬好きだったことでフラウちゃんともども、『よ~しよし』で話が進まずにほぼ犬談義で終始して、ウノ達もぐったりして、報告は無事ではないが完了した。


 何ともしっくりとしない終わり方だったが、特に被害者が出ることもなく、大事件にならずに終わったので良かったのだろう。

 ウノ、ドゥエ、トレの三人も冒険者ギルドに所属する冒険者として、スタートすることになった。


 しかし、彼らが出た故郷とやらが歩いて、たかだか三十分程度だったことを知ると何とも言えない微妙な気分になったのは気のせいだ。


「シャル先生! 教えてくれわふ~」

「あっしが先ばう!」

「おらでがうよ」

「ダメですぅ! シャル先生はわたしのですぅ」


 フラウちゃん、それも違うと思う。

 そんなわたしの心の声は彼らに届いていない。

 わたしの静かな日常はどこか遠い空に旅立ってしまったようだ。

 でも、案外、わたしにはこういう日々の方が向いているのかもしれない。


「さて、今日の依頼はどれにしよう?」


 To be Continued?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

灰かぶりの魔女シャルロット~シャルロットは今日もファイアボールを撃つ~ 黒幸 @noirneige

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ