第3話 巫女と侍女の恋愛事情
竈の巫女は、巫女であるからして当然、恋愛も結婚も禁止されていたが、巫女の館は女性ばかりではなかった。館を運営していくための力仕事はもちろん男性に任されていたし、竈の巫女の護衛兵たちも、館の中で暮らしていた。
竈の巫女だけは、いつも侍女たちに囲まれ、男性が近寄ることはできなかった。館の上階に上がれるのは巫女と侍女だけで、そこには竈の巫女の浴室も寝室もあった。女性しか階段を上がることはできない仕組みになっていた。
ステラの侍女たちは、ステラの性質に似て、おっとりした優しい性格の侍女が多く集まっていた。館の上階は女性だけの空間であり、そこでは身分を忘れて気楽な女性同士の会話がかわされていた。年頃になった侍女たちの間では、恋愛の話も出る。侍女たちに一番人気なのは、武術の達人であり容姿も優れていた護衛兵たちだ。しかも、侍女たちと護衛兵の間柄は、館の運営上、言葉を交わすことも多く、近しい関係だった。
竈の巫女は恋愛も結婚も禁止だが、侍女たちにとっては禁止ではなかった。結婚した場合には竈の巫女の侍女という役職から離れるだけのことだ。
しかし、ほかの侍女たちと、アメリアのように霊能力で選ばれた侍女とは、立場は違っていた。ほかの侍女は貴族の子女から選ばれていた。霊能力で選ばれた侍女は貴族ではないことが多かった。この国では貴族と平民は結婚できない。貴族から選ばれている護衛兵と結婚できるのは、貴族出身の侍女だけだった。
したがって、貴族出身の侍女たちは、護衛兵と恋に落ちて結婚することもあった。また、親が結婚相手を探してくる場合もあった。
貴族出身の侍女たちは、結婚を選んで人数が減っていく。平民出身の霊能力のある侍女だけが、命の最後まで竈の巫女と運命を共にする。霊能力のかわりに親に支払われた金貨は、竈の巫女に生涯仕えるための身代金のようなものだった。
竈の巫女の場合、恋愛や結婚に対する戒律は厳しかった。もしも巫女としての資質とされる処女を失った場合、神殿の火は消える。最初にこの戒律を破った巫女は、怒り狂った市民に撲殺され、体の形すら残らなかったという。美しかった肢体はただの肉片になってしまった。
市民の竈の巫女への熱狂的な崇拝は、裏切りがあったとき強烈な憤怒となって巫女の身に襲い掛かった。つまり、竈の火が消えるとき、どのみち巫女は処刑されるのだ。それが処女を失ったことであれ、竈の女神との交流を失ったことであれ。
ステラの侍女たちは、ちょうど結婚の時期にさしかかっていた。つまり、巫女の館の上階では、つねに恋愛と結婚が話題の中心であった。華やかで楽しいけれど、人数が減っていく淋しい別れのときでもあった。ステラ自身は恋愛にも結婚にも縁がない身の上ながら、侍女たちの話を楽しそうに聞いていた。
アメリアはステラのように戒律によって縛られているわけではないが、金貨によって自由のない身の上だった。アメリアは、自分はステラと一緒にずっとこの館で暮らすのだと思っていた。だが、アメリアはもっと外の世界が見たいと思っていた。竈の巫女としての仕事は好きだったし、竈の女神との交流で、魂が震える体験をすることもあったが、神殿と巫女の家の往復だけが人生のすべてであることに飽き始めていた。
竈の巫女 Naomippon @pennadoro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。竈の巫女の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます